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【連載小説】夜は暗い ㉘(予定通り後2章で終われそうです)

「分からんではないですね。オフの時には、音楽から離れたいという事ですよね?」
「そう、そうしないと気が変になりそうになってしまうのよ」
「だから、酒に頼ってるという事ですか?」
「そうね」
「そんな山本さんを見て、漆原さんは注意したりはしなかったのですか?」
「注意?どんな注意ですか?」
「飲み過ぎではないですか?とか、もっと子供たちの事を見るべきですよ、とかという方向の注意です。」
「まさかそんな?私はこの家の使用人ですよ、使用人の分際で、雇い主に文句を言うなんて、そんな事はできません」
「使用人の分際?時代錯誤ですな。今は令和ですよ。下手すりゃ、あなたが山本さんを訴える事だってできる時代だ。まあいいです。話を変えましょう。あなた、漆原美香子さんですね?」
「いきなり、何ですか?ええ、そうです。漆原美香子です。」
「あなた、以前結婚されてた事がありましたよね。一回だけ」
「… ええ?それって、今の話に関係あります?」
「大いにね。話したくなければ、話さなくてもいいですよ。僕はもう調べてありますから」
「一度だけ、結婚していた事があります」
「失礼ですが、結婚されてた時の苗字は?」
「…」
「僕から言いましょうか?」
「木本… 」
「ええ?なに本ですか?聞き取れなかったんですが…」
「木本」
 
木本と聞いて、山本由佳里の顔から血の気が失せた。
 
「漆原さん、あなた、まさか…」
「もういいです。私は死んだ俳優の藤沢雅也の妻でした。藤沢雅也は芸名で、本名は木本誠太郎。そして、私は木本美香子でした。これで、満足ですか?」

 
これを聞いて、山本由佳里だけでなく、同席している奥平も島野もフリーズしてしまった。
ああ、そうか… これを依頼したのは岩田だった。奥平も知らない事だ…

 
「そうですね。あなたは亡くなった俳優の藤沢雅也さんの本妻、木本美香子さんであられた。夫の藤沢雅也さんは、後にこちらの山本由佳里さんと不倫関係になり、やがて、二人は別れ、雅也さんはあなたの元へ戻ってきた。そして、間もなく自死された。雅也さんの死因は、飲酒後の睡眠薬の大量服用でしたね」

 
山本由佳里は、漆原美香子の横顔を見つめたまま、フリーズしたままだ。無表情のままで、冷たい目で漆原美香子をただ見つめている。

 
「…そうです」
「何を狙ったんですか?」
「何も… 」
「そんな訳ないでしょう。山本由佳里さんは、あなたにとって憎い存在だったんじゃないですか?その憎い人の家へあなたは自分で強く望んで家政婦として雇われるようになった。これはなんぼ何でも、何かあると思うじゃないですか、違いますか?」

なんぼ何でも? 急に神戸弁が出た…

「山本由佳里さんなら、お金持ちなので、きっと雇ってもらえると思っただけですわ」
「それだけ?」
「そう」
「山本さんへの恨みは?」
「そんなもの、ある訳ないじゃないですか。じゃなければ、私は今ここにはいません。主人の事は、もう20年近く前の話ですよ。おまけにあの人、心が弱いから勝手に死んじゃって… 残された私が、これまでどれだけ苦労したと思います?だから、私はただ高い給料が魅力だっただけです。ホントの事を言えば、最初はお給料の金額だけに釣られて、後で山本さんのお宅だと知ったぐらいで… 」
「そうですか… まあ、それもお話の通りだとしましょう。でも、あなたは色々と画策しましたよね。山本由佳里さんが君塚正治氏と再婚した後で…」
「えっ?仰ってる事が分かりませんが…」
「まあ、いいです。色々と聞いて分かってる事もあれば、推論の域を出ないものもありますから… ちょっと、お付き合いください。正治さんと結婚後、山本由佳里さんと二人の子供たち、そしてあなたはこのマンションに移り住むようになります。あなたは、それまで通いの家政婦だったのに、平日は基本泊まり込むようになったようです。それはそうですよね?」
「ええ、平日は朝早くから有紗さんのお弁当を作らなくてはならなくなったものですから… 」
「そうしてるうちに、あなたは正治さんと色々と話す機会が増えたんじゃないですか?」
「まあそれなりに… 」
「それなりに?まあいいでしょう。あなた、私の街で薬が買えるのを正治さんに教えましたね?」
「そんな事はしておりません」
「そうですか?まあ、これは裏が取れてない話ですから、いいんですけど…ここにいる刑事さんはきっと調べ出しますよ。あなたが売人とつながっている事を… あなた、正治さんの性の異常性に気づいてましたよね?」
「どういう事でしょうか?私にはさっぱり… 」

