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【連載小説】六浦敏郎 ラーメン屋の店主になる ②

翌朝、私はいつも通り5時に起きた。
9月初旬だが、まだまだ秋は程遠く、今朝も夜明けとともに暑い。
私は、キッチンへ行き冷房をつけてから、早速残っているコンソメスープを温めた。ごはんをいつもの半分ほどよそい、そこへ温まったコンソメスープを注いだ。
冷蔵庫から白菜の漬物、梅干し、昆布の佃煮を出してきた。

朝食は、愛美が起きてきてから、一緒に取らなければならない。今日は週末、土曜日だ。
いつも通り、愛美が好きなフレンチトーストを作って食べるのだ。

普段なら、私は朝起きてから、顔を洗い、洗濯物を確認し、風呂の栓を開け、風呂を洗ってからコーヒーを点てる。しかし、今日は、どうしても昨夜愛美が食べていたコンソメ茶漬けを食べたかった。

一人ダイニングテーブルに就き、茶漬けを食べてみた。

美味い!
白菜の漬物を試す。合う!昆布の佃煮、まずい訳がない!中でもびっくりしたのが梅干との相性の良さだ。
今ウチにある梅干しは、私が苦手な塩が効いたしょっぱいヤツだ。このしょっぱい梅干しがコンソメに溶けて、いい酸味を出してくる。
病みつきになりそうだ。
ごはんをお代わりしようと思ったが、我慢して、コーヒーを点てるためにコンロにケトルを置き、火をつけた。
そして、換気ファンを回し、その下でアイコスを吸った。


5時半を回り、窓から朝日の輝きが見えるようになってきた。
私は、朝の余計な食事分を取り戻すべく、早朝の遊歩道を5㎞ほど歩く事にした。
帰ってくると、すぐシャワーを浴び、服を着替え、私は朝食の準備を始めた。

我が家のフレンチトーストは、厚切りのホワイトブレッドを使う。
だからまず、トースト用のパンを厚めに4枚切る。

ボウルに卵を4個割り入れる。私は全卵を使う。
卵はよくかき混ぜる。そこへ牛乳、生クリーム、パウダーシュガー、そして少しの塩とコショウを入れる。
全部がよく混ざるように更にかき混ぜて、そこへパンを沈める。
パン全体に卵が浸みたら、バターを溶かしたフライパンで弱火で焼く。
両面に少しだけ焦げ目がついたら出来上がりだ。

このフレンチトーストには、焼いた厚めのハムとチェダーチーズが欠かせない。
ハムは、コショウだけを少しだけ振ってから焼く。塩気はハム自身が持ってるし、チェダーチーズの塩気も効いてくる。
フレンチトーストは2枚なので、1枚はプレーンなままで、もう1枚にこの焼いたハムとその上にチェダーチーズを載せ、パンを二つ折りにする。

茹でたブロッコリーと、キーウィフルーツが入ったヨーグルトを準備すれば、わが家のウィークエンド・ブレックファースト・スペシャルの完成だ。
おっと、コーヒーを注がないといけない。
後、先週買ったハワイのグワバジュースも開けよう。

愛美が起きてきた。

さあ、一緒に食べよう。


「いただきます。」
愛美は、ハムとチーズをはさんである方のトーストを開き、ケチャップをかけた。そして、マスタードも。
そして、もう一度パンを閉じ、その上からメープルシロップをどっさりかける。

私は、そこまではできない。
しかし、私のフレンチトーストもハムとチーズが挟んである方にもメープルシロップをかける。

アメリカ人に教わった食べ方だ。こうすると、メープルシロップは甘くするためのものではなく、調味料である事が分かる。焼いたハムや半分溶けているチーズの塩気や、少し振ってあるコショウを引き立てる。
しかし、私はケチャップやマスタードは使わない。味が「ややこしく」なる気がするからだ。
愛美はそんなのはお構いなしだ。あればピクルスだって挟もうとするぐらいだ。

