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【創作大賞2024応募作恋愛小説部門】「マナリ短編集1」#15. 夕涼み


父の葬式の2週間後、僕は実家に帰った。
帰ったと言っても、帰省ではない。
会社を辞め、都会の暮らしを引き払ってきた。
 
新幹線を降りてからが長かった。
地下鉄や私鉄を乗り継ぎ、1時間近くかけて、やっと実家の最寄り駅に着いた。
そして、駅前で1時間に1本のバスを待った。
バスでまた、30分は走った。
バスを降りると、うちまでは歩いて15分だ。
 
今日の昼頃、引き払った武蔵小山のマンションを出た。
しかし、今はもう夜だ。
如何に夏至の頃と言っても、8時が近くなると、辺りは真っ暗になる。
点々と灯る街灯を頼りに、家までの細い道を辿っていった。
 
家に着くと、家中の窓を開けて回った。
何となく部屋が線香臭いと感じたからだ。
 
晩飯の事を考えていなかった。
冷蔵庫には何がある訳でもなく、途方に暮れた。
ここから、飯が食える店までは車で30分はかかる。
しかも、今は車がない。
親父が使っていた軽トラックは、まだ葬儀場の駐車場で預かってもらっているからだ。
 
水屋を探すと、そうめんの束が出てきた。
冷蔵庫には、麺つゆがあるのを知っていた。
鍋で湯を沸かし、そうめんを茹でた。
 
そして、水で締めた後、丼にそうめんを入れてその上に麺つゆをかけ、食べた。
 
仏壇には、お供えの一升瓶や、缶ビールがあった。
ビールを開け、温いので、コップに入れて氷を入れて飲んだ。
 
腹がふくれた。
 
風呂へ行き、湯を沸かして入った。
そして、茶の間に布団を敷いて寝た。
 
何故だか、昔僕が使っていた部屋で寝るのが嫌だった。


翌朝は、早くに目が覚めた。朝日とともに起きたという感じだ。
会社に勤め、アパートで独り暮らししてた時にはあり得ない。
 
朝飯は、どうにも困った。
米はある。
味噌もある。
しかし、僕は何も作れない。
作れるかもしれないが、殆ど作った事がない。
 
東京では、いつも何かを買って食べていた。
自分の部屋には、電気ポットと、電子レンジしかなかった。
 
まあ、いいさ。まずは、マルを連れてこよう。
 
隣りの向井さんの家へ行った。
向井さんの家もうちと同じ米農家だから、朝は早い。
庭先では、向井のおじさんが体操をしていた。
 
「おじさん、おはようございます。」
「おお、克樹かあ。いつ、帰ったんや?」
「昨夜です。」
「そうかあ…で、今度は、長くおれるんか?お父さんの葬式の時は、火葬場から真っ直ぐに帰っていったが…」
「ああ、もう東京には、戻りません。こっちに帰ってきたんです。」
「ホンマかいなあ。そらあ、よかった。ほんで、お前さんがお父さんの田んぼを引き継ぐんか?」
「そのつもりです。」
「そらあ、安心やな。ほんで、うちに何の用や?」
「マルを連れに来ました。」
「ええ、マルちゃん、連れて行くんかいなあ。マルちゃんは、もううちの子やで。うちの中でどこでも走り回っとるわ。」
「でも、いつまでも甘えていたのではいけないと思って。それに、マルは親父が大好きでしたから、やっぱり親父の布団の側で寝かせてやりたいんで。」
「そうか、じゃあ、しゃあないな。まあ、うち、入り。朝ごはん、食べたか?」
「いえ、まだ。」
「そうか、そしたら、うちで食べていき。菫!克ちゃん、来てるで!」
「菫ちゃんも、戻ってるんですか?」
「あら、知らんかったんかいな。菫、短大の後は、家事手伝いや。」
「そうですか。親父の葬式の時はわざわざ大阪から来てくれたのだとばかり思ってました。」
 
