【連載小説】恋愛 #4
移動の車は、1300㏄の小型車で、後部座席にマジカと安西が座るには小さかった。
二人とも175㎝以上あり、しかも安西は太っている。
アテンドさんが女性のため、二人は助手席に座るのを遠慮したのだ。
デカ男二人が、後部席で膝を当てながら、縮こまって座っているのは苦しい。
マジカは先ほど貰ったクッキーの袋を開けたいのだが、安西が近すぎて開ける気にならない。
それを察してか、安西がマジカに話しかけた。
「マジカちゃん、開けないの?」
「何を?」
「また、惚けちゃって…さっきの子、ムチャクチャ可愛かったじゃん。あれ、ファンだって?」
「そう言ってたけどね。よくいるパチスロ好きの子なんじゃない?」
パチスロは打った事がないとアミは言ってたのだが、それもまた聞いてなかった様子を演出して惚けた。
「えっ、そうなの?でも、マジカ、スゲエ久し振りだろう?あんな若い子に声かけられるなんて…」
「そんな事ないですよ。都内なら、まあまあ若い子が来るもん」
「そうかい?まあいいや。もう空港に着いちゃうしな」
空港に着くと、安西が二人分のチェックインをしに行った。
マジカは預ける荷物がなかったので、ベンチに直行した。
座るなり、すぐに持っていた紙袋を開けた。
クッキーは薄い白のパラフィン紙に包まれて、透明なビニール袋に入っていた。
そして、その下にピンクの封筒が入っていた。
ビニール袋も封筒もハートのシールで封されていた。
ハート…
安西さんに見られたら、何を言われるか分からないので、マジカはすぐにシールを剝がした。
クッキーを出してみた。
プレーンなクッキーにチョコで、LOVEと書いてあった。
ヤベ…
クッキーもしまった。
封筒を開けた。
便箋一杯に大きなハートが書かれてあった。
「ほう、あの子、マジじゃん」
背中から安西が声を掛けた。
ヤバ…見られてしまった…
マジカは極めて平静を装った。
「いや、単なる文面はファンレターでしたよ」
「そうかよ、本当に?まあいいや、搭乗待合いまで移動しようか」
「行きましょうか」助かった…マジカは手紙も紙袋にしまい、席を立った。
飛行機に乗り込むと、安西はすぐに寝始めた。
マジカは手紙の中身が気になって、寝るどころではなかった。
飛行機が離陸した。
安西は寝たままだ。
マジカは音を立てないようにそーっと紙袋を出し、封筒を開けて、手紙を読む事にした。
ピンクの便せんに紙一杯にハートがブルーのマーカーで描いてあった。
中には、ダークブルーのインクで、キレイな小さい文字が並んでいた。
マジカは眼鏡を出して、手紙を読んだ。
梶本マジカ様
初めてお手紙します。
アミと言います。
私はパチスロを全くやりません。だから、パチスロの事は全く分かりません。
なのに、何でマジカさんに会いたいのかって思うでしょう?
そう、不思議なの。
私、大学2年生なんですけど、一般教養の講義中に隣に座った男子学生が、マジカさんの動画をイヤホンして見てたんです。
その時のマジカさんが楽しそうで。それで、その男子にマジカさんの事を聞いて、その動画のタイトルも教えてもらって。
安西さんと一緒にやってる「マジカがやるぞ!マジか?」だったんですけど。
それ、今までの9年分を全部見て、スッゴイ楽しそうで、それでファンになったんです。
というか、私マジカさんに恋しちゃったんです。
おかしいでしょう、会った事ない人に恋するなんて…
でも、いっつもマジカさんは、安西さんと仲良さそうで、色んなプライベートな話なんかもずっとしてて、色んな地方で夜一緒に飲んでるところなんかも動画に出てて、全部好きなんです。
スッゴイ好きで好きで仕方なくって…
でも、マジカさん色んなとこ行かれるけど、高松には来た事ないでしょう?
四国って、遠いですもんね。
だから、いっぺん会ってみたいけど、ずっと動画だけで我慢してました。
それなのに、今日会える事が分かって、私、スッゴイ嬉しくて、
でね、本当にパチンコ屋さんなんて入った事ないんですけど、勇気を出して会いに来ました。
クッキーは、昨日の夜、自分で作りました。
甘いのが苦手と、どっかの番組で言ってたと思うので、甘さは控えめにしてあります。
良かったら帰りの飛行機で食べて下さい。
私、マジでマジカさんが大好きです。
いきなり会って、すぐにLineの交換は難しいでしょうから、携帯番号を書きます。
いきなり電話も難しいでしょうから、ショートメールでも送ってもらえたら最高です。
Xはフォローしてるんですけど、それではプライベートな話が出来ませんもんね。
だから、出来たらショートメールください。
アミより
マジで、携帯番号が書いてあった。
これは本当か?
何かの犯罪に巻き込まれるのか?
いや、ちょっと見ただけだが、あの子が人を貶めるような事はしないだろう…
しかしなあ…
初見、しかもチョット見、パッと見だけの人を判断するのは難しい…
マジカは、便せんを封筒にしまった。
勿論クッキーも食べなかった。
しかし、マジカの顔は何だか嬉しそうだった。