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【連載小説】恋愛 #14

いよいよ8月17日になった。
マジカは「運命の日が来た」と思っていた。
昨夜は讃岐うどんの店を3軒ほどハシゴして、うどんばかりを食ってから、ホテルに戻り寝た。
酒を一滴も飲まなかったので、寝れる自信はなかったのだが、長距離ドライブの効果が出て、すぐに寝入る事が出来た。
お陰で今朝は朝日とともに目が覚めた。とても気分の良い朝だった。
ホテルには朝食がついてたので、フロントの横のカフェへ行き、トーストとベーコンエッグを食べ、コーヒーとオレンジジュースを飲んだ。
ホテルから実戦するお店までは車で30分ほどの距離なので、まだ時間はある。
しかし、待ってられないマジカは、すぐに身支度を整えて、部屋を出た。部屋はもう一泊の予定なので、着替えなどの荷物はそのままにした。
そして、車に乗り、店に向かった。
 
 
今日は土曜日なので、通勤ラッシュに合わずに済み、20分ほどで店に着いた。
店の駐車場にはもう入れたので、マジカは車を止めて、外に出た。
今日は収録はないので、運営側の誰とも待ち合わせはない。ただ、アミと待ち合わせてるだけだ。今はまだ8時を過ぎたばかりなので、店の前には誰もいなかった。
マジカは、ブラックの缶コーヒーを自販機で買い、外の喫煙スペースのベンチに座った。
マジカは30歳の時に禁煙を始めたのだが、つい1週間前からまた、電子タバコを吸い始めた。イライラが止まらないため、つい知り合いのライターに薦められたアイコスの器具を買い、タバコを吸うようになった。
そして、コーヒーを飲みながら、タバコを吸って、店の人が出てくるのを待った。
但し、目は店の前の舗道からひと時も離さなかった。
 
9時が近づくと、どんどん客の車が駐車場に入ってきた。
 
抽選の列の準備をするために店のスタッフが外に出てきたので、マジカはそのうちの一人に声を掛けて、店長さんと挨拶をさせてもらった。
その後、マジカが元いた喫煙スペースに戻ると、もう他の客でいっぱいだった。
マジカは客からサインを求められたり、写真を撮ってくれと要望された。全部丁寧に対応していくと、あっという間に抽選の時間になった。
マジカは最後列から抽選に臨んだのだが、なんと9番という良番を引き当てる事が出来た。
入店して、マジカは得意とする人気台を打つ事にした。その台の位置だと、メインの入口が見えるからである。
今日は収録ではないから、自分のペースで打てる。だから、入口を見ながら打つ事も可能だ。
本当の気分としては、全く打つ事なく、ずっと入口の前に立ってたいぐらいなので、このチョイスは今の自分の希望に合ってると思った。
 
入店が落ち着くと、マジカはカウンターへ行き、マイクを入れた。すると、一般入場の客がマジカの元に集まってきた。また、サインをして、写真を撮った。
 
20分後、やっと自分の台に戻ってきたマジカはようやくレバーを叩き出した。
いつ、アミが来るか分からないので、良いか悪いかは別にして、出来るだけ早く回して、この台の設定を見切る必要があった。アミが早めに来た場合は、だらだらとした展開は望ましくない。できれば、良い方に転び、午前中で勝ち確を見極めたかった。そして、これも出来ればだが、午後の早い時間にコンプリートしてしまえば、その後、店に居残る必要もなくなるので、店を出て、アミと出かけられる。
ただ、ずっとアミが姿を見せない場合は別だ。閉店まで粘らねばならなくなるので、この台がダメだと見切った時は台移動して、まったりと打つAタイプか、ジャグラーを打とうと思っていた。
どっちにしても、この台の状況を早く見極めたい、その思いでマジカは一心にレバーを叩き続けた。
 
決められた昼休憩を1時間取って、横のうどん屋で冷や冷やのきつねうどんの大を食べた。
冷や冷やとは、麺も冷や、汁も冷やの冷たいうどんの事である。
マジカは讃岐うどんのいりこ出汁が大好きなので、冷たいうどんの時も冷たい汁のうどんを選ぶ。

相変わらず、スマホは黙ったままだし、アミの姿は見えなかった。
マジカの心の中では、もう半分ぐらい諦めかけていた。
アミは来ないのだが、実戦は好調だった。
朝から上位ATを取る事が出来て、差枚で3,000枚程浮いていた。
さっき、ラッシュが終わったので、昼飯を食いに出たのだが、うどん屋から帰ってくると、午後から来た客にまた取り囲まれてしまった。
そして、サインと写真攻めにあった。その対応に30分程かかった。
席に戻る時、マジカは俺、こんなに人気あったっけ?と訝しんだが、これもアミ効果だと思う事にした。でも、アミからはまだ何も言ってこなかった。
 