菫ちゃんが、縁側に出てきた。
「克ちゃん!」
「菫ちゃん、ずっと、ここにいるんだって?知らなかったよ。」
「そう、何か、都会がしんどくてね。折角保母さんの資格取ったのに、ここじゃあ、使えずじまいで。」
「菫、克樹も朝飯、まだなそうや。一緒に食べさせるから、ごはんの用意してくれ。それと、マルちゃんはどこや?」
「ごはんは、分かったわ。台所へ行って、お母さんに言っとく。マルちゃんは、知らんで。きっと、仏壇の前らへんにおるんとちがう?」
「そうか、じゃあ、克樹、上がって、仏壇のところ、見てきてくれ。マルがおったら、おやつ、あげたらええ。そしたら、すぐに捕まるで。」
 
マルとは、うちで飼っているオスのマルチーズの事だ。
 
僕が戻る前、うちでは親父が一人暮らしだった。
お袋は、僕が14歳の時に、病気で死んだ。
 
僕が大学を卒業して会社に入った時、初任給で親父にプレゼントをしたのがマルだ。
 
僕が仏壇の間に行くと、マルはあおむけで腹を出して寝ていた。
 

僕の町は、六甲山の裏側にある鄙びた集落だ。
うちは、代々山田錦を作る米農家だ。
できた米は、灘五郷組合に買い取ってもらう。
灘の生一本になる米だ。
親父は、その仕事に誇りを持っていた。
しかし、僕は田舎の暮らしが嫌だったし、もっと手っ取り早く稼ぐ事ばかりを考えていた。
 
だから、東京の大学を出て、メガバンクに就職した。
そして、僕は仕事に疲れ、夢破れて、故郷に戻ってきた。
 

向井家で朝食をご馳走になった後、僕は自分の家にマルを連れて帰り、庭先に布団を干したり、洗濯をしたりと忙しくしていた。マルは、久し振りのうちの庭が嬉しいらしく、甲斐甲斐しく動いている僕の回りを走り回っている。そこへ、向井のおじさんがやって来た。
 
「克樹君、何やっとるんや?田んぼに出らんのか?」
「えっ?今、昨日東京から出した僕の引っ越しの荷物を待っとるとこなんですが…」
「ああ、そうか。ほなら、しゃーないなあ。俺が、君ん家の田んぼ、見たるわ。」
「お願いしますが、田んぼって、毎日、何かやらなアカンのですか?」
「ああん?お前、何言っとるんや?ははーん、さては、お前、克也さんのホンマの息子と違うなあ?」
「えっ?」
「克也さんの息子やったら、克也さんが、毎日、どんだけ丹精込めて、田んぼの手入れをしていたかをよう、知っとるはずや。」
「いや、おじさん、すいません。僕、こっち離れてもう7年も経つんですわ。すっかり、忘れてしもて。ホンマ、この時期は、何をやるんですか?」
「そうか、それやったらしゃあないな。教えたるわ。一にも二にも、雑草抜きや。後は、水の管理。これを怠ったらアカンのや。」
「なるほど、分かりました。でも、今日は、何せ、引っ越しの荷物が届くもんで。」
「分かった。だから、今日は、俺がお前んとこの田んぼ見たる。て言ってもな、克也さんが亡くなってから、俺がずっと見てたんやけどな。」
「ホンマ、すいません、おじさん。明日からは、僕がやりますから。でも、要領が分かってないので、おじさん、教えてください。」
「ああ、分かった。じゃあ、俺が田んぼ、行ってくるわ。ところで、お前、今晩、何か用あるか?」
「いや、別に。」
「ほな、晩、うちにお出で。歓迎会、したるわ。」
「分かりました。ほな、うちが片付いたら、伺います。」
「分かった。じゃあ、俺は田んぼ、行ってくるわ。」
「宜しくお願いします。」
「分かったでー!」
 
おじさんは、出ていった。
僕は、縁側に座り、マルのお腹をかいかいかいと、してあげた。
マルは目を細めて喜んだ。
 
田んぼを引き継ぐために帰る、と言うのは、会社を辞めるための方便でしかなかった。
僕は、田んぼに興味はないし、これから先、どうやって生きていくかについての指針も見当たらなかった。
ただ、会社を辞めたい一心で、こっちに帰ってきたのだ。
 
毎日、田んぼに出て、雑草抜き?
水の管理?
 
