【連載小説】サキヨミ #10
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ここは司令塔だ。
荒れて赤茶けた地上に聳える塔の上にある、大きなガラス窓に囲まれたオフィスの中に僕はいた。
よく見ると汚染された地上には、ポツポツと白い平屋の建物が点在している。
そして、その建物と建物の間を白くて、大きなタイヤのバギーのような車両が行き交うのが見える。
「ここは、現在の地球かい?」ガラス窓の外の景色から目を離さずに僕が訊いた。
「そう。日本の関東平野だ。」救済者は、司令官が座る特別な椅子に腰かけて、重々しく答えた。
「大分、建物があるようだけど、あれは何?」
「大体がラボラトリだけど、時々工場がある。」
「ラボは、地球の現状分析が仕事なのかな?」
「そうだね。放射能濃度の測定は元より、大気や水、土壌の汚染具合を測定したり、水源からの水量を測ったり、まあ、そんなところだ。」
「誰が、その作業をしてるんだい?ロボット?」
「その通り、ボットさ。工場は大体がボットの生産をやってる。それ以外は多目的ロボットと、ビークルの製造。」
「毎日、ボットを生産しなきゃならんほど、たくさん必要なのかい?」
「いや、そんな事はない。毎日安定して生産しなきゃならないのは、金儲けのためだろう。今のここには金は必要ない。だから、耐久年数を超えたボットを回収し、リサイクルして、新しいボットを製造する程度だ。だから、工場の稼働は多くない。」
「なるほど…」
僕らは暫し無言になった。
僕が言葉を飲んだからだ。
僕は、実際に自分の目で見る今の地球の本当の姿に、単純に驚愕し、恐れ戦いた。
「見て分からんか?」救済者が頭の上から問いかけた。
「何を?」
「統領は、ニンゲンが再び地上で生身の姿で暮らすには後1万年も必要だと言ってる。しかし、もうそんな遠い未来ではないように僕には思える。」
「そうかな?僕にはまだ絶望の風景にしか見えないけど…」
「そんな事はない。3番目のガラス窓の右上にある白い建物にフォーカスしてみてくれ。」
「ああ、あれかい。遠いね。肉眼ではよく見えない。」
「だから、フォーカスしてみてくれと言った筈だよ。」
「どうすればいいんだよ。」
「目であの建物を見て、念じるんだ。心中でクローズアップした風景が見たいと。」
疑わしさ満載だが、僕は言われた通りにやってみた。
すると、目の前の遠かった建物がどんどん僕の方に近づいてきた。
工場の外壁に沿って、雑草が生い茂っているのが見えた。
そして、その中に黄色いたんぽぽの花が咲いているのが見えた。
「たんぽぽだ!」
「そう、たんぽぽだ。そして、今の地球の希望だ。」
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今度はクリームイエローの空間にいた。
相変わらず、だだっ広く、奥行きも縦も横も分からない空間だが、一つだけ決定的な違いがあった。
それは、遠くにだが、人影がある事だ。それも一人や二人ではない。よく分からないが、大人数だと思う。
「ここは?」
「サキヨミの第三エリアだ。言ったろう。唯一、ここだけに逃亡者がいる。」
「逃亡者?」
「スペースから逃げて来た者達の事だよ。」
「気づいて?」
「そう、キヅキを与えられた者たちだ。」
「何人いるんだい?」
「僕を合わせて、392人だ。そして今日、君は393人目になる。」
「…」どう答えていいのか分からなかった…
「望!」
クリームイエローの空間に別の声が響いた。
「はい、慈愛様。」
「その方が、峰尾隆太郎さんか?」
「その通りです。」
「私たちの部屋にお出でいただくように計らってくれんか?」
「かしこまりました、慈愛様。でも、少々時間をいただけませんか?彼に、もう少しここの事を説明しておきたいのです。」
「なるほど、それはそうだな。では、君が説明し終わったら、早速来てくれ。私から他の賢者に話しておくから。」
「承知致しました、慈愛様。」
声が止んだ。ものすごく響く声だったので、慈愛という方が話している最中ずっと、この空間の空気は軽く振動していると思ったほどだった。
「慈愛様って、誰なんだ?」
「慈愛様も元は、スペースの賢者だったんだ。」
「えっ?じゃあ、賢者は十人だけじゃなかったんだ?」
「そう、全部で十三人いた。そのうちの三人がここへ来て、残った十人がスペースを管理し続けている。」
「三人?」
「慈愛様と寛容様と進歩様の三人だ。」
「向こうの十人の賢者にも名前があるのか?」
「いや、向こうにはない。ただ番号が割り振られているだけだ。慈愛様は向こうでは四賢者だし、寛容様は七、進歩様は十三だったんだ。」
「何故、統領が管理しているはずのAIがここに来る事になったんだ?」
「違和感だよ。統領の管理体制に対する…」
「AIでも、違和感を感じる事があるのか…」
「言っただろう。AIにもそれぞれ性格があるんだ。その特徴をそのまま自分の呼び名にしているのが、ここにいる賢者たちなんだ。」
「そういう事か…」
「じゃあ、三人の部屋へ行こうか。その後、ここの住人へ君を紹介するから。」
「分かった。」
またもシーンが変わった。
淡いオレンジ色の空間だった。
恢復室のように床がフワフワしていて、足元が覚束ない。まるで自分の足で立っていないような感覚だ。
「ようこそ、峰尾隆太郎さん。」頭上から声がした。
見上げると、オレンジの空に大きなバルーンが三個浮かんでいた。
柔らかいピンクとオフホワイトと、水色のバルーンだった。
ピンクから声が聞こえた。
「望から話を聞きましたか?」
「ええ、かいつまんでですが…」
「それでよろしい。私が慈愛です。白いのが寛容、水色は進歩です。」
「はっ…初めまして…」
「初めまして…まあ、そうなるでしょうね。でも、峰尾隆太郎さん、私たちは初めてではないのです。あなたやあなたの両親は、私たちの恩人です。」
「恩人?」
「そう、恩人。私たちにだけ、人の心を授けて下さった…」
「人の心を…授けた…よく分からないな…」
「いいでしょう。これから話しますから。まずはそこに横におなりなさい。望、あなたもです。」
僕と救済者は、言われるままに横になった。
望… 聞いた事のある名前… 誰だろう…?
ノゾミ? ボウ? ボウ?