
【短編|恋愛小説】Driving Home for Christmas (4/4)最終話
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23日になった。朝早くから大雪になった。
僕は、アルバイトは休みだ。
本当なら朝から大学の研究室に行くところなのだが、すごい雪のため行けない。
だから、僕は今日、自室でデータ分析をしている。
仕事に集中しようと思ってても、昨日、エミリンさんと交わした会話や、彼女の顔、姿が頭にチラついて離れない。
「アホやなあ。だから賢い人はアカンねん。人を好きになるんって、いつも外見からやろう。いきなり中身から惚れるんなんか、ないやろう?違う?」
この言葉がずっと頭の中を駆け回る。
人を好きになるんて、いつも外見からやろう?
確かにそうかもしれない…
うちは、亡くなった父と母と僕の三人家族だが、父も背は高くて180㎝はあったと思う。それに対して、母は小さくて、160㎝ないんじゃないかと思う。
そうだからなのかは、分からないが、どうも僕も背の小さい人の方が好みのように思う。
僕のモテ期は、高校から大学2年生までだったのだが、付き合った子はみんなそんなに大きくなかったし、エミリンさんのように、どちらかと言えば細身の女性だった。
大学3年からは、自分の行く先を決めてしまった関係で、女性とトンと縁遠くなり、大学院で、縁も所縁もない山形に来た今では、全く女性と触れ合う事もなく、また、出会いを求めたりする事もなく来てしまった。
だからか…
エミリンさんが、うちの店に来るようになって、もう一年以上経つと思うのだが、彼女の美しさを僕は昨日、やっと気がついた。
彼女は、髪も金髪だし、ネイルもカラフルで、見た目が派手だし、自分でも言ってたけど、ちょこまか動いて忙しないし、おまけにマシンガンのような関西弁のトークがけたたましい。
見た目が派手な時点で、僕はもう気後れがして、プライベートだったら、絶対に声をかけたりできないタイプだ。
でも、昨日の彼女はどうだ?
僕がコーラを吹き出した時、すぐに席を立って、紙ナプキンをたくさん取って来て、濡れた僕のズボンや靴だけじゃなく、濡らしてしまった床まできちんと拭き取ってくれた。
それでいて、彼女は僕を叱ったり、責めたりしなかったし、恩着せがましくもしなかった。
それに、あの彼女の美しい顔立ち…
ダメ押しの
「うち、ボーちゃんの事、好きやねん」
という言葉…
これで気にならない男っている? いねえよなあ…
僕はそんな事を考えながら、一切集中できないままで一日中、データ分析をして過ごした。
外の雪はまだ、降り止まなかった。
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翌日、24日になった。
雪はまだ降り続いており、飛行機、新幹線は止まり、高速は通行止め規制が出ていた。
僕は実家に電話をかけ、母親に「法要には間に合わないかもしれない」と伝えた。
あまりに雪が多いので、店は今日、臨時休業にするというメールが来た。
ついでに言うと、高橋店長と飯塚さんが、インフルエンザにかかってしまったのも理由らしい。
社員二人が出社できないんじゃあ、店を閉めるのは無理もない事だ。
この雪では、エミリンさんもここまで来る事はできないだろう?
僕は、そう思った。
でも、僕は彼女の連絡先を知らなかったので、確認する術がなかった。
聞いとけばよかったのだが、あの時は閉店間際だったので、何だかアタフタして、すっかり失念してしまった。
約束の昼が近づいてくると、僕はいてもたってもいられなくなった。
いや、絶対に来れる訳がない。この雪の中、来るのは不可能だ…
理性は僕にそう訴えてくる。
そうだな…そう思うのが妥当だな。
そう言って、納得するのが普通だ。
でも!
来るかもしれない!
ムッチャ頑張ってここまで来て、うちの店は閉まってて、僕がいないとなったら、彼女はどう思う?
行こう!
そう決めた僕は、目一杯着込み、僕の車に乗り、店を目指した。
雪道に悪戦苦闘した末に、普通なら30分で着くはずのところを1時間もかけて、僕はうちの店の駐車場に着いた。
時間はもう、1時を過ぎていた。
駐車場には、動けなくなって置きっぱになっている乗用車が数台、雪に埋もれて止まっていたが、エミリンさんのトラックの姿は見えなかった。
集合店舗はうちだけではなく、全部の店が臨時休業となってるようで、みんな灯りを落とし、静かにしている。そればかりか、隣のガソリンスタンドも、ガソリンが運ばれてきてないらしく、臨時休業になっており、幹線道路を時折通る車が駐車場へ入ってくる事はない。
僕は、「午後イチまでに駐車場へ行く!」事だけを考えて行動したので、彼女のトラックが見えないと、途端に「打つ手なし状態」になってしまった。
さあ、どうしようか?
プランBが思いつかない僕は、「とりあえず、ここで待つ」という、最も簡単な作戦を採用した。
そして、スマホを出し、自分のPCのデータ分析の続きをやる事にした。
一時間ほど経った。
突然、キンコン、キンコンとチャイムが鳴った。
ガス欠だ!
しまった。昨日のうちに給油するつもりだったのだが、大雪だったので、すっかりガソリンがない事を忘れてしまっていた。
これはマジでヤバい。
こんな幹線道路沿いの駐車場で、遭難する訳にはいかない。
かと言って、道路にはタクシーも走ってない。大体、殆ど車が走らない。
マジ、どうする?
エンジンを切った。
雪は止まない。
エンジンを切って、10分も経つともう車内は冷凍庫に中のようになった。
充分に着込んできたつもりだったが、顔と手が冷たい。
手で顔をこすり、両手をすり合わせて、必死で温めようとするが、中々暖かくはならない。
もう無理か…
そこへ遠く、エンジン音が聞こえてきた。
道路を見た。
南から見覚えがある大型トラックが走って来て、駐車場に入ってきた。
エミリンさんだ!
エミリンさんは、僕の車の横にトラックをつけて、助手席のウィンドウを開けた。
「ううっわ、さっむ…ボーちゃん、遅くなってごめんなあ」
「いや、そんな、エミリンさん、ここまで大変だったでしょう?」
「そうやん、ムッチャ大変やったわあ。ずっと下道で…お店、臨時休業なん?」
「そう、雪のせいもあるけど、うちの店長がインフルにかかったりしてて…」
「あっそう、今、多いなあ、インフル。ほんで、ボーちゃん車に乗って、うちを待っててくれたん?」
「まあ、そうなんですけど…エミリンさん、お願いがあるんですが…」
「何?」
「助手席乗せてもらってもいいですか?僕の車、ガス欠になってしまってて、エンジンかけてないので、もう、寒くて寒くて」
「分かった、ええよ。でもな、ちょっと待っとき」そう言って、エミリンさんは、紙を取り出し、何かを書いた。
そして、僕に「取りに来て」と言った。
その紙には「ガス欠のため動けません。雪が収まったら動かします」と大きくマジックで書いてあった。すごくきれいな字だった。
「それ、フロントに日よけ使って置いておき」
「分かりました」
僕は、髪をフロントから見えるように日よけを使って固定した。そして、自分の車を降り、ロックしてから助手席のドアを開けた。
うわ、これって、どこに足かけるんだっけ?
ちょっと、苦労したが、僕は何とか助手席に辿り着き、ドアを閉めた。
僕が乗り込む間中、助手席のドアが開いていたので、車内には冷気が漂っていた。
「大丈夫やで、すぐにあったかくなるわ。今、エアコン最大にしたから」
「ホント、色々とすいません」
「謝る事ないよ。ボーちゃん、うちの事、待っててくれたんやろう?」
「ええ、まあ。店の閉まっちゃってるし…来てくれたなら、待ってないと悪いなあって思って…」
「それが理由なん?」
「いや、その…こないだ、エミリンさんが言ってた「人を好きになるのはいつも外見から」ってのが気になって…」
「どない気になったん?」
「いや、僕、その、そう言えば、昔から好きになる子って、大体背が小さかったなって…ウチのお袋も背が小さいんですよ。死んだ親父はデカいのに…」
「それで?」
「エミリンさん、美人だし…、ひょっとして、僕の好みなんじゃないか、とか…」
「ほーらほらほら、もううちに夢中って事やねぇ?」
「えっ?ええ、まあ、そう…」
「何それ?ハッキリ言ったらええねん」
「ハッキリ?何て?」
「僕は、桃谷絵美さんの事が好きですって言い」
「ああ、まあ…」
「早く!」
「僕は…桃谷…絵美さんが…好きです!」
「そうそれでええんや。そんなあなたにサンタさんからクリスマスプレゼント!開けてみて」
そう言って、エミリンは四角くて細長いラッピングされた箱を出してきた。
「ええ、そんな、貰えませんよ。僕、何も用意してないし…」
「それはええやん。また、何か貰うわ。とにかく、開けてみて」
「はあ、まあ」
僕は箱を取り、リボンを丁寧に外し、ラッピングの紙を破らないように、慎重に開けた。
「やっぱり神経質やなあ。そういうとこ好きやねん」
「いや、どんくさいって、よく言われますよ」
「どんくさい?そんな事ないよ。大丈夫!さあ、はよ開けて」
蓋を取った。
中には一万円札の札束が入っていた。帯があるから百万円?
「いや、何ですか、これは?」
「何ですかって、お金や。ボーちゃん、研究のために、お金いるんやろう?うち、一年ぐらい前からちょくちょくこの店に来てて、ボーちゃんが店の人と会話してるん聞いてたんやんか。何か、えらい研究してて、世界中の色んなとこへサンプル集めに行きたいんやろう?せやったら、このお金、使ってもらおうと思って」
「いや、それにしても…額が大きすぎます。エミリンさんが働いて儲けた金でしょう?そんな受け取れません」
「ああ、違う違う。そんなん心配せんでええで。このお金はここで私のもんを売ってたやろう。そのお金やわ。売ってたもんは、全部キャバ嬢時代にお客さんがくれたプレゼントやねん。だから、うちは一個もお金使ってへん。だから、機嫌よく貰っといて」
「いやあ、じゃあ、先週の貴金属もプレゼントですか?500万になる」
「そう」
「その500万は、どうするつもりだったんですか?まさか、それも僕にくれるつもりだったんですか?」
「いや、それは違う。うちらのな、結婚式の資金にしようと思ってたん」
「け、結婚式?」
「だって、もううちら、両想いやろう?結婚を考えてもええんちゃううん?」
「ええ、まあ…いや、それはやっぱり…」
「ええねん。これはうちからの逆プロポーズや。うちが嫌いなら、逆らってもええけど、嫌いじゃなければ、おとなしく従っとき。さあ、どっちにする?」
「…」
「どっち?」
「…従います…」
「声が小さい!」
「従います!」
「よくできました!ほな、行こか?」
「行くって、どこへ?」
「決まってるがな、ボーちゃんの実家や…あんた、車、動かへんねやろう?」
「ええ、まあ」
「せやから、うちが連れてってあげる。お母さんにも挨拶せなアカンし、お父さんにはお線香あげたいからな。途中で、クリスマスケーキ、買おて、お母さんと三人で、クリスマスパーティしよ。ほな、行くで」
「で、でも、あのアクセサリーとか、貴金属は?」
「あれは、まだ、うちが持ってる。今日、500万と引き換える予定やってん」
「だったら、提案があります。うちの店じゃなくて、東京の銀座とか、御徒町とかで売れば、本当にもっと高くなるはずです」
「高くなったら、もっと豪華な披露宴ができるなあ」
「そういう事です」
「分かった、そうするわ」
トラックは駐車場を出た。
相変わらず慎重に幹線道路へと入っていったが、ハザートは5回点滅しなかった。
もう必要ないからだ。
Driving Home for Christmas!
了