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【連載小説】サキヨミ #22
この日は、結局12時間も訓練した。
工場から収蔵庫までの道のりを12往復したし、それ以外の段取りも全部実施してみた。最後の手術等の細かい動きも工場内に作った手術室でシミュレーションした。
その後、僕とボーは展望室の奥にある指令室へ行った。
コンソールには画面分割して、色々の情報が出ていた。
それが映る画面の前に「管制官」がいた。僕は「管制官」と初めて会った。
「管制官」は、アバターであるにもかかわらず、若いのだが頭頂部が薄くなっている男性だった。つまり、若禿げだ。
アバターなのに、こんなヘアスタイルなのは何故だろう?
僕ですら、ここでは随分と若作りなのに…
敢えて、こんな疑問を持たせる意味は何なんだろう?
「管制官」が僕の方を見て言った。
「君は僕の頭ばかりが気になるようだね?」
「そう、気になって仕方ないね。何故、禿げてるんだい?」
「簡単さ、ここでもニンゲンの老化を忘れないようにするためなんだ」
「それを体現する事を自分で選んだと?」
「そんな訳がないだろう。全ては統領の思し召しだ」
「統領や、十賢者がアトランダムに僕らから選び出して、ニンゲンの人生を生きていくうえで、起こり得る出来事を与えてくるんだ。因みに僕は子供の頃に盲腸炎になり、緊急手術を受けた傷が腹に残っている」と、ボーが話を継いだ。
「なるほど、確かにニンゲンが生きていく間には、怪我したり、事故に遭ったり、病気になったり、色々あるもんな」僕は妙に感心した口調で返答した。
「これで疑問は解決したようだね。じゃあ早速明日の本番に向けての最終ブリーフィングを始めよう」
「そうしよう」ボーが言った。
「ブリーフィングって、何をするんだ?」と、僕が訊いた。
「まあ見てて。分かんない事が出てきたら、その度ごとに質問してくれたらいいさ」とボーが返事した。
僕は頷き、その後は口を挟まないようにしようと思った。
「いいかね?じゃあ、まず明日の気象条件についての最新の予想だが、明日の日の出は午前5時7分で、予想天気は、曇りのち晴れだ。地表面の気温が40℃に達する最短の時刻は、5時28分。次に磁場風だが、これは予測がつかない。ただ、偏西風は低気圧の影響を受けて、弱まっているため、磁場風が吹いたとしても秒速10m以上の強烈な風に育つ事は少ないように予想している」
「とは言っても、強烈な磁場風に出会わないという確率は0ではないだろう?」
「勿論そうだ。我々の予想では、12%から36%の確率で、秒速10m以上の風に遭遇する可能性がある」
「それは多いな。それで、ボットのアームの改良は済んだのかい?」
「ああ、それは完了している。もし、その風が吹いた場合、ボーとリューは、それぞれキャリーカー1台ずつに対応してもらう。風避け役だ。そのためのアームの改良と、背中部分、駆動脚の改造をした。」
「背中は、どうなった?」
「強化チタンの下に厚み5㎝の軽量FRPで装甲を施してある。駆動は車輪から二足歩行へと変更した」
「分かった。それで実際の風避け行動の方法は?」
「それは、後で最終のアクションシミュレーションの時に教えるよ」
「分かった」
「ここで、大きな問題が生じている」
「移動時間かい?」
「そう、察しが良いね。二足歩行を採用したが故の問題なのだが、磁場風に対応するためには車輪はフィットしなかったんで仕方がないんだ。」
「で、問題というのは?」
「行きはいいんだが、問題は帰りだ。君たちは峰尾美佐代と峰尾隆太郎の遺体の冷凍保存ケースを運ぶ訳なんだが、重量の関係でキャリーカーに移動時間のフルフルを満たすバッテリーを搭載できないんだ。今の想定では保存ケースの電源を維持できるのは最大12分。しかし、二足歩行とキャリーカーの平均速度は、時速20㎞だ。何しろ、岩ばかりの悪路だからね。場所によっては、10㎞以下に落ちる事もあるだろう。それで、収蔵庫からこちらの工場までの最短の移動時間の想定が57分。電源が切れた後の冷凍保存のリミットが約42分なので、猶予はたったの5分しかない」
「その5分を切ったら?」
「二人の脳は完全に死ぬ」
「分かった。じゃあ悠長にはしていられない。早速二足歩行のボットでアクションシミュレーションを始めよう」
「分かった。じゃあ二人ともコンソールに向かって、位置についてくれ。リューは、質問はないかい?」
「今のところは大丈夫だ。急いで訓練しよう」
僕らは、最後の訓練を始めた。
寝ている場合ではない。後数時間で本番が始まる。