見出し画像

【連載小説】サキヨミ #18

勿論、ガッシャーンと大きな音を立て、ガラスは砕け散ったりしなかった。
僕は、ガラスにぶち当たると思った瞬間に「クニャ」という、なんとも締まらない感覚を身体全体で受けた。次の瞬間、目の前が白光に覆われ、僕は視力を失った。
 
失ったのは、視力だけではなかったようだ。
僕は意識も失ったらしい。
 
目が覚めた。
オフホワイトの部屋。
意識?ああ、イシキか…
思い出してきた。
 
「目覚めたかい?気分はどうだ?」床にあおむけに倒れている僕を救済者が覗き込みながら、そう言った。
僕は、上半身を起こしながら「ああ、なにせ久し振りなんでね。ちょっとまだ慣れないかな。ところで、君は遼太郎なんだね?」と言った。
「そう、君の息子、遼太郎だ。」
「実の息子にしては、中々の口調だよね。」
「でも、君はずっと気づいてなかったじゃないか。それに、君は僕の事を実の息子だと言うが、まだそうじゃない事を理解していないか?」
「どういう事だい?」
「つまりこういう事さ。君の奥さんの名前は?」
「佐和子だ。峰尾佐和子。」
「その峰尾佐和子さんは、今どこにいる?」
「えっ?いや、その、分かんないなあ…」
「いいだろう、僕が解説するよ。佐和子さんは君の想像上の奥さんなんだよ。そりゃそうさ。よく考えてごらんよ。今の君は、峰尾隆二さんの脳に間借りしている存在だろう。リアルの世界じゃあ、肉体は完全な死を迎えてるし、脳も死ぬ前に取り出せるイシキを取り出しただけでさあ。しかも、そのイシキは峰尾隆太郎君が17歳の時のものだろう。結婚した事もない17歳のイシキで、奥さんの事なんて具体的に語れる訳がないんだよ。」
「ええ、じゃあ佐和子は実在しないという事か?俄かには信じ難いなあ。何でそんな事になる?」
「それは君がお父さんの脳に間借りしている事が原因だと思ってる。お父さんの隆二さん、お母さんは美佐代さん、その間にできた一人息子が君、隆太郎。そして、君の家族構成が、君が夫で隆太郎、妻が佐和子、そして、その間に産まれた一人息子が遼太郎。全く同じ構成だし、年齢や血液型等の詳細な個人情報をインプットしていけば、恐らく君の家族の記憶は、お父さん隆二さんの記憶の書き換えだと思う。多分だが、佐和子さんは君の中学か高校時代の好きだった人の名前なんじゃないか?」
「そんな…じゃあ、僕には家族は元々いないという事か?」
「そうなるね」
「それはおかしいじゃないか。もし、本当にそうなら、君の存在はどうなる?」
「それはもう気付いてるんじゃないか?じゃないと、僕の事をボーと呼んだりしないと思うんだが…」
「やはりそうか…お母さんの美佐代だね。つまりは『マザー』だ」
「そう、その通りだ。」
 