「黒崎さん、いくらなんでも、これは何が言いたいんだか、よく分からないんですが…」と、しびれを切らしたように奥平が言った。
 
彼にはここに来る前に、「何があっても、横から口を出さないでもらいたい」と、頼んでいたのだが、結構早い段階で、口出しされてしまった。
まあいい。これで一気に話を進める良いきっかけになった。
 
「分かりました。質問をしながら話を進めるのはもう止めましょう。まどろっこしいのでね。ここからは私が読み取ったストーリーを私が勝手に話しますので、反論があったら、都度口を出して下さい。」
 
誰も「はい」とは言わなかったし、頷いたりもしなかったが、私は話す事にした。
 
「私は漆原さんは目的をもって、山本さん宅の家政婦になったんだと思ってます。最初は何もしようがなかったのだが、山本さんが君塚正治さんと結婚して、チャンスが訪れました。すぐに正治さんの性癖に気づいたからでしょう。それから、あなたは正治さんを手懐ける手立てを考え、実行に移しました。まずは、正治さんが山本さんから相手にされないと聞いて、「薬を使って、精神状態を整えればどうだ」とアドバイスし、正治さんに薬売りを紹介しました。多分ですが、その時、薬を買いに行く時、彼のもう一つの癖である「女装」で行く事を薦めたんだと思います。彼は昔から女装癖があり、それまでは自分だけの趣味として、決して外に出たりはしなかったんだろうと思ってます。彼は女装して街を歩くという快感も同時に手に入れます。お陰で彼は違法性を知りながらも、薬を買う事を止められなくなったんだと思います。その一方で、山本さんからの有紗さんと圭太君の栄養面での注文に乗じて、彼らの食事を粗食にしました。肉や、魚を一切メニューに入れないって言うね…あなたは、二人が「由佳里さんからの申しつけだ」と言えば、何の抵抗もなく従う事を知っていた。二人はひもじくなる。そこへセックスレスになってしまっている正治さんへ「有紗さんを食事に誘え」と唆します。彼は簡単に従い、有紗さんも思った通りに正治さんの言いなりになります。一緒に薬を使うだけではなく、同じゴスロリの衣装を着て歩くぐらいにね。多分ですが、新宿に薬を買いに行くのを有紗さんに任すようになったのも、その信頼が増した証だと思います。ここまでで何か、話したい事はありますか?」

 
ここまで一気に話した。
しかし、この部屋の私以外の誰もが無言を続けていた。
それは私が質問しても変わらなかった。

 
山本由佳里は、ずっと冷たい目で漆原美香子の横顔を見つめ続けていた。
漆原美香子は、自分の正面に座る島野を一切見る事無く目線を宙に浮かせ、彷徨うような目をしていた。
二人の顔からは、今のところ何も読み取れなかった。
 
