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【連載小説】六浦敏郎 ラーメン屋の店主になる ⑥
7回コールした。次は8回目だ。
不在か?
切ろうかと思ったが、9回目のコールで電話がつながった。
「はい」
「小松屋さんですか?」
「はあ?俺なあ、年寄りで耳が遠くてなあ、よく聞こえねえんだ。すまんが大声でしゃべってくれるか?」
「小松屋さんですか?」
「ああ、小松屋だ。あんた、誰だ?」
「私は川田屋の…」
「ああ、川田屋さんか…えっ?でも、栄次郎は事故で死んだんじゃなかったか?」
大将は栄次郎さんと言うのか…
詳しく説明すると、話を理解してもらうのに時間がかかりそうだ…
「私は栄次郎さんの代わりの者です。すいません、餃子とチャーシューの肉はそちらにはお願いできるんですよね?」
「チャーシューの肉?うちが作る焼豚の事か?」
「えっ川田屋は、そちらにチャーシューを作ってもらってたんですか?」
「ああ、なんてったって、うちも俺が元気で貞義が生きてたら、川田屋なんかにゃ負けねえ中華屋だからよ。」
「えっ?小松屋さんは中華料理屋なんですか?」
「ああ、川田屋より駅に近いところでやってた中華屋だよ。俺の息子がな、7年前に脳卒中でコロッと死んじまってな。後を追うように、うちのかかあも死んじまって、貞義はバツイチだから嫁もいなけりゃ、孫もいなくてな…気がついたら俺一人になっちまって…それからは俺は店も開けずに、酒ばっか飲んでよ。したら、ある時、川田屋の栄次郎がうちの店に来て…俺は川田屋は敵だと思ってたからな。帰れ、と言ったんだが、栄次郎がな、俺に言ったんだよ。親父さん、酒ばかり飲んでても息子さんも奥さんもあの世で喜んでねえよってな。それで、俺は正気に返った。だけど、俺は腰と膝が悪くってな、もう一人で厨房には立てねえ。だから、店は開けれねえって、栄次郎に言うと、そしたらウチの店に餃子とチャーシューを入れてくれって、言ってな。そっから俺は毎日、朝イチからチャーシュー作って、餃子を仕込んで…だけどなあ、栄次郎も急に死んじゃっただろう…で、奥さん一人じゃ、店を上手く回せねえみたいでな。餃子はしばらくお休みしますって言われて、そのうちチャーシューも納品しなくなって、俺は心配してたんだ。」
「そうでしたか。それはご心配をおかけしました。栄次郎さんの奥さんは先週過労で倒れて、今は入院中です。で、私が店を開ける準備をさせてもらってます。」
「そうかい。分かった、じゃあ、明日からチャーシューと餃子がいるのかい?」
「それが肝心のラーメンの味が決められなくて…栄次郎さんが急に死んだんで、誰も分からないんですよ。」
「ああ、そういう事かい。あれはな、ガラと節で出汁取ってるだろう。」
「ええ、そうです。」
「ガラの方は、長ネギと生姜を一緒に入れて煮るんだ。節は入れねえで、節だけを炊く。煮る時間は分かんねえが、ガラは多分3時間以上は煮てると思うぜ。節は俺は普段使わねえからよくは分かんねえが、1時間ぐらいじゃねえか。俺は十回も食ってねえから、ぼんやりとしか分からねえがな。ちょっと獣臭さが勝ってたから、そうじゃねえかな。後、逆に魚介系の匂いはあんまりしなかったような気がするが、魚介出汁は、味噌と相性が良いからな。味噌味に上手く溶け込んじまってるのかもしれねえ」
3時間…1時間少ない…もう1時間炊くか…
いや、それは本当に助かる、いい情報だ。確かに親父さんは年寄りだが、ただの年寄りではない。長年中華屋をやってた人だ。
「教えていただいて助かります。何せ、私は一度も川田屋のラーメンを食べた事がないものでして…」
「何だい、無謀だなあ。俺がな、膝と腰さえ悪くなけりゃ、すぐに行って出汁取ってやるんだけどなあ。まあいいや、明日、餃子とチャーシューは届けるわ。11時まででいいな?」
「まだ、店を再開できるかどうかは分からないので、明日私にどんなものかを教えていただくために、ちょっとでいいんですが、それでも大丈夫ですか?」
「分かった。じゃあチャーシューを一本と、餃子を12個持って行くわ。川田屋の餃子は6個売りだからな。いいな、それで?」
「結構です。ありがとうございます。」
電話を切った。
後は野菜の仕入れだ。長ネギ、生姜は仕入れ帳簿になかった。そう言えば、ホウレン草とモヤシも入れ物を見ただけで、帳簿の中には記載がなかった。野菜はどこで、どうやって仕入れてるのだろう?