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【連載小説】サキヨミ #16 

あの日から、あっという間に、10年が過ぎた。
10年ひと昔というが、そんなレベルではない。あっという間の10年だ。
時間は光の速さで流れた。その速度は僕の気焦りには丁度良かった。
 
僕は58歳になっていた。幸い、フェローの肩書を得ていたので、定年は67歳まで延長されるのだが、それにしてももう後9年しか残っていない。
だが、そんな心配をする必要はもうない。焦る必要なんてもうないのだ。
 
やっと、昨日僕らが開発を続けていたガン撲滅薬「mmb001~006」が、正式に承認されたのだ。
「mmb001~006」は、6つのガンの症状に合わせて開発された薬で、それぞれ96%以上の完全回復が見込まれる画期的な治療薬だ。
僕は、96%という数字に満足していないが、合併症等他の病気が重なっている場合は、どうしてもこの薬だけで完全に回復できる訳ではなく、これは今後継続して研究していく事になるのだが、今の僕にはこれで満足だった。何故だかは分からないのだが、この段階で僕のミッションは完了したという気持ちになっている。
翌日から、うちの会社の工場はフル稼働で、mmb治療薬の製造・出荷が始まった。
mmbには、世界中から注文が来ており、向こう3か月間、工場のラインは24時間止まる事はない事が決定していた。
僕ら開発チームは一段落の筈だったが、人手不足を解消するために、引き続き研究所にのオフィスで、ライン管理を手伝う事になっており、今日も朝から出勤してきている。
 
工場のラインの管理なんて言うが、実際専門家ではない僕らにできる事は少なく、一日中、自室のモニターでラインの全景を映し出しておく事ぐらいしかできない。
もし、緊急のアラートが発せられたとしても、僕にできる事はない。
全部、工場運営者に任せておくしかないし、工場のラインではボットが稼働しており、ボットに異常でも発生しなければ、アラートが出る確率なんて、0.00001%しかない。
 
よって、自分のオフィスでの僕は暇だ。
いつもなら、好きな炭酸水を飲みすぎながら、げっぷを押さえつつ、新しく出た論文を読んだりして過ごしている。
 
但し、今日は違う。
 
今日は午後から、カリフォルニアで活躍中の脳外科医、峰尾遼太郎氏が来訪する予定だからだ。
峰尾遼太郎、我が息子だ。


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