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【連載小説|長編】黒川透⑩「中野の服を買う」


朝食後、私は自分の部屋に戻り、自分のコーヒーを飲みながら、島野へ電話し、これからユニクロへ行くので同行して欲しいと頼んだ。
島野は自分の欲しいものを買ってくれるなら行くというので、OKして、ユニクロ前で待ち合わせる事にした。
このビルを出ると、きっとマスコミたちの尾行にあうだろうから、島野にはカムフラージュ役を頼んだのだ。

身体にイヤな空気がまとわりついているような気がした。だから、私はシャワーを浴びて、服を着替えた。
そして、さっきまで来ていた服は全部クリーニングに出す事にして、ラウンドリーバッグに詰めた。

ユニクロへ行くのにふさわしいようなカジュアルないつもの格好に戻ると、私はちょっとホッとした。

コーヒーをもう一杯飲みながら、換気扇の下で電子タバコを一本吸った。
コーヒーを飲み終わり、タバコを吸い終わると、出掛ける気構えが出来た気がした。
ラウンドリーバッグを持ち、部屋を出ると、隣の部屋をノックした。

「どうぞ」 

中から中野が返事したのでドアを開けると、中野はまだルームウェアのままで、東側の窓を開けて、タバコを吸っていた。

「おい、窓を開けるなよ。向こうから撮られたらヤバいだろう」
「大丈夫だよ。隣りのビルが邪魔で見通せないだろう?それに撮れそうな建物は遠いし…俺、タバコの臭いが部屋にこもるのが嫌いなんだよ」
「望遠なら、表情が分かるぐらいに上手く撮れちゃうぜ。タバコならトイレの横の給湯室に換気扇があるからそこで吸えばいい。さあ窓閉めて」
「分かったよ」

中野は吸いかけのタバコを空き缶で揉み消し、捨ててから窓を閉めた。

「で、何だ?」
「着るものを買ってくるが、色の好みとか、素材アレルギーとかを聞こうと思ってな」
「アレルギーはないよ。色は派手でなければ何でもいい。とにかく原色が嫌いなんだ」
「まあ年並みだな。原色は無理だろうな」
「後、白は着ない」
「白?何でだ?爽やかじゃないか」
「俺、小二からずっと野球やってんだよ。学生の時の練習用ユニフォームって、大体白だろう。プロに入ってもホーム用は白だし…俺の人生の半分以上ずっと白着てたんだよ。もう白は沢山だ」
「なるほどな。それは分かるよ。後、何かいるもんあるか?」
「灰皿を買ってくれ」
「灰皿なら、うちの店にあるから、後で持ってくるよ。それ以外は?」
「今のところねえな」
「そうか。じゃあ行ってくるよ」
「ああ頼むよ」


私は部屋を出た。



ユニクロなんて、普段なら歩いて行くところだが、今日はマスコミに追っかけられる事や、買い物の量が多くなる事を見越して、車で行く事にした。

私がビルを出て、自分の車を止めている月極駐車場まで歩いている時には気づかなかったが、車を出すと、やっぱりつけられている事が分かった。それも車が3台にバイクが2台だ。

まあ好きにすればいい。

私は新宿駅の地下駐車場に車を止めた。
そして、地下街を歩き、ユニクロの地下入口に着いた。
そこには島野が既にいたので、そのままエスカレーターで上に上がった。

「待たせたか?」
「うん?ううん…私、早く来過ぎちゃって…」
「そうか…じゃあ買い物をしようか」
「約束通り、私も買っていいのよね」
「ああ、ほどほどにな」
「ほどほどね。さあ行きましょう」

私たちはエスカレーターで上階を目指した。
エスカレーターを降りると、島野が私の手を握ってきた。
彼女にはカムフラージュだと伝えていたのだが、これは多少やり過ぎな感じがした。
しかし、どこにあるのか分からないカメラの事を考えて、島野がやるまま、おとなしく従っていく事にした。
島野をよく見ると、長い黒のダウンコートの下は、どうやらスモークグレーのジャージのようだった。化粧も薄い。

「どうしたんだい?体調でも悪いのか?」
「何で?」
「顔色が悪そうだし、化粧もほとんどしていない。それに、コートの中にパジャマみたいなのを着ている」
「顔色はそうね。昨夜、飲み過ぎちゃったからね。化粧とジャージはそういう事ではないの。これから服を一杯買うでしょう。ジャージの方が試着の時に、脱ぎ着がしやすいから。化粧は派手だと服の色が分からなくなるからで、決して体調が悪い訳ではないわ」
「何だ、買う気満々という事か?」
「そうそう、何せ黒さん持ちだからね。一杯買ってもらおうと思って」

島野には、一緒にウチについてきてもらい、中野用に買ったパンツなどの裾上げをしてもらおうと思っているので、あまりケチな事は言えない。
島野は実は家庭科の教員免許を持っており、ミシンが使える。
そして、ミシンは後で石堂の使いが届けてくれる事になっている。

「分かったよ。但し30分だ。買いたいものを全部カゴに入れて、30分後にこの階のエスカレーター前に集合しよう。僕はメンズのところへ行ってくる」
「分かった」

私たちは別れた。

私はメンズフロアで、中野のための普段着の上下を5日分、ルームウエアを2つ、スリッパ、下着類、そして必要が歩かないかは分からないが、ダウンジャケットとダウンのベストをカゴに入れた。シャツもスウェットシャツもセーターも白は避けた。

私の買い物は20分程度で選び終わったのでエスカレーターで下に降り、レディースのフロアで島野を待った。
島野は30分きっかりにエスカレーター前に姿を現した。
見ると両手に一杯服を入れたカゴを持っていた。

私たちは無人のキャッシャーへ行き、支払いをした。
合計金額は何と8万を超えていた。

ユニクロで8万?

カードで支払いを終え、領収書を取ってから、買ったものを紙袋に詰めた。
私が買ったものは大きな紙袋3つになった。
島野のは、4つも必要になった。

私は中野の分の3つと島野の袋1つを持った。
島野は紙袋2つを持って私の後をついてきた。

私たちは地下駐車場へ行き、荷物を入れて、車に乗り込んだ。

大したもんだ…

私だって、昔は刑事だったから、尾行のやり方は分かっている。
だから、今でも自分が尾行けるのも得意だし、自分が尾行けられているなら、大体分かる。

しかし、今回はここまで全くその兆候を見抜く事は出来なかった。
盗撮されていたとしたら、それはもう驚くしかない。いや、あれだけの数で、車やバイクで追ってきたのだ。ヤツらはチームで動き、きっと全部撮影済みだろう。
単なる買い物なだけなのに、ご苦労な事だ。

この駐車場でもそうだ。
今のところ、追手の有無は分からない。

まあいいさ…
私はエンジンをかけた。

電話が鳴った。
画面を見ると、デビッドからだった。
私は出た。

「どうした?まだ、寝てないのか?」
「黒さん、大変っす。ワイドショーで中野さんの盗撮動画が流れてます」
「盗撮?いつのだ?」
「いつかは分かりませんが、黒さんのビルで、中野さんが窓を開けてタバコを吸ってる動画です」

うわ、今朝だ…

「分かった。知らせてくれてありがとう…今からすぐに帰るよ」
「いえ、また何か手伝う事が出来たら連絡ください」
「ああ、頼む事になると思う。その時は連絡する。じゃあ」

「どうするの?」と島野が訊いてきた。島野は漏れてる音声で、今の会話は聞いていた。
「分からん。まずはビルへ戻ろう」

私は車を出した。

私の後には、行きと同じ車が3台にバイクが2台つけてきていた。

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