【探偵小説】里崎紘志朗 Sweltering night -Nettai-ya- ②
パトカーから降りるのに、20分もかかってしまった。
私はやっていた事自体を説明する事を拒んだ。そして、吉岡弁護士の携帯番号を警官に教え、私の身元の確認を取ってもらうように警官に頼んだ。警官はその場で吉岡に電話したが、吉岡は出なかった。警官が「折り返しの電話を求む」というショートメールを打った。吉岡からの電話はそれから15分後だった。吉岡は風呂に入ってたという事で、折り返しの電話まで時間がかかってしまったという事だった。
自分の車に戻った私はすぐにエンジンをかけ、車を出した。
そして、都心へ向かう高速道路を目指した。
車が悪かったか?
今日、私が乗っている車は代車で、黒のアルファードだ。
自分の車はリコールのため、点検修理に出していた。
閉店一時間前の郊外スーパーの閑散とした立体駐車場で、最上階の奥に一台だけ止まっている黒のアルファード。
これは誰が見ても怪しい。
私の車は、一世代前の白のプリウスで、これなら目立たなかっただろう…
本当に凡ミスだ。
監視カメラが近くにない事は目視で確認したし、警備員の巡回もなかった。
でも、パトカーが私の車を目指してやってきた。しかも、私はそれに気づかなかった…
隠密行動を生業とする探偵稼業で、こんなに恥ずかしい事はない。
ダメ押しで、自分の行動の正当性を今回の調査を発注してきた吉岡に裏付けしてもらったとあっては、全く形無しだ。
吉岡には明日電話して、自分をこの件から下ろしてもらうように頼もう、そう思いながら私は追い越し車線を法定速度ギリギリで走った。一刻も早く自宅に帰り、強い酒を呑みたかったからだ。
私は自宅兼オフィスのある神谷町のビルに戻ってきた。
地下駐車場に車を止めてエンジンを切ろうとすると、私は3列目に白いものがある事に気づいた。この車の後部座席に、私は何も置いた覚えはない。
私は運転席から後ろに回った。
すると、シートに横たわる子供を見つけた。
何故ここにいる?
子供は、小学3、4年の男の子で、私は男の子に声をかけた。
「お休みのところ悪いんだが、起きてくれないか?」
男の子は反応しなかった。
私は男の子の肩に手をやった。熱い!
マズい、この子は熱中症にかかっている。
私はすぐに119に電話した。そして、エンジンをかけ直し、冷房を最大にした。
幸い救急車は10分で到着した。
この間に私は、またも吉岡弁護士に電話して、こっちに来てもらうようにした。そして、警察へ電話をかけた。
救急車の中で、男の子の応急処置が行われている間にパトカーが到着した。
私は、来た警官に経緯を説明した。
その間に吉岡が着いた。
私は吉岡と一緒に警察署に向かう事にした。
男の子は警察に届けられてる行方不明者の情報から多摩ニュータウンの私が監視していたマンションに住む福住洋輔君、9歳だと判明した。
そして、洋輔君の母親が病院へ向かう事も分かった。
1時間後に、私は警察署から放免された。
洋輔君が意識を取り戻し、「自分で勝手に私の車に乗り込んだ」と証言してくれたからである。
刑事が、それを全部、嫌味たっぷりの口調で説明してくれた。
「しかし、何ですな?あなたは探偵なのに、何故自分の車の後部座席に違和感があった事に気づかなかったんでしょうね?」
「いや、あの車は代車でしてね。私はこれまで一度も三列シートの車に乗った事がないのです。だから、うっかりしてしまいました。」
「ああ、なるほど…確かに三列シートの最後列は、運転席から見えにくいですからね。」
「そう…しかし、刑事さんの仰る通りで、私の注意力不足は否めません。」
「まあ、大事に至らなくて不幸中の幸いでした。以後、気を付けて…」
「ありがとうございます」
クソ!
私は警察署を出た。外では吉岡弁護士が自分の車で待っていてくれた。
一日の家で二度もパトカーに乗る羽目になり、一度目は車内で職質を受け、二度目に至っては警察署に任意同行で引っ張られた。
これでは全く探偵失格だ。
「穴があったら入りたい」どころか、今は「穴があったら入って、そのまま見つからないようにずっとその場で息を潜めていたい」、そんな心境だ。
吉岡弁護士の車で築地にある総合病院に着いた。
福住洋輔は個室にいた。
私と吉岡弁護士が入ると、寝ている洋輔君の枕元に母親らしき女性が一人座り、うつらうつらしていた。女性は30代前半で、俯き加減で目を閉じているのだが、それでも美人である事が分かるほどの美貌の持ち主だった。
午後11時になろうかという時間なので、明日にしようかと言いながら私たちが部屋を出ようと引き戸を開けると、洋輔君が目を覚まし、私に向かって、「ごめんなさい」と言った。
その声で女性が目を覚まし、私と吉岡を見た。
そして、「里崎さんですか?」と訊いてきた。
「如何にも。そして、一緒にいるのは弁護士の吉岡先生です。」
「弁護士さん、それは心強いわ。この度は、洋輔がご迷惑をお掛けしました。」
「いえ、それについてはもう結構です。終わった事ですから。それにしても、洋輔君が大事に至らなくて良かったです。」
「ええ、ありがとうございます。明日には退院できそうです。」
「折角お二人とも目を覚まされたので、どうして洋輔君が私の車に勝手に乗り込んだのかを教えてもらいたいのですが…洋輔君、大丈夫かな?」
「この話は全て録音させていただきます。もし、話の内容が洋輔君に不利に働くようであれば、それは私が判断して、録音を止める事もありますのでどうぞご安心を」と吉岡が言った。
「分かりました。洋輔、話せる?」
「うん、ママ。僕ね、うちにおじいちゃんが来る時はいつも、ママから言われて、いつも一人で家を出て、あのスーパーのフードコートでハンバーガーを食べたり、ドーナッツを食べたりして、ママから電話が来るのを待たないといけないんだ。」
「おじいちゃんが?まあいい。洋輔君、じゃあさっきは何で、フードコートじゃなくって、あんな高いところにある駐車場に一人でいたんだい?」
「そりゃ簡単さ。あそこからだとウチのベランダが見えるんだ。だから、ウチを見ようと思って、僕はあそこに行ったんだ。」
「そうだね、さっき警察で君のウチはあのマンションだと聞いたよ。因みに君のウチは何階だい?」
「ウチは6階の端っこだよ。だから、あの駐車場からウチのベランダがよく見えるんだ。」
6階の端っこ?それは私が目をつけていた部屋だ…
「何で、ベランダを見たかったんだい?」
「それは私が話します。」と母親が言った。
「いいでしょう。お聞きしましょう。」と私が答えた。
吉岡がどこからか、二人分の椅子を持ってきた。
我々も椅子に座った。
点滴液が無くなりそうになった。
母親はナースコールを押した。
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