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【連載小説】六浦敏郎 ラーメン屋の店主になる ⑱【最終話】

寿司富の北島さんがマイクを持った。きっと、どっかの店のカラオケのマイクなんだろう。
「えー…ああ…ここにいる人たちの中で、どうやら私が年長者のようで、皆さんからご指名を受けましたので、一言ご挨拶申します。川田屋さん、女将さん、大変でしたねえ…旦那さんを急に亡くされて、ご心痛の程、お察し申し上げます。私どもは川田屋さんの隣で寿司屋を営んでおりますが、川田屋さんの事故の事、我が事のように思い、心を痛めておりました。そして、間もなく川田屋さんが奥さんが厨房に立ち、お店を再度開けられた時、大変安堵したのでございました。しかし、その時にお客さんから味が違うなどと意見が出て、急に客足が遠のいた事を聞くにつけ、こちらとしては何もできないのですが、ただただ、心配する一方でした。しかし、今日、ここにおられる皆さんの協力の元で、川田屋の味噌ラーメンは見事復活致しました。これは、いつも食べてた方々が言うのですから間違いありません。今日は本当にありがとうございました。美味しいラーメンをありがとうございました。また、最後になりますが、この地域の30代後半から50代までの男はみんなよく知ってる小松屋のチャーハン!この復活も我々としては大変嬉しいものでした。どうぞ、この味を川田屋さんの定番メニューにしていただきますよう何卒宜しくお願い致します!これで私からの挨拶は終わります!」
小松さんがマイクを持った。
「私から一言。寿司富に言われなくても、もうチャーハンは川田屋でずっと出す事が決まってるんだよ。川田屋はなあ、もう夜はやらねえ。遅くても5時までだ。そうしないと、息子の晩飯を母ちゃんが作れねえからなあ。だから、11時から5時までの営業時間で、その間なら味噌ラーメンと俺のチャーハンと餃子が食える店に変わる。当然、チャーハンはここで俺が作る。餃子はここにいる元サッカー選手の菅原が作る。そして、ラーメンを作るのは女将さんだ。以上だ。」
「小松さん、いいんですか?」と紗季代が訊いた。
「ああ、六浦さんにあっちゃかなわねえよ。こうなる事を見通してやがった。だから、礼なら六浦さんへ言いなよ」
「そんな、礼なんて…じゃあ、私からも一言」私がマイクを持った。
「皆さん、今日はラーメンを食べていただき、ありがとうございました。最初は不安でしたが、なんとか故人川田栄次郎さんの作ったラーメンを再現できてホッとしております。これも偏に皆さんのご協力の賜物と存じております。いや、ホント、皆さんの協力がなければ、この味は再現できなかったと思ってます。それで、私思ったんです。何で、皆さんがこんなにも協力的なんだろうって?それが今日分かったんです。川田さんはみんなに愛されてたんだろうなって事が、そして、川田さんも皆さんの事を愛していたんだろうなって事を。皆さんが愛した川田さんのラーメンを復活する事が出来て私は幸せです。ありがとうございました!」
 
拍手が起きた。
 
「紗季代さんから一言もらう前に、私から次の構想についてお話致します。さっき小松さんがおっしゃられた通り、この店には小松さんと菅原君が厨房に立ちます。菅原君にはホールも兼ねてもらいます。そして、ゆくゆくになりますが、小松さんの店、小松屋さんをゆくゆくはリニューアルして、白百合会の皆さんで川田屋二号店として店を運営してもらいたいと思ってます。どうですか、井上さん、小森さん?あなた達が結婚するにあたって、この店をやっていくというのは?」
 
結婚?ヒューヒュー!
 