ピンと来なかった。
 

僕の東京の荷物が届き、引っ越し業者に運び入れてもらったり、部屋にレイアウトしたりしていると、すぐに夕方になった。
 
ようやく片付いたと思えた頃、うちの庭に菫ちゃんがやって来た。
 
「もう片付いた?」
「ああ、後は掃除機かけたらしまいやけど、それはまあ、明日でもええわ。」
「克ちゃん、神戸弁、戻ってきたな。」
「そうやな。不思議なもんで、もう標準語を忘れてきてるみたいやな。」
「晩ごはん、出来てんねんけど、もう来れる?」
「ああ、行くわ。」
「ねえ、克ちゃん?」
「何?」
「これから、ずっと、ここに住むん?高校の時みたいに。」
「せやな、もうここ、出ていかんのと違うかな、分からへんけど。」
「うれし…」
「えっ?今、何、言った?よう、聞こえんかった。」
「ややなあって、言うたんよ。」
「ホンマかあ?」
「ホンマよ。だって、克樹君、いっつも、夜中にギターの練習して、うるそうて、うるそうて…」
「あれは高校時代の事やろ。もうそんな事はせいへんよ。大体、ギターなんてもうないし…」
「えっ、もうないの?」
「大学で東京に行った時に、最初に住んだワンルームマンションが狭もうて、ギターが邪魔で、リサイクルショップに売ってしもてん。」
「それ、勿体ないなあ…克樹君、プロになりたかったんちゃうん?」
「いや、それはすぐに諦めてたんや。俺には才能ないってな。まあ、ええわ。ほな、マル捜して、そっちに行くから。」
「せやな、待ってるから。」
「ああ、すぐ行くわ。」
 
菫ちゃんは、帰っていった。
僕は、マルを捜しに行った。
 
 
向井家に行くと、おじさんはもう一人で呑み始めていた。
「おう、克樹くん、遅かったなあ。」
「マルを探し出すのに、ちょっと苦労しまして。」と、抱いているマルを畳の上に放した。すると、マルは一目散でおじさんの方へと行った。おじさんは、マルを抱き上げて頬摺りをした。
「ホンマか、マルちゃんは、かちこいからなあ。で、どこにおってん?」
「洗面所の床に腹ばいになってました。きっと、冷たくて気持ちがいいんかと…」
「ちょーですか、かちこいなあ、マルちゃんは。そや、ご褒美あげよう!」
おじさんは、自分のアテのカワハギをちぎって、マルの鼻の前に出した。すると、すぐにカワハギはなくなった。
「お父さん、ダメよ!いつも、言ってるでしょう?カワハギは、塩分強すぎやて。」と、向井のおばさんが言った。
「だから、ちっちゃくちぎったやろ。ほな、別のおやつ、あげようかあ。」
おじさんは、甚兵衛のポケットから、犬のおやつを取り出した。
マルは喜び、おじさんの回りを飛び回った。
その動きにつられて、おじさんも立ち上がり、おやつをマルに見せながら、隣の部屋へと走って行った。
 
台所から、皿一杯に盛られた天ぷらを持って菫ちゃんが来た。
「ああ、お父さん、マルちゃんには甘いんやからあ。克ちゃん、ごはん、食べて。」
「ありがとう。ここに座ってもええんかな?」と、僕はおじさんの向かい側の座布団を指した。
「うん、そこ。ビール、飲む?」
「飲みたいな。」
「ほな、すぐに持ってくるわ。」
 
テレビは、ニュースの時間だった。
昔ながらの日本の農家の家。障子の向こうは縁側があり、大きな窓がある。
もう夜なのに、気温が高いため、全部閉め切り、部屋はエアコンが効いていた。
 
