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【連載小説】六浦敏郎 ラーメン屋の店主になる ⑯
「じゃあ味噌ラーメンを作ります。三杯だけ作りますので、それを奥さんと諒太君、それに小松さんが味見してみて下さい」
「分かりました。お願いします」
「おう、早くしてくれ。こっちの準備もあるんでな」
「分かってます」
私は、鳥ガラと節の出汁をお玉で片手鍋に入れて火にかけた。沸騰する前に、二種類の味噌をスクーパーで軽めに一杯ずつ取り、出汁の中に入れて溶いた。そして、大匙二杯、醤油を入れてよく混ぜた。最後にガーリックパウダーを二振り、缶のおろし生姜を小匙一杯入れた。それを三つの鍋で同時にやり、三杯分のラーメンの味噌スープを作った。
スープが出来たので、丼に入れた。その後すぐに茹でた麺を湯切りしてスープの中に入れた。そして手早くチャーシューを一枚、ホウレン草、モヤシ、最後に万能ねぎの順で麺の上に載せた。
私が作っている手順は全て、愛美が動画を撮っていた。愛美がスマホのレンズをこちらに向けた。
「これで完成?」
「まあな。後は、味を確認してもらう事だ…」
出来たラーメンを菅原がカウンターへ運んだ。
カウンターには紗季代さんと諒太君が待っており、その横に小松さんが座った。
彼らの前にラーメンが置かれた。
「ああ、ウチのラーメンの匂いだ!」と、諒太君が言った。
「そうね、ウチのラーメンの匂いだね」と紗季代さんも言った。
小松さんは黙ったまま匂いを嗅ぎ、すぐにスープを啜って言った。
「いや、ちょっと違うな」
「えっ?」
「奥さんもスープ飲んでみな。ちょっとだが違うから」
「分かりました。じゃあ、諒ちゃんも一緒に飲んでみよう」
「うん」
二人は、蓮華を取り、スープを啜った。
「確かに…ちょっと違う…お味噌の味が強いのかしら…」
「味噌ですか?じゃあ、ちょっと少なくしてみましょうか?」
「いや、味噌をこれより少なくすると多分水っぽくなっちまうんじゃねえかなあ。白と信州味噌の割合を変えるとか?でも、栄一郎さん、味噌は同じ分量でなくなってるんですよね?」
「そう、それは間違いありません。同量ずつ使っていたと思います」
「どうすればいいんでしょう?変えようと思ったら、出汁の割合から全部いじれるんですが…」
「いや、全体のバランスはいいんで、他はいじれねえもんなあ…ガーリックや生姜じゃねえし…いや、生姜か?」
「いえ、生姜は違います。主人は小匙一杯それも少なめでしか入れてませんでした。ちょっと待って下さい…主人は…主人は…ああ、そう、そうだわ。六浦さん、もう一度スープを作っていただけませんか?」
「分かりました」紗季代さんからそう言われて、私はもう一度、同じ手順でスープを作った。
「できました」
「じゃあそこにお酢を軽く」
「酢ですか?」
「そう、そこの調味料が並んでいるところにあるお酢です」
「どれぐらいですか?やってみてもらえますか?」
紗季代さんは、鍋の前に立ち、調味料入れに入った酢を本当に軽く一振りスープに入れた。
「これぐらいです。これで一煮立ちさせたら出来上がりです」
「分かりました」
鍋が沸騰したので、火から下ろした。
私は同じ手順でラーメンを仕上げ、小松の前に置いた。
小松は匂いを嗅ぎ、スープを啜り、麺を食べた。そして「これだと思う。奥さん、食ってみな」と言った。
紗季代さんが食べた。
「これです。この味です」と言いながら、紗季代さんは泣いた。
「どれえ?」と言い、諒太君も食べた。
「父ちゃんの味だ」と言った。
川田屋の味噌ラーメンが出来た…