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【連載小説】探偵里崎紘志朗 Hot summer , cold winter(最終話)
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予定より2日も早く、26日に羽田に帰って来た。
現地は、ずっと快晴だったが、キラウエア火山の噴火の影響が懸念された。
でも、現地の人に言わせると、まだそんなに気にする状況ではないという事だったので、滞在期間中、その事を気にしないようにした。
しかし、暑さは厳しくて、これは火山噴火が関係しているのではないかと思ったりした。
それよりも快適だったのは、ビジネスクラスのフライトで、私はつい美味しいカリフォルニアワインを飲み過ぎており、午前中に羽田に着いたのだが、私は明らかに酔っ払っており、空港にあるシャワーで、酒が抜けるまで熱いシャワーを浴び、顔を洗い、髭を剃り、歯を磨いた。
酒が抜け、気分が多少マシになった事を確認してから、私は空港を出て京急に乗った。
こないだ訪ねた山門氏の邸宅は葉山にある。
私はすぐに彼を訪ね、報告するように求められている。
私は現地の気候に合わせたまま、ハワイアンシャツにモンベルのウィンドブレーカーを着ているだけだった。下は流石にジーンズを履いたが、靴はキーンのサンダルみたいなスニーカーで、靴下を履いていても足先が冷えた。
私はウィンドブレーカーを過大に評価しているきらいがあり、これさえ着ていれば、そうそう体温を奪われる事はないと思っていたが、その考えは甘かった。
行きで着ていたトレーナーとスニーカーは、ハワイ島で人にあげてしまったので、今は暖かい服と靴を持っていなかった。
トレーナーもスニーカーも大谷翔平グッズで、私は現地で快適に過ごせるビンテージもののハワイアンシャツと交換してしまったのだ。
まあ、逗子に着いたら、ユニクロに寄ろう、そう思って、電車の中では我慢した。
考えてみれば、空港でユニクロへ寄れた。しかし、空港ではシャワーを浴びたり、余計な時間を食ってしまっていたので、私は服を買う事など頭になかった。
駅に着いたら、山門氏の会社の車が迎えに来ていたので、そのまま私は山門邸へ向かった。
「予定よりもだいぶ早いが、もう証拠をつかんだという事かな?」
「ええ、確証を得ました」
「では、早速聞かせてもらおうか?」
「いえ、まずは動画を見ていただきます。その大型テレビに私のカメラを接続しますので、まずはご覧ください」
「分かった」
私はビデオカメラを接続した。
動画をスタートさせた。
「現地時間、12月22日の朝8時です。私は今、山門氏の別荘の前におります。今日も朝から快晴で、火山噴火の影響はこのエリアでは全く感じません。奥様の雅代さんは車で出かけるようですので、早速尾行します。因みに雅代さんは機内でも空港でも、そしてこの別荘でも、誰とも会っておりません。昨夜7時まで家の様子を見ておりましたが、雅代さんは一人で過ごされておりました。ああ、ガレージのシャッターが開き始めます。雅代さんが出てくるようです」
山門氏のガレージから銀のレクサスが出てきた。十分に離れてから私は尾行を開始した。
レクサスは10分程、山を下り、道路脇にあるジェネラルストアの奥に車を止めた。
私は、店のちょっと先にあるパーキングスペースに車を止め、歩いて店へ戻った。
店の前に来た。
丁度、雅代さんが店に入ろうとしているのを見かける事が出来た。
雅代さんは、ふんわりとした赤いサマードレスの下にピンクのスパッツを着ていて、ビーチサンダルを履いていた。
店の正面には、ODAGIRI No.1 Storeと大きな看板が出ていた。
私は動画を一時停止させた。
「山門さんは、この店はご存じですか?」
「ああ、よく知っておる。あの別荘に滞在する時は、いつもこの店で朝食を取ったり、食べ物を買ったりしている。里崎君、この店はオダギリ・ナンバー1・ストア」と書いてあったであろう?このナンバー1とは、何の意味か知っておるかな?」
「いえ、知りません…」