井上君が言った。「急な話なので、全くついていけませんが、川田屋さんのお支援をいただけるのであれば、ぜひやってみたいです」
「それは心配ご無用です。お二人がやると言えば、小松さんが手取り足取り全部を一から教えてくれるでしょう。ラーメンは私が教えます。」
「じゃあやってみたいです」
「じゃあ決まりだ。白井さん、いいですか?」
「いいもなにも、二人がやると言うのであれば、白百合会は全面的にバックアップします」
「それなら、僕らスマイルハウスも協力します。うちのボランティアの若い人たちを手伝いによこします。その代わり、ウチの子供たちを安く食べさせて下さい」と萩原が割って入った。
「分かりました。スマイルハウスの子供たちは100円で食べ放題にします」
「そんな事言っていいんですか?採算取れませんよ?」
「その代わり人件費はタダですから」
「ああ、なるほど…」笑いが起きた。
 
「えっと、私からも一言いいですか?」
「ああ、こちらにおられるのは川田栄次郎さんの双子のお兄さん、栄一郎さんです。長野で味噌蔵を経営されていて、実はここの味噌ラーメンの味噌は全部栄一郎さんが作ったものです。栄一郎さん、似てるでしょう?息子の諒太君が見間違ったぐらいですから…栄一郎さん、どうぞ」
 
「皆さん、今日は川田屋のためにお集まりいただき、ありがとうございました。私は栄次郎の兄、栄一郎です。でも、これまで私は栄次郎や栄次郎の家族のために兄らしいことは何もしてやれてなくって…でも、弟は事故で死んでしまって…栄次郎が死んでから私はずっと自責の念に駆られてました。弟が死んだのは自分のせいだとまで思いました。でも、今日ここに来て救われました。救ってくれるきっかけをくれたのは六浦さんでした。そして、私を救ってくれたのは紗季代さんと諒太君でした。私が営む川九という味噌蔵は長野の片田舎で皆様に愛される味噌作りを目指してます。そして、今日、ここにいる皆さんにウチの味噌を使ったラーメンを美味しい、美味しいと言って食べてもらっているところを目の当たりにしました。嬉しかった…本当に嬉しかったです。それで思いつきました。ウチは地元の道の駅で食堂を経営しております。その店を川田屋の三号店として、リニューアルオープンしたいと思ってます。但し、現在高齢化のため人手が足りないので、人の目途が立ってからとなりますが…きっと、三号店をオープンできるように努力します!その際は、小松さん、六浦さん、どうか宜しくお願いします!」
 
「長野でラーメン屋かあ…いいですね。僕、考えますよ」といきなり大杉君が言った。そして、隣に立っている愛美へ向かって「一緒に行きませんか?」と訊いた。
 
何?いつの間に?そんな展開?本当に大杉君はつかみどころのない不思議な男だ…
 
「いや、急に言われても…」
 
愛美は断ればいいのに、何だかもじもじしていた。
 
何という事だ…
 
私は栄一郎からマイクを戻された。
 
「ああ、いや、大杉君…物には順序があるからね。よく話し合おう…まあ、それはいいとして、最後に紗季代さんからご挨拶いただきましょう」
紗季代さんは、一番後ろに隠れていたが、諒太君に引っ張り出された。
 
「えっ…ええっと…こんな事になって、正直、戸惑ってます。私はここで言える事は、今皆さんから言っていただいたこと全部へのお礼しかないからです。私、泣いてばかりいました。栄次郎さんが亡くなってからはずっと…でも、諒太がずっと慰めてくれました。まだ小さいのに…小学三年生なのに…いつの間にかお兄ちゃんになって、逞しくなって…ここまでこれたのは全部六浦さんのお陰です。小松さんも菅原さんも白百合会の皆さんも、そして栄一郎さんも、六浦さんが話してくれなかったら、今ここには集ってなかったと思います。六浦さん、本当にありがとうございました。でも、その六浦さんを私に引き合わせてくれたのは、諒太です。諒太がスマイルハウスで愛美先生にウチの事を話してくれて、愛美先生がすぐに対応してくれて…だから、私は諒太に深くお礼を言わないといけないんです。ありがとう、諒太」
「いいよ、母ちゃん。これからもラーメン作ろうね」
「そうね」
 
最後は、ここにいるみんなが涙、涙になってしまった。
 
見上げると、今まであんなに暑かったのに、空の色はすっかり秋色になっていた。
 
 

 

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