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【連載小説】ただ恋をしただけ ⑨

〇〇〇
 
「やっぱり納得がいかないわ」
「まだ言ってるのかい?「もういいわ」ってさっき言ったばっかりだぜ」
「だって、おかしいじゃないの。かつ丼はあって、カレーうどんもあるのにカツカレーはできないなんて…ホント、おかしくない?」
「それは店員も謝ってたし、店長だってわざわざ出てきて謝ってただろう。チェーン店だから勝手にメニューを作ったりできないんだよ。大体、君はそのかつ丼も食べたし、カレーうどんも食べたんだから、それでいいじゃないか?」
「いいえ、違うの。私が今日食べたかったのはカツカレーとここの醤油ラーメンだったんだから…カツカレーがなかったばっかりに、私はあの美味しい醤油ラーメンを食べ損ねたんだから…」
「そうだったんだ。じゃあ今から戻って醤油ラーメンも食べれば?」
「流石にそれは無理よ。もうお腹いっぱいだから…」
「じゃあ、次にここに来る時の楽しみにしておけば?」
「そんなの今度いつここに来れるかなんて分からないじゃない?」
「ええ?だって君はこの番組のレギュラーの一人なんじゃないの?」
「それはそうだけど、立場が安定してる訳じゃないの。まだ私なんて新人みたいなもんなんだから。すごい連チャン取ったりして、見せ場が多い動画を上げないと、レギュラーの座なんていつの間にかなくなってしまうのよ。だから、ここにも次いつ来れるかなんて分からないの」
「じゃあ今日、その見せ場を一杯作ればいいさ。君は明日はどこなの?」
「明日は福岡だからここを遅くても18時には出ないと…飛行機は席に余裕がありそうだったから予約してないの。」
「何で?ああ、空港に行く時間の事か…じゃあ、新幹線で東京へ行って、東京駅から博多行きに乗るつもり?」
「そう、最悪深夜バスも視野に入れてるけどね…まあいいわ。時間がないから、実戦を再開しましょう。カメラを回して」
「分かりました」
 
聞いての通りだ。
僕らはこのパチンコ店が経営する横の食堂で昼食をとった。
彼女はカレーうどんとかつ丼を食べた。僕は朝食を食べ過ぎていたために、かき揚げ蕎麦を食べた。
彼女はあんなに細身なのに、元気よくパクパク食べ、しかも早かった。僕が蕎麦を完食する前に彼女はかつ丼もうどんも食べ終えていた。
 
 
「さあ、美味しい昼ご飯も食べ終わり、これからは午後の実戦に復帰です。今は当たっていてハイビスカスが点いてる状況からです。楽しみですねえ。私の予想ではモードBに上がってる筈ですので、ここからは連チャンが期待できます。じゃあベットボタンを押しましょう。ビッグが来る筈です!」
 
レギュラー…
 
「あれ?おかしいな…レギュラースタートでした…まあ、この後の32ゲームに期待しましょう。必ず連チャンモードに上がっていると信じて…」
 
32ゲーム…
 
連チャンしなかった。 単発…
 
彼女は台に頭を埋めた。
背中が小刻みに震えてる。
 
「もう、私だけ…私だけ何でこんな目に遭うの?もう嫌!」
彼女は泣いていた。
 
これでは笑えない。
見てくれる人がいなくなってしまう…
いくらパチスロ音痴の僕でも今がどんなに危機的状況なのかは分かった。
 
だから努めて明るい声で、僕は彼女に向けて話し始めた。
「まあこっからだよ!お昼にかつ丼食ったから、こっから勝つように頑張ろう!」
彼女はまだ蹲ったまま動かない。背中は相変わらず震えている。
「泣くな!折れたら終わりだ!君は負けるのか?こんなんぐらいで!」
彼女の背が伸びた。
「そうね、折れたら終わりね」
「そうさ、折れたら終わりだ!負けたくないだろう?」
「負けないわ、絶対に」
「なら、頑張ろう」
「うん…」
 
彼女はまたレバーを叩き始めた。
 
 
66ゲーム。
またハイビスカスが光った。
 
ビッグ!
 
「やっと光りました。今度こそ、連チャンしますように。もうぬか喜びしない。落ち着いてレバーを叩きます」
 
ビッグを取り切った。さあ、緊張の32ゲームが始まった。
 
12ゲーム。
花が光った。
 
彼女は飛び上がって喜んだ。
そして僕に抱きついてきて「良かったああ」と言った。
「ナナさん、喜び過ぎだって。カメラ回ってるんだよ。台の方を向かないと…」と僕は冷静に言った。
内情は全く違ってた。僕はちっとも冷静ではなく、興奮したし、思いがけず彼女に抱きつかれてどうしていいか分からなくなっていた。でも、それでは撮った映像が使えなくなるので、咄嗟に冷静なフリをしただけだ。
 
そこから連チャンは始まった。
 
2ゲーム。ビッグ
 
4ゲーム。ビッグ

10ゲーム。ビッグ
 
12ゲーム。ビッグ
 
ビッグ5連チャンで、持ちメダルは1,000枚を超えた。
 
彼女の投資額は73,000円で、3,358枚を使っているので、プラスにするためには後2,400枚も必要だ。
 
次からはレギュラーが続いた。
 
5ゲーム。レギュラー
 
17ゲーム。レギュラー
 
23ゲーム。レギュラー
 
これで8連チャンになった。
しかし、これで連チャンは終わってしまった。
 
総出玉は、1,452枚で、プラスにするにはまだまだ遠かった。
 
店と約束している終了時間は15時なので、後1時間程度だ。
 
「さあ、新倉さん、どうしますか?」
「この台は引き戻しだけを見て、なければ移動します」
「分かりました。移動ですね。プラスにできそうですか?」
「何とか頑張って、プラスにします」
 
引き戻しはなかった。


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