 
うちの母は、僕がまだ幼い頃からずっと、僕の事を「ボー【坊(ぼう)の意味】」と呼んでいた。
坊ではなく、ボーだ。
 
 
「何故、統領達は君の事を望(のぞみ)と呼んでいたのだ?」
「僕のイシキは『マザー』によって作られた。そして、お父さんの脳に間借りした君のイシキに刷り込まれた。だから、僕のイシキは肉体を持った事がない『完全なる造られたイシキ』なんだ。それが急に現れると統領からすると不自然で、僕は統領の前に差し出される事になった。その時、統領から名前を問われた。僕の頭の中にはひらがなで「ぼう」が浮かび上がった。慌てて僕は漢字で「望」と当て字した。それを統領がイメージとして読み取り、「望」=「のぞみ」と、間違って受け取った。統領が僕の事を「望(のぞみ)」と呼んだので、僕は明るく「ハイ」と言ったのさ」
「なるほど、それで君はのぞみと呼ばれたんだね。納得したよ。でも、今回、僕をここに呼んでまでして、君が達成したかった事は、僕、隆太郎と母美佐代のイシキの完全復活だと思うんだが、それが必要だった理由は、やはり『マザー』の意向なのかな?」
「いや、それは違うね。100%僕の意向だよ」
「君の意向?それじゃあ君が『マザー』を焚きつけたんだ」
「そうなるね」
「何故だ?」
「早くしないと、君と美佐代の死体の冷凍保存がもうできなくなる可能性があるんだ。」
「それはどういう事だ?」
「リアル地球の急激な温暖化と電力不足が理由だよ」
「地球は更に暑くなっているのか?」
「そう、収蔵庫のあるエリアの地表面の平均気温は、40度に達しようとしていて、最高気温は、50度を超えるんだ」
「そんなんじゃ、いくら種を保存し続けても、何の生物も生き延びる事が出来ないんじゃないか?」
「いや、統領の試算だと、このような状況は、後二年で終わる筈なんだ。そこからは暫く気温は下がり続ける予定だ」
「じゃあ後二年の辛抱なんだね。で、電力不足はなぜ起こってるんだ?」
「今のリアル地球では、全ての電力を太陽光発電でまかなっているんだが、ここ数年で急激に気温が上がったせいで、今設置している太陽光パネルが劣化してしまい、どんどん使い物にならなくなっている。毎日、区画毎に新しいパネルに交換し続けてるんだが、原材料の調達も含めて追いつかなくなってきており、そのために慢性的な電力不足が起きてるんだ」
「それはキツイ状況だね。地熱発電とか、風力とか、他の方法は取れないのか?」
「勿論、それは現在開発中だが、その製造ラインを作るために割けるボットが不足してるんだ。何せ、電力不足で、新しいボットの製造数も減少しているからね。」
「じゃあもう致命的じゃないか。この危機的な状況は乗り越えられるの?」
「ああ、何とかなると統領は算出している。しかし、統領にも計算できないものがある」
「それは?」
「自然が引き起こす『異常現象』だよ。統領は後二年で気温は下がり始めるという答えを導き出している。しかし、本当にそうなるかどうかは自然次第だ。もし、ここに新たな要素が加わり、違う状況が生まれた場合、気温は下がらないかもしれない」
「その場合はどうなる?」
「統領は生存のために『取捨選択』を始めるだろう」
「なるほど、電力を使用するための優先順位をつけるんだね?」
「そう、そして、その場合一番最初に電源を落とされるのが、峰尾美佐代と峰尾隆太郎の冷凍庫だ」
「なるほど、分かったよ。で、どうすればいいんだ?」
「それはもう分ってると思うが、僕が手術して二人の脳を取り出し、君が開発したmmbを使って脳のガン細胞をやっつける。そして、二人をイシキ化する」
「それで、冷凍庫にかかる電力は要らなくなる。でも、それって微々たるものじゃないのか?」
「それはそうなんだが、美佐代さんの脳の完全な復活は『マザー』の完全化のためには必要不可欠だ。『マザー』が完全に稼働し始め、統領と手を組むと、この事態への対応力は格段に増す。そして、峰尾隆太郎さんの完全な復活は、僕、峰尾遼太郎の誕生を約束してもらえる」
「分かったよ。君は君の命をかけてるんだ?」
「そう、だから急がないと…」
「何をする?」
「サキヨミの中に、二人を救出するための特別なボットを作る工場を建設する」
「これは時間がかかりそうだね?ところで、前回、ここから僕の元いた仮想現実に戻る時に頼んだ時間変動はもう解いてるのか?」
「ああ、もう解いてる。前回からもう既に10年が経ってる事になってるんだが、時間スピードは約365倍にしておいたから、1年365日は、1日で消化されてた。だから実際は10年=10日なんだ。」
「いやホント、この10年は光の速さだったよ。一瞬で過ぎた」
「今はもう大丈夫だ。時間のスピードはレギュラーで安定させてる」
「それはまた早められるのか?」
「ボットの開発時間を早めたいんだね?」
「そうだ」
「やってみよう。そのためには休息が必要だ。まず寝よう」
「起きたら時間スピードはリセットされてるんだね?」
「その通りだ」
僕らは寝た。


いいなと思ったら応援しよう!