見出し画像

【連載小説|長編】黒川透⑪ 「中野、撮られる」


車を運転中にスピーカーフォンで3カ所に電話した。
島野は全部、その内容を聞いていた。
 
「中野惟人って、マジで黒さんとこにいるの?」
「いるよ。そうじゃなきゃ、服なんて買わねえよ」
「嘘っぽいと思ってたんだけど、ホントなのね」
「何で嘘なんだよ?」
「あんな大御所の芸能人がユニクロ着る?」
「中野は大御所芸能人なのか?」
「違うの?自分の番組だって持ってるじゃない」
「そうなのか…俺はテレビ見ないからな。だから俺には中野は芸能人には見えねえんだよな」
「じゃあ黒さんにとって、中野さんはどんな人なの?」
「やたら球の速いエースだよ」
「野球?あの人、野球やってた人なの?」
「あら、知らないのか?」
「全然」
「マジか…じゃあ、島野にとって、中野はどんな人なんだ?」
「スカした感じのエロそうな司会者」
「スカした?エロい?本気か?」
「本気も本気よ。今騒ぎになってるような事、やりそうだもん、あの人」
「そうなのか…でも、爽やかな中年って言う人もいるぜ」
「そりゃ、背が高くて、日焼けしてて、細マッチョタイプだからじゃない?」
「確かに日焼けはしてるよな…スポーツマンタイプじゃないか?」
「違う。エロ親父タイプよ」
「本当にそう思うのか?」
「心の底から」
「じゃあこれから俺の家についてきて、中野と会っても、頼むからそんな事を思ってるなんて、おくびにも出さないでくれるか?」
「いいけど…じゃあ逆に訊いていい?何で、黒さんは中野さんを助けるの?」
「助ける訳ではないんだが、いきがかり上、仕方なくなんだよ」
「助ける訳ではないの?デビッドから聞いたけど、マスコミ相手にタンカ切ったみたいじゃない」
「あれは何か腹が立っただけだよ。子供じみたいじめみたいに思えたんだ。大の大人が寄ってたかって…みたいにね」
「いじめね?まあ分からなくないわね。で、どうすんの、この後?」
「さっき、色んなところに電話した通りさ」
「そんなんマジでやったら、本当に敵に回すわよ」
「敵?本当にそうなのかな?まあ面白がってみるしかないかな…」
「マジでそんなんでいいの?」
「まあ仕方ないよな。このままじゃ、中野の味方が一人もいなくなるからな。俺ぐらい、助けないと…」
「何だ、やっぱ助けるつもりなんじゃん…黒さんがそう言うんじゃ、仕方ないわね。私も協力するわ」
「そうか…ありがとう」
 
車はいつもの駐車場に着いた。
そこにはマスコミの姿はなかった。
 
「誰もいないみたいじゃない?」
「まだ分からないよ。ビル前にわんさかいる場合いるかもしれない。気を許さないようにして、さっさと行こう」
 
私たちは車を降りて、ビルまで向かった。
 
ビル前も静かだった。
そりゃそうだ。私がさっきデビッドに電話したお陰で、うちのビルの前はスカウトマンが大勢いて、マスコミ連中がこそこそと滞留できる場所なんてなかった。
 
私と島野がビルに近づいていくと、デビッドが気がつき、仲間のスカウトマンたちに声掛けして、私たちが通れるように道を開けてくれた。
 
モーゼの十戒か?
 
「デビッド、悪いな」
「黒さん、いいっすよ。気にせんで下さい」
「みんなに後で、中川君の店でコーヒーをご馳走してやってくれ。俺につけといてくれたらいいから」
「ありがとうございます。ゴチになります」
「それと、さっき言ってたテレビで映ってたってヤツだけど…」
「それ、スマホで動画撮ってますんで、後で送ります。見てたんですけど、どうやらTV局が撮ってたんじゃなくて、ユーチューバーのヤツが撮って、アップしたヤツを流したみたいで…TV局はビビって、モザイクかかりまくってましたよ。中野さんが識別できるとこだけモザイクなしで」
「そうか…じゃあ悪いが送ってくれよ」
「分かりました」
 
私と島野はビルに入り、エレベーターで上がっていった。
 
10階に着くと、窓のブラインドは全部閉まっていて薄暗く、中野はブランケットを頭からかぶり、蹲っていた。そして、私がドアを開けると、ビックリしたように跳ね起きた。
 
「悪い。ビックリさせてしまったか?」
「ああ、ビックリしたよ。たまんねえなあ…あれ、その娘、誰だい?まさか、レポーターじゃねえだろうな?」
「そんな訳ねえじゃねえか。俺の知り合いで…」
「こんにちは、中野さん。私、島野瑤子と言います。黒さんの弟子みたいなもんです。今日は中野さんのために買ってきたズボンの裾上げをするために連れてこられました」
「裾上げ?アンタは裁縫できるのかい?」
「ええ、ミシンがあれば、何でも出来ます。ただ、まだミシンは届いてないみたいですけど…」
「それはさっき石堂からメールがあったよ。夕方までには届くはずだ。だから、色々買ってきたけど、今すぐに着替えたいなら、まずはジャージだな。裾上げの必要がないからな」
「なら、すぐに着替えるよ。こんな格好はもうコリゴリだ。黒崎、シャワーを浴びさせてくれ」
「ああ、浴びてこいよ。それにしてもお前、憔悴しきってるように見えるが…お前、動画を見たのか?」
「見ただけじゃねえよ。俺のショートメールが来まくっていて、どれもこれもマスコミや、動画やってるヤツとかで…あんまりブーブーってうるさいもんだから、俺はスマホの電源落として、窓全部閉めて…でも、何だかブーブー行ってるような気がするもんだから、聞こえないように毛布被って、耳塞いでたんだ」
「そりゃ大変だったな。シャワー浴びて来いよ。それで着替えりゃ、気分も変わる」
「分かった。ありがとう」
「下着とジャージの上下を持って行け。今着てるヤツは洗濯機に入れておいてくれ。後で全部洗濯するから」
「分かった」
 
中野は従順に動き、部屋を出て行った。
 
「あんなでも、スカした感じか?」
 
私は島野に訊いた。
 
「スカしてはないけど、エロ親父はエロ親父ね」と、島野は普通に答えた。
 
 

いいなと思ったら応援しよう!