菫ちゃんが、僕にビールを持って来てくれた。
プルトップを開けると、僕にビールを注いでくれた。
僕のコップが一杯になると、「私も」と言い、菫ちゃんは自分のコップにビールを注ごうとした。
その缶を僕は受け取り、菫ちゃんに注いであげた。
 
「乾杯。」
二人でビールを飲んだ。格別にうまいビールだった。
 

向井家での夕食は、本当に美味しかった。
茄子と鶏肉の天ぷら、アジの南蛮漬け、チンジャオロースー、出汁巻き、そして、肉じゃが。雑多なメニューだが、どれも懐かしい家庭の味だ。
中でも、肉じゃがは、最高だった。僕にとって、肉じゃがの肉は牛肉だ。東京で初めて豚肉の肉じゃがを見た時は衝撃だった。関西では、「肉」とは、牛肉を指す。それ以外は、「肉」とは言わない。豚肉は、「豚」だし、鶏肉は「鶏」だ。関西では「肉まん」とは言わない。「豚まん」だ。
牛肉の肉じゃがを本当に久しぶりに食べた。美味くて、大皿の半分を僕が食べたぐらいだ。
肉じゃがに冷えたビールがよく合った。横の菫ちゃんが、よく飲むのには驚いた。ビールのロング缶がどんどん空いていく。菫ちゃんにペースを狂わされたのもあるかもしれない。とにかく、今の僕は些か飲み過ぎだ。
 
おじさんは、一人で冷酒を飲み、食事の途中だというのに、部屋の隅で、座布団を二つ折りにして枕にし、寝てしまった。おじさんの腹のあたりに、マルがいすわった。
 
本当に気分のよい夜だ。
 
僕も眠くなってきた。そろそろ、お暇する時間かなと、僕が見計らっていると、菫ちゃんが「夕涼みに行かへん?」と、訊いてきた。
「夕涼み?」
「前の川に、昔小さい頃、克ちゃんとよく行ったやん。蛍、見に。」
「ああ、蛍か?」
「今もおんのかなあ?気になるやろ?見に行かへん?」
「ああ、まあいいけど…」
「ほな、行こう。」
 
僕たちは、家を出てすぐに川に向かった。
 
 
向井家とうちとの間の道を下ると、すぐに両サイドに田んぼが広がる。左がうちの田んぼで、右が向井家のだ。
田んぼは、階段状に連なり、その真ん中を道が下る。
「なあ、克ちゃん。」
「何や?」
「田んぼの水の中におるゲンゴロウや、オタマジャクシ、まだ、手で捕まえられる?」
「えっ?」
「子供の頃、克ちゃんはよく、田んぼで捕まえて、バケツに入れて学校に持って行ったりしとったやん。」
「ああ、そんな事もあったなあ。でも、大人になってからは、残念ながら、いっぺんも素手で掴んだことないわ、ゲンゴロウも、オタマジャクシも。もう、動きが早くて、捕まえられへんのと違うかなあ。」
「そうなんや。そら、残念やわあ。克ちゃん、何でも捕まえるの、上手かったやん。アメンボとかも、指でスーッと捕まえたり。」
「そうやったなあ。でも、もう十数年、虫なんて、触った事もないわ。」
 
そうだった。
 
僕は、子供の頃、虫取りや、カエルを捕まえたり、ザリガニを釣ったりするのが好きだった。
そして、捕まえたカエルや、ザリガニをウチの庭先の水槽で飼ったりしていた。
ウシガエルは、夜中に超低音で鳴き、お母さんによく叱られたものだった。そして、泣く泣く、捕まえたカエルを川に放しに行かされた。
 
ファーブル博士のような昆虫博士になる。
 
僕の将来の夢の作文だ。
あの頃は、本当にファーブル博士に憧れていた。
 
その坂の途中で田んぼは途切れ、左側に小山が現れる。本当に小さな山だが、木が、鬱蒼と生い茂り、山の前にあるお地蔵さんが、不気味な雰囲気を醸し出している。
その小山のお地蔵さんの後ろに、枇杷の木がある。
 