横に座る奥平はメモを取るのに忙しそうだったし、島野は衝撃が大きかったせいか、口が閉じず、あんぐりと開けてまま、しゃべる私をずっと見ていた。

 
ただ分かったのは、漆原美香子は手強いという事ぐらいだった。

 
「何もないようですので、話を続けます。私が分からないのは、何故有紗さんを狙ったのか?という事に尽きます。漆原さんが、山本由佳里さんを恨んでいて、その恨みを「有紗さんを破滅させることで間接的に晴らす」という構図は何となく理解できるんですが、それでなぜ有紗さんだったのかについては、私には解明できません。ですが、漆原さんは正治さんが変態である事を見抜き、その矛先を有紗さんへ向けさせることに成功します。ただ、それが有紗さんを殺すまでに至るとは思ってなかったんじゃないでしょうか?漆原さんが望んだのは、有紗さんが正治さんに手籠めにされたという事実が白日の下に晒され、それをマスコミが嗅ぎ付けてスキャンダルに発展し、山本由佳里さんの人生を破滅させるというシナリオだったんじゃなかったかと思うのですが、漆原さん、如何でしょうか?」
「違います…」
「そうですかね?あなたはここまで自分の手を一切汚してないのは、恐らく事実ですが、あなたの描いたシナリオの結果、有紗さんは死んだ。その意味で、あなたが有紗さんを殺したといっても言い過ぎではないですよ。あなたはそんなに有紗さんを傷つけたかったんですか?殺したいほどに憎んでいたんですか?」
 
私は畳みかけた。
漆原の目が私を見た。目の中に炎が立ち上がった。
 
「だから、違うと言ってるでしょう!思い違いも甚だしいわ!私が憎いのは圭太よ。どうせなら圭太の存在を消して欲しかった…」

 
漆原の保っていた糸がぷつんと切れた音が聞こえるようだった。

圭太、想定しなかった…

 
「どういう事ですか?」
「有紗はねえ、藤沢と由佳里の子ではないの。おかしいでしょう、一緒に暮らし出して、2か月も経たないうちに生まれた子よ。そうとも知らずに、藤沢は有紗を可愛がった。何故だか分かる?私は藤沢と結婚してすぐに子供が出来たんだけど、死産にしてしまったからよ。その性で私は子供が生めなくなって…藤沢は生まれてきた有紗を可愛がって、家には帰ってこなくなって… やがて、二人の子が生まれて… それが圭太で… 圭太ってね、私との子供を授かった時に、藤沢が男の子だったら付けたいって言ってた名前なの。皮肉でしょう… 残酷でしょう… やがて、由佳里がマスコミに叩かれ続けるのに、疲弊しちゃって… 身勝手な事に、藤沢に別れを切り出して… それで藤沢は、私のところに戻ってきたんだけど、彼はもうアルコール依存症になってて…その上に睡眠薬がないと寝れない体質で… それで、ある朝、冷たくなってしまった。私はね、圭太の存在が憎いの。あの子はさあ、成長していくにつれて、どんどん藤沢に似てきてるんだよ。それが何とも腹立たしくて…」

漆原の口調が変わった。
怒りが増しているのがヒリヒリと伝わってきた。


「それで、何で有紗ちゃんと正治をくっつけるように仕向けたんですか?」
「だから私は、そんな事はしていないんだよ。私は圭太を正治の餌食にしてやろうと思ってただけで… 正治はさあ、本気の変態なんだよ。両刀遣いでね。だから、何度も圭太へ圭太へと仕向けたんだが…有紗はさあ、食事で肉が食べられない事が本当にきつかったみたいで、アッサリ、正治の手に落ちて… それでこのざまですよ。でもね、黒崎さん、この件で私は何も手を出してませんからね」
 
奥平が立ち上がった。

「まあいいです。ここから先は警察で聞きましょう。あなたが有罪か無罪かは別として、一応きちんと事情聴取させていただきます」
 
そう言うと、奥平は漆原の肩を叩き、立ち上がるように促した。
全部しゃべって、アドレナリンが切れたのか、漆原は大人しくそれに従い、二人は出て行った。
 
部屋には私と島野、そして山本由佳里が残された。

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