 
約束の4時の時点で、マジカは15,000枚を獲得していた。コンプリートまでは後4,000枚だ。周りの客が「コンプリート、コンプリート」と騒ぎ立てたので、マジカは店側と話して、継続して打つ事にした。アミからは何も言ってこないので、この延長はありがたかった。
一旦ラッシュを終えたのだが、マジカは引き戻しに成功した。ただ、それはショボ連で終わり、獲得枚数の合計は17,000枚で、後2,000枚を取らないといけない状況になった。
ただ、この後は通常時に戻ってしまうので、ここから大ハマりしてしまうと、一気に2,000枚とか、場合によっては3,000枚はロストしてしまう可能性もある。
大勝ちだけを求めるのであれば、ここで止めが正解だと思う。店との約束の4時はとおに過ぎてるから、何もこれから通常時で持ちコインを減らす事はないからだ。
しかし、未だアミからは何も言ってこない。
だから、マジカは続行する事にした。
 
 
案の定だった。
5時半から8時半までかけて、マジカはようやく天井に到達した。持ちコインは3,000枚近く減っていた。天井に到達しても恩恵はボーナスだけなので、その後ラッシュに入れられるかどうかは自分の引き次第だ。
ボーナスはビッグボーナスを引き当てた。これは幸先が良い。今日の俺の引きなら、もう一度上位ATに入れられる。そう思いながらマジカはレバーを叩いた。
こうしてる間もずっとスマホを気にしていたが、残念ながら鳴る事はなかった。
 
マジカはギリギリで上位ATを取った。
もう打つのを止めた客がマジカの後ろに集まり始めた。
今は14,000枚ほど持っている。コンプリートまでは後5,000枚だ。
客はギャラリーと化し、マジカの後ろで状況を見つめていた。
 
マジカは粘りに粘って。元の17,000枚を超えるところまで来た。後2,000枚。
後ろのギャラリーの期待はいよいよ高まってきており、熱気を感じた。
スマホが鳴った。
 
うそ?
 
いや、本当だ。メールが来ていた。
マジカはすぐに開けた。
アミからだった。
「遅くなってごめんなさい。何とか11時までにはそっちに行くから」
と書いてあった。
マジカはすぐに
「分かった。待ってる」と返信した。
スマホを置いた。また、スマホが黙り始めた。
マジカはまた、コンプリートを賭けた勝負に戻った。
 
アミからのメールが届いて数分後に、いきなりラッシュが終わってしまった。獲得枚数は18,500枚を超えており、後500枚弱でコンプリート達成だった。
多くのギャラリーからため息が漏れた。
ため息をつきたいのは俺だよと、マジカは思った。
しかしすぐにギャラリーから「引き戻し、引き戻し」と、コールがかかった。
まだ終わってはいない。マジカはもう一度気持ちをリセットした。
 
引き戻しはなかった。
また通常時に戻ってしまった。
大半のギャラリーが帰っていった。
 
時間はまだ9時45分過ぎだ。11時までにはまだ時間はある。
再度、マジカは通常時を回し始めた。
100ゲーム過ぎにボーナスの前兆が来た。
ボーナスが当たるかもしれない。
今当たって、下位のラッシュで終わったとしても何とか19,000枚を超えられるかもしれない。
マジカは「当たれ、当たれ」と念じた。
ボーナスは当たった。そして、奇跡的に下位のラッシュを取った。
またもやギャラリーが集まり始めた。
上位ATが取れてすぐに、マジカはコンプリートを達成した。
ギャラリーからは自然発生で歓声が湧いた。
そして、またも写真攻めにあった。
閉店時間の10時50分になっていた。
アミからはその後連絡はなかった。
 
全部終えて、マジカはレンタカーに戻った。
同じように車で帰っていく客はマジカに手を振って出て行った。
 
スマホを見た。
アミからメールが来てた。ほんの2分前だ。
「助けて」と一言書いてあった。
躊躇してられなかった。
マジカはアミの番号に電話をかけた。1コール目にアミが出た。
「アミ?」
「マジカさん?」
「どこにいる?」
「高松駅前のバスロータリー」
「どうした?」
「私、追われてるの」
「誰に?」
「お母さん」
「何、よく分からないな?」
「とにかく、助けに来て、お願い」
「分かった。俺、車だからすぐに行くよ」
「待ってる」
電話を切った。
マジカはナビをセットして、すぐに車を出した。


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