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【連載小説|長編】黒崎透⑫「仕掛ける」


電話が鳴った。
英郎君からであり、ビデオ通話になっていた。
 
「頼めましたよ。今、隣にいます。友達の動画やってるミネックです」
ミネック君が写り込んできた。
彼は鮮やかな水色のおかっぱ頭で、その割にオーソドックスなアーガイル模様の厚めのカーディガンをボタンを全部留めて着ている細長い男だった。
 
「おはようございまーす。ミネックと言います。暴露系動画撮影者をやってます」
「そうですか。僕はそっち系の動画を見ないのであなたを知らないのですが、あなたは今回のこちらの要望を聞いてくれてますか?」
「中野惟人さんの件ですよね。英郎氏に全部聞いてまーす。そっちで撮った動画や写真データも全部見てまーす」
 
私は彼の動画を見た事がないので、よく分からないのだが、彼の「まーす」と言う口調にはビジネス臭を感じた。
 
「それで、君のチャンネルで流してくれるのかな?」
「勿論ですよ。中野惟人さんの件でしょう?この時点で、中野さんネタで動画をアップできるなんて、そうそうないですからねえ」
「経費は払うから後で請求してくれ」
「それは大丈夫です。でも、逆に今回の動画の収益は分配しませんので、それはご了承下さい」
「そんなに儲かると思うのかい?」
「そう思いますねえ。30万再生は固いでしょうし、うまくすればもっとかもしれませんからねえ」
「そうか。それならこっちは一切払わないから、精々儲けてくれ。こちらはあくまで情報提供者というスタンスで…でも、情報源はくれぐれも秘匿してくれよ」
 
彼はお金の話になると、「まーす」は使わないようだ。
 
「それは当然っす。勿論守ります」
「じゃあ頼むよ。で、いつ頃アップできる?」
「最短で明日には」
「それが最短か?じゃあ仕方ないな。英郎君」
「ん?何でしょう?」
 
英郎君は、自分が会話に参加してない時は、いつも話を全く聞いていない。その間、彼の頭の中では、次の曲のアレンジでも考えているのだろう。
 
「デビッドに連絡して、X攻撃を始めさせてくれ。こっちはそれを仕切ってる場合じゃないので」
「分かりました」
 
「じゃあミネック君、英郎君、宜しく頼む。何かあったら、いつでも知らせてくれていいから」
私は電話を切った。
 
中野が新しいジャージに着替えて、肩のタオルで濡れた頭を拭きながら帰ってきた。
 
「いや、やっとサッパリしたよ。黒崎、頼みがあるのだが、さっきまで着ていた服だが、あれは全部捨ててくれ」
「えー!捨てる?どうして?」島野が食いついた。
「験が悪い」
「洗って、中古屋に持って行くのは?」
「それはそうでもいいが、中野惟人が着ていたなんてバレたら、色々と面倒臭い事にならねえか?」
「まあそうだな。分かった。シンクの下の引き出しの一番下に燃えるゴミの袋が入ってるから、全部まとめて入れておいてくれ」と、私が同意した。
「それは私がやるわ。全部入れちゃっていいのね?」と、島野が渋々言った。
「君がか?悪いね。じゃあ頼むよ。服は洗濯機の中に全部入れてるし、つけてたジャラジャラしたアクセサリーは全部洗面台の横の棚の上に置いてある」
「アクセサリーも捨てるの?」と、島野が驚いた顔で訊いた。
「ああ、全部捨てたい」中野は素っ気なく答えた。
「それってイミテーション?」
「それは違うだろうな。知り合いのスタイリストに買って来させたのだが、請求してきた額からみて、全部本物のゴールドとか、シルバーだよ」
「じゃあそれは捨てちゃダメよ。いくら中野さんがつけてたってバレそうでも」
「どうすればいい?」
「私に預からせて」
「ああまあ、それはいいが…くれぐれもバレないように頼む」
「大丈夫。最悪、全部溶かしてもらって、単なる金とか銀で売っちゃうから」
「そこまでして、売るのか?」
「そうよ。勿体ないじゃない」
「そうか、勿体ないか…そんな事、考えた事なかったな」
「そうでしょうね。だから大物芸能人はダメなのよ」
「ダメって、どういう事だ?」
「そういうとこ全部ダメ!お金に執着がない感じを出してさ。それって、お金で何でも解決できると思ってる人がやる事よ」
「今回みたいに、女とトラブったら解決金で終わらせようとしたりか?」
「そうね。でも、それは私は当事者じゃないから、本当のところはよく分からないので、これ以上は言わないでおくわ。黒さんがあなたを助けるって言ってる以上、私も協力したいし…」
「まあ、あれには色々と複雑な事情があるからな。でも、あんたが協力してくれるって言ってくれて嬉しいよ」
「喜ぶのは早いわよ。ねえ中野さん、一つ訊いていい?」
「何だ?」
「ずっと家に帰らずに逃げ回ってるんでしょう?何日、家に帰ってないの?」
「もう二週間近くになるかな…どうして?」
「着替えの服も持たずに?」
「そう」
「着替えも持たない人が、どうしてそんなにフレグランスの香りがしてるの?柔軟剤じゃないだろうし、ひょっとして香水とか?」
「そう、香水だよ。好みの香水だから、これだけはいつもバッグに入れてる」
「それって、キモいよ。じゃあ私服を始末してきます」
 
島野はいつも通りにずけずけと言いたい事を言った後、さっさと私の部屋へと向かった。
 
「キモい?俺が…」

残された中野は、どうしていいのか分からない顔で島野が出て行ったドアを見ていた。
 
私はそのやり取りを目の端で見て、右耳だけで聞いていた。
 
私はスマホの画面を見続けていたからだ。
 
「うひょー!今日中野惟人を探しに来てたレポーターの皆さんを紹介します!」
 
SNSに一件目の投稿がアップされた。
すると、瞬く間に次々とアップされた。
 
「見てくれよ。この必死な表情を❕いるのかどうかも分からない店になだれ込んできてる。在京キー局のワイドショーのレポーターが勢揃い!」
 
リポストも入り始めた。
 
「みんな中野の姿を捉えようと必死じゃん」
「でも、さっき何か盗撮チックなヤツ流してたぞ、どっかの局で」
「TTVだろう。あれって、ネット動画を撮影者の承諾を得て、流したらしい」
「マジか?そんなんアリ?」
「アリか、ナシかで言えば、ナシなんだろうけど、TTVは、必死なんだろうよ。何せ、中野の一件は、ライバル局のFTVの女子アナ絡みだろう。FTVの視聴率をがた落ちさせるチャンスじゃん」
「それにしてもスゴイ数のTVカメラだねえ…キー局だけじゃないんじゃね?」
「ニュース系とか、暴露系の動画撮影者もいっぱいいたらしい」
「マジか…中野さんも大変だね」
「マジ、同情する。オレ、結構あの人好きだよ」
「でも、今回の件はまるでレイプまがいだよ。変態じゃん」
「まあ、そうだなあ…」
 
始まった。

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