フレンチトーストが朝食の日は、二人とも無心でトーストを食べる。ナイフとフォークを気忙しく動かして、黙々と食べる。
トーストがなくなって、サラダやヨーグルトや果物を食べる段階で、ようやく私たちは話をする。
おっと、その前に、二人してメープルシロップでベタベタになった手を洗いに行く。
メープルシロップはどっさりかけた方が美味いので、こればかりは流石の私でも手を汚さずにはおれないのだ。

ヨーグルトを食べ、グアバジュースを飲む頃、私が愛美へ話しかけた。
「何時に出る?」今は、8時半だ。
「9時半かな。」妥当な線だな…
「車?」
「私が運転する。」
「病院の場所、分かってるのか?」愛美は、どうにもしようがないほどの方向音痴だ。
「まずお店へ行くから大丈夫。」
「本当かあ?」
「だって、スマイルハウスの2軒先だもん。大丈夫よ。」
「こっちから行くと、幹線道路の右側だぜ。」
「大丈夫。途中で、一本手前の細い道へ入るから。」
「じゃあ、任せよう。洗濯してくるから、愛美は食器を洗っておいてくれ。」
「分かった。」


驚いた事に、ラーメン店には10時をちょっと過ぎた頃に着いた。
これは、奇跡と言ってもいいんじゃないだろうか?
何しろ、愛美が食器洗い機に食器を入れ、メイクと着替えに30分もかけず、そして洗い終わった食器を割る事もなくキレイに収納し、二人で家を出て、車に乗り、一回も道を間違えず、おまけに幹線道路は空いており、しかも、6回も連続で青信号で一発で大きな交差点を抜けられたんだ。これは奇跡だろう。

愛美の言う通り、ラーメン店は愛美が働いていたスマイルハウスの2軒先にあり、4軒の飲食店が入る路面店の左から2番目にあった。
店の前には、駐車場があり、愛美はそこに車を入れた。
彼女は方向音痴だが、車庫入れや、縦列駐車なんかは得意だ。

ラーメン店はシャッターが閉まっているため、中を見る事が出来ない。
この建物の横に、2階へ上がる鉄製の外階段があった。
私たちはその階段を上っていった。


川田屋は、4軒ある店の2番目にあり、2階に上がった私たちは、2番目のドアの前に立った。
2階は、他の店は事務所や倉庫代わりに使っているようだが、川田屋の2階のドアには、川田というネームプレートがあり、アルミのドアの横には、小さな呼び鈴があった。
その呼び鈴を愛美が押した。

一回目…
二回目…
三回目…

全く反応がない。
中に人がいる気配がないと、私は思った。

「不在のようだな…」と私が言った。
「おかしいわねえ、諒太君がいるはずなのに…」と愛美が答えた。
「きっと、お母さんの病院に行ったんだよ。」
「そうかもね…」
「まあ、とにかく一旦車に戻ろう。ここの駐車場は停めてても大丈夫だろうから、車で諒太君が戻ってくるのを待とう。」
「そうね…」と言いながら、愛美はドアノブを回してみた。
止めとけばいいのに… どうしても腑に落ちないと、引き下がらない性分だ。
しかし…
ドアが開いた。
「開いてる…お父さん、中に入ってみよう?」
「よしなさい。人ん家だよ。勝手に入ったら警察に捕まる。」
「でも、何だか、悪い予感がするの、私。ねえ、ちょっとだけ。」
仕方なく私は、頷いた。
そして、私たちは中に入っていった。

2階の住居部分は、アパートの1室のようだった。玄関を入るとすぐにキッチンがあり、その奥の引き戸を開けると、フローリングの6畳ほどの部屋がある。この部屋はリビングのように使っているようで、テレビがあり、赤いフェイクレザーの小さなカウチがあった。その横にもう一つドアがあり、そこには諒太君の机と本棚が置いてあった。
どの部屋もこの暑いのに、窓が閉め切ってあり、カーテンも閉まっていた。
トイレや風呂も見たが、諒太君の姿はない。

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