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【連載小説】六浦敏郎 ラーメン屋の店主になる ⑫

翌朝、私は4時に目が覚めてしまった。
早くスープ作りを始めたい、夢の中までスープを作ってる自分が出てきた。

今日は日曜日なので、愛美は7時まで寝てる。
朝食は今日は愛美のリクエストでパンケーキを焼く事になっている。
私は、キッチンへ行き、まずコーヒーを淹れ、パンケーキを6枚焼いた。私のパンケーキは薄いので、一人3枚は食べるからだ。そして、ベーコンをカリカリに焼き、目玉焼きを添えた。
その後、梨を剥き、ヨーグルトと一緒に食べるようにした。
全部できると、私は一人で食べた。
愛美の分は冷蔵庫にしまった。
食べ終わると、二杯目のコーヒーをゆっくり飲み、愛美へのメモを書いた。


出汁をとるために先に出る。すまんが、後から電車で来てくれ。昼前までに来ればいいから。
朝食は冷蔵庫に入れてある。

 
私は髭を剃り、着替えを済ませて、家を出た。
 
6時過ぎだが、流石に日曜日の都心へ向かう道路は空いていたので、昨日よりも10分も早く店に着いた。
私は早速寸胴に水を入れ、火にかけた。
 
スマホが鳴った。
愛美からのLineだった。
 
パンケーキはどうやって温めたらいいの?オーブン?私、ベーコンも目玉焼きもアツアツの方が好きなんだけど、お父さん、ズルい!一人で先に行くのはナシ!
8時過ぎに家出るから、駅まで迎えに来てよね!
 
やっぱり怒ってた。
まあ、仕方ないわな…
 
私は「分かった」と返信した。

 
「おはようございます」
裏口が開くと、人が良さそうな老婦人が入ってきた。白川だった。
「白百合会です」
「ああ、初めまして、私、六浦です。随分早いですね」
「ええ、すいません。でも、開いててよかったわ。私はね、まだ早いわよって言ったんですけどね。この人たちがもう待ちきれなくて…」と、言いながら白川は後ろを見た。白川の後ろには三人いた。
「じゃあ、どうぞ、皆さんお入りください。暑かったでしょう?」そう言って、私はみんなを招き入れ、客席へと促した。みんなはまるで初めてきたかのように、店の中を見回していた。
私は厨房に戻り、氷を入れた水のグラスを用意し、客席に戻ってきた。
「ひょっとして、この店に来るの、皆さん初めてですか?」
「ええ、お恥ずかしながら、みんな初めてなんです。だからちょっと、興奮しちゃって…いつもは川田さんが合間を見て、自転車で麺を取りに来てくれてましたので…今日は折角だから、みんなで届けに行こうって、井上さんが言いだして、それで、みんなで来ました。後、すいません、10食分ってお話だったんですけど、私が井上さんにそれをお話しするのを忘れちゃって、100食分を作ってしまいました…」
「そうですか、それは仕方ないですね。ありがとうございます。こちらで何とかします。お聞きしたいのですが、普段はこの三人で麺を作って下さってるのですか?」
「ええ、紹介します。一番年長者の井上さん、実は川田さんと同い年の今年36歳です。隣が紅一点の小森さん、そして宇野君はまだ14歳で、いつも学校に行く前の時間を使って、粉をふるいにかけるのを手伝ってます」
「そうですか。私、知らないんでお聞きしたいんですが、皆さんはどうして麺を作る事になったんですか?」
私がそう訊くと、井上さんが堰を切ったように話し出した。
「それは区の事業で、ウチに川田さんが来て、麺作りを教えてくれたからです。ウチはずっとうどんと中華麺を作って、地元の豆腐屋さんで細々と売ってもらってたんですが、どうにも売れなくて、それを区の担当者さんに相談したら川田さんが来てくれて、それでうちの製麺機が動きがよくない事が分かって…それで、川田さんの店にあった製麺機と取り換えてくれて、動きが良い製麺機で、粉の配合から、一から麺作りを川田さんに教えてもらって、川田さんはウチの恩人なんです。というか、僕の…僕、車椅子なんで、色々いっぺんにやるの、難しいんですけど…川田さん、丁寧に一から教えてくれて…僕、横にいる小森さんと結婚したいんですけど、川田さん、それなら美味い麵が作れるようにならなきゃなって言ってくれて…」
「そう、私は目が見えないんですけど、井上さんの優しいところが好きで、お互い結婚したくて、でも、そうなるとお金稼がなきゃでしょう。それを川田さんが聞いてくれて、麺を作らせてくれるようになって、でも、あんなにいい人だった川田さんが死んじゃって…ウチで作った麺を買ってくれる人がいなくなりそうになって…川田さんの奥さんもいい人なんだけど…あの人も川田さんが急に死んじゃったから、どうしていいか分からなくなってて…私たち、助けてあげたいんだけど、私たちもどうしていいか分からなくて…奥さん、頑張ってラーメン作るようになって、でも、うまくいかなくて、奥さん、倒れて…麺、作れなくなって…」と、小森さんは泣きながら話した。
「なるほど、そうでしたか…」私は不覚にももらい泣きしながら言った。
「宇野君は耳が聞こえないんですけど、川田さんが宇野君に粉を振る役目をくれて、宇野君が粉を振ると、川田さん、むちゃくちゃ褒めてくれて、それ以来、宇野君は粉をふるいにかけるのは僕の役目だと思ってまして…」と、白川さんが説明してくれた。宇野君はその間中、白川さんの口を見続けていたが、白川さんが話し終わると、私の方を見て微笑んだ。
 
 
 
何だ?
川田栄次郎という男は?
一体何なんだ?
まるで、聖人君子のようなヤツじゃないか。

 
白百合会に自分の製麺機まで譲って、しかもそこで作った麺を買い取って…

 
小松屋だって、そうだ…
奥さんは自分のところの作業負担の軽減だとか言ってたが、何も昔の商売敵から焼豚を仕入れてやる必要はないし、餃子も買ってやらなくてもいい。最悪、両方とも業務用の業者から買う手だってある。

 
菅原のところから買っている野菜は普通の仕入れかもしれないが、メンマも何も八百屋から買う必要はない。

 
焼豚もメンマも自分で作れば、原価率は下がるので、利益は増えるはずだ。
 
なのに、麺も焼豚もメンマも敢えて、買っているとしか思えない…

 
 
そんな優しい人が…
そんな良い人が…
交通事故で、呆気なく死んでしまったなんて…
そりゃあ、栄次郎さんを取り巻いていた人々は悲しみに暮れるだろうな。
特に奥さんは…


 
麺が入ってきたので、これで川田屋の味噌ラーメンを作るピースが全部揃った。後は、私が完全に復元するだけだ。
 
 
 
「六浦さん?」と白川が心配げな顔で私を見ながら言った。
「はっ?ああ、すいません。考え事をしてたものですから…ところで、皆さんは今日のお昼時はお時間はありますか?」
「今日は日曜日ですので、特別何もないですけど…」
「じゃあお昼12時にここへお出でいただけますか?」
「大丈夫です。ラーメンが食べられるんですか?」
「ええ、ご馳走します。本家川田屋の復刻版味噌ラーメンを」
「分かりました。じゃあ、お昼にまたみんなで伺います。」
そう言って、四人は帰っていった。
 
私は出汁作りに戻った。
 
 

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