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【短編・青春小説】たこ焼き

8月になったばかり、学校は夏休みだ。
夜明け前からもう日中の猛暑を予感させる暑さで、太陽は東の空で輝き始めている。
勇也は朝5時に自転車で家を出た。
野球部の朝練があるからだ。

夏休みの間中、平日は毎日朝6時から夕方5時までずっと野球漬けになる。
土日は大体どっかの学校と練習試合で、試合は午前中から始まり、大体ダブルヘッダーなので夕方に終わる。

勇也は2年生。まだレギュラーではなく、補欠のリリーフピッチャーだ。
朝早いのは辛い。
練習が長いのも苦痛だ。
遊べない。服を買いに行けない。勉強時間が取れない。ゲームする暇もスマホいじる時間もない。

でも、勇也は歯を食いしばって頑張っている。
甲子園に行けない事は、薄々分かっている。
何といっても、普通の県立高。勇也の野球部の歴史で、夏の県予選の一番いい成績は、ベスト16で、大体が予選2回戦で敗退している。
しかし、可能性はある。少ないかもしれないが、0ではない。
誰にだって、チャレンジする権利はあるんだ。
そう思って、休まず練習を続けている。

自転車で住宅街の小さな道を走ると、そこからはずっと、バス道の長い上り坂がある。この坂はかなりの急こう配で、それが1kmぐらい続く。

小さな道からその長い上り坂に差し掛かるところで、勇也は同学年の直輝と出っくわした。
直輝も自転車で学校へ向かっている。直輝も補欠のピッチャーで、来年3年生になる時、勇也は直輝とエースの座をかけて戦わなければならない。

「おはよ」
「おう勇也、この坂で競争せえへんか?」
「どっちが早いか、か?」
「そらそうや、どうや?」
「この坂だけではおもんないな。朝一の25km走と、午後のダッシュ50本の総合得点方式でどうや?」
「おう、それ、スゴイな?総合格闘技並みやな。やろか?」
「おっしゃ、やろう。何、賭ける?」
「部活終わりの藤波屋のたこ焼きでどうや?」
「おう、それいいな。いこか?1舟?」
「そんなもん、2舟ぐらいでいかな、おもんないやないか。」
「ええ、そんな?そしたら、俺、3時の購買のパン、我慢せなあかんようになる…今日は購買開く日やろう?」
「ああ、今日は運動部が殆ど練習やる日やもんな。」
「3時になったら、半額なるやん。ソーセージパン、買いたいねん。俺今日、1000円しか持ってない…明日、小遣い貰うまで火の車やねん…」
「お前、負ける気満々やなあ。」
「アホ、そんな事あるか!」
「ほな、2舟でええな?まあ、1舟は今日でなくてもいいからな」
「そんな思いやり要らんわ。俺が勝つからな」
「おお、言うたなあ…ほな、今日の夕方、2舟や、ええな?」
「ああ」
「約束やで」
「約束や」
「そしたら、レディーゴー!で、いくで!」
「おう」
「レディー!」
「ゴー!」

「うおおおーーー」

勇也と直輝は、大声をあげて長い坂道を登り始めた。


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