「克ちゃん、枇杷、スゴイなってる。取って、食べへん?」
「ええ、今か?この薄暗い夜道やのに?」
「大丈夫やん。克ちゃん、昔は私が「枇杷食べたい」って、言ったら、すぐに、スルスルスルって、木に登って、一杯実を取ってきてくれたやん。」
「ああ、あの頃は木登りが得意やったからなあ。」
「今でも大丈夫や、きっと。ちょっと、登ってみてよ。」
「いや、今日は酔うてるから、やめとこ。危ないわ。」
「そんなん言わんと。一個だけ、一個だけ、お願い。」
「一個だけ?しゃあないなあ。じゃあ、やってみるか。」
僕は、枇杷の木の前に立った。すると、どこに足をかけて登って行ってたのかを、鮮やかに思い出した。
まず、左足を、木の股に挟むように引っ掛ける。その左足を起点に、一気に右足を撥ね上げる。
 
すぐに、実がたくさんなっている枝に辿り着いた。
一個と言われたが、たくさんもいで、菫ちゃんに落とした。菫ちゃんは、掛けていたエプロンを袋のようにして、枇杷を集めた。
 
忘れていた。
 
僕は、木登りが得意だった。
小学校の高学年の時に、10mほどの高さの木に登り、登ったはいいが、降りれなくなって、消防団のはしご車で救助してもらった事があった。
僕は、体育が得意だった。鉄棒も跳び箱も、クラスで一番だった。
そうか、そんな事もあったなあ。
今は、どうだろう?
東京では、ジムの会員にはなったが、3回しか行かなかった。
 
天気の良い日に、学校へ行って、鉄棒をやってみよう。まだ、大回転はできるだろうか?
 
結局、枇杷は食べなかった。何となく、皮が汚く思えたからだ。
家に持って帰り、よく洗ってから、冷蔵庫で冷やしてもらう事にした。
 
川に着いた。
 
川は、薄い月影にキラキラとして見えた。
川の水面や、川原の草叢を目を凝らしてよく見るが、生憎、蛍は見えなかった。
 
「蛍、おらんようやなあ。」
「残念やね。見たかったわあ。」菫ちゃんは、本当に残念そうだった。
「ねえ、覚えてる?」
「何を?」
「小学生の頃な、二人で、ここに蛍、見に来たやん。」
「ああ、何度か、あったなあ。」
「私、小さいやん。今も小さいけど。」
菫ちゃんは、小柄だ。大人になった今でも、多分、身長は155㎝もないのではないか?
「ああ。」
「蛍、土手の上から見てもよく見えない時、克ちゃん、私の手を引いて、土手を下りて、草叢に連れて行ってくれてん。」
「ああ、覚えてるよ。帰りが大変やったんやんな。菫ちゃん、あのコンクリートの土手、一人で上がられへんで。僕が肩車して、上のガードレールに手、伸ばしてな。」
「そうそう。あん時な、蛍、見つけるやん。そしたら、克ちゃん、いつも、ブンブン怒り出すねん。」
「蛍、見つけたのにか?そりゃ、おかしいなあ。何で、怒ってたんや?」
「また、ゲンジボタルや!ここらは、平家の手下の村やぞ!源氏は、寄って来んな!って、怒ってたんや。覚えてない?」
「ええ?そんなんで、怒ってたかあ?覚えてないなあ…」
 
僕は惚けた。本当はよく覚えてたのに。
うちは、平家の家臣だったという言い伝えがある。昔の豪族の末裔と、親父は言っていた。
僕にはそれが、何となく誇らしかった。
 
暫く、二人で川べりの道を歩いた。しかし、川面には蛍は見えなかった。
 
「もう帰ろうか?」
「そうやな。」
「ねえ、克ちゃん。」
「何や?」
「昔みたいに、手、つないで。」
「手か?ええよ。」
 
僕らは、月あかりが照らす小道を、手をつないで家まで帰った。
 
 

 

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