「これはな、「長男」という意味なんだよ。今の店主は三代目のロイ・オダギリなんだが、最初にこの店を開いたのは、彼のお爺ちゃんで、開拓のためにハワイに移住した日系一世の小田切勇作さんという方でな。彼は小田切家の長男だった事を示しているんだ」
「ほう、なるほど…勉強になりました…では、続きを」
いきなり店内を映した。
食事を取るテーブルには雅代さんの姿はなかった。
パンした。
野菜や果物の売り場、土産物の売り場にも雅代さんはいなかった。
海がよく見えるバルコニーのテーブルにもいない。
カメラは食堂の方を向いた。
キッチンを見ると、雅代さんがいた。彼女は黄色いエプロンをして、何かを切っていた。
横には、恐らく店主の妻らしい日系人女性がついており、どうやら料理を教えているようだった。
カメラが切り替わった。
いきなり、日系人の初老の男性が画面一杯に大写しになった。
彼は大谷が胸いっぱいに描かれたトレーナーを着ていた。写ってないが、足元は大谷のスニーカーを履いている。
「ハーイ、ハル❕調子はどうだい?マサヨに聞いたところでは君は今、腰の具合が良くないそうだなあ?何だか、車いすに乗ってるって?全然君らしくないねえ。君が元気がない事をマサヨはとても心配していて、もう2か月なんだろう?ずっと、外出もせずに、ベッドや車いすで、君は仕事をして、会社の部下に一日中怒鳴っているらしいじゃないか?良くないぜ、今はコンプライアンスの時代だからねえ。あんまり怒鳴ってると、そのうち君は社長を解任されちゃうかもしれない。でもまあ、会社をクビになれば、そっからはずっとマサヨと、こっちで暮らせるかもしれないから、それでもいいかもね。しかし、身体は治さなくてはならない。だから、君を元気づけるために、マサヨは今、ワイフのキャシーから、君が好きなこっちのロコフードの作り方を学んでいるのさ。ガーリックシュリンプ、ロコモコチキン、スパムおにぎり、そして、一番好きなポキ丼、あっそうそう、エッグベネディクトもあったな。それから君は、聞くところによると、ポキ丼は、うちの店のヤツ以外は絶対に食わんらしいな。それがあって、マサヨはわざわざここへ来て、レシピと作り方を教えてもらうらしいぞ。まあ、そういう事だから、マサヨが帰ったら、それらを作ってくれるよ。楽しみに待っててくれ。それとな、これを見てるヤツに君はきっと、うちの店のナンバー1の由来を話すだろう。これは絶対だ。確信がある。じゃあな、兄弟。身体が治ったら、すぐにこっちに来るんだぞ!待ってるからな!」
映像が終わった。
「里崎君、これは一体、どういう事かね?」
「どうもこうもないですよ。ロイ・オダギリさんが言ってた通りです」
「君は何も隠密行動は取らなかったのか?」
「いや、それが、ハワイ島に着いた時点でもう僕は、雅代さんに後をつけてる事を見抜かれてしまってまして…」
「ええ?それで君は、馬鹿正直に妻のいう事を聞いて、こんな動画を撮って、帰ってきたという訳か…」
「まあ、そうなりますかね?でも、文句なら、お宅の会社の井坂氏に言ってもらいたいですね。何しろ、ホノルルまでの国際便も、ハワイ島へのローカルエアーでも、僕の席はずっと雅代さんの隣りだった。これでバレないなんて、なかなか難しいですよ」
「しかし、それでもなんとかしようがあっただろう?それで、雅代は今、どこにおる?まさか、雅代をハワイに残して君だけ帰って来たのではないだろうな?」
「はーい、お待たせ、ハル!」
と言いながら、雅代さんが部屋にトレイを持って入ってきた。
「あなたの大好物のガーリックシュリンプと、ポキ丼よ。すぐに食べて」
「雅代…」
「ハル、変な勘ぐりはダメよ。全てお見通しなんだから。これ食べて、早く元気になって下さい!」
「ああ、分かった…」
「では、私はこれで…」
そう言って、私は部屋を出た。荷物を持って、そそくさと屋敷を出た。
雅代さんは、私は空港でシャワーを浴びたりしている間に、タクシーで直接ここを目指した。
そして、私より早く家に着き、キッチンで早速料理をしていたという訳だ。
しまった…彼の会社の人間に駅まで車で送ってもらおうと頼むのを忘れた。
バスに乗らなくては…
私は山の下り道を歩き始めた。
今日は曇りがちの日で、海風が強く吹き、寒い。
やっぱ、トレーナーを買うべきだった。
くしゃみをした。
私は小走りでバス停を目指した。
了