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【連載小説】サキヨミ #11

夢の中にいた。
あのオレンジのフカフカの床に横たわると同時に、どうやら眠ってしまったようだ。
 
何故、夢の中だと分かるんだって?
本当はもう、何が何だか分からない。
それが正直なところだ。
 
どこかの洞窟の中にいる。ぼんやりと電球の明かりが灯り、ほの明るい。
僕のいるところから10mほど奥に鉄の扉があり、今が閉まっている。
 
僕は一人だ。救済者はいない。
 
向こうの方から人が歩いてくる足音が聞こえた。
それも一人ではなく複数の足音だ。
まだ遠いのでよく聞こえないが、足音の人物たちは話をしながら歩いているようだ。
 
僕は咄嗟に岩陰に隠れた。
そして、待った。
 
「…何でもいう事を聞く。だから、妻と息子の魂だけは、どうか助けてくれ。」
親父の声だ。間違いない…
「助けるかどうかは、統領の判断次第です。まずは、隠している遺体を持って帰る事からです。」
「いや、約束が先だ。出ないと、お前たちは遺体を見つけたらすぐに処分してしまうかもしれないからな。どうか、どうか、妻と息子は生き返らせてくれ。二人はこの荒廃した地球の最後の希望だ。」
「あなたはずっとそう言ってるが、それを決めるのは統領だ。だからまず、統領の元へ二人の遺体を運び、脳をレジストレーションしないと…」
「じゃあ、最後の願いだ。本当にここでは二人を焼き殺したりしない。絶対に統領のもとに連れて行き、私に説明の機会を与えると約束してくれ。」
「分かった。我らは統領に仕える賢者だ。統領の指示なしに無体な事はしない。約束する。これでいいか?」
「信じよう。この鉄扉の向こうだ。」
ギギギギー。
鉄扉が錆びを押しのけ重く開く音がした。
僕は岩陰に潜んだ。
 
僕とお母さんが地球の希望?
 
 
完全なる黄金の光あふれる世界だった。
世界?大袈裟だな…でも、空間ではない。しっくりこないのだ。
世界。うん、やっぱりそうだ。世界が相応しい。
 
光線が強すぎて、色んなところでハレーションを起こしている。
そのため、色んなものの輪郭がぼけ、例えば僕にしても、手の先を見ると、ぼやけており、指先を視認できない。
まるで、天国のようだな…死んだら、こうなるのか…
 
これまた、おかしな話だ。
救済者の言葉が全くその通りだとすると、僕はもうとっくに死んでいる筈だからだ。
次第に僕の身体がどんどん透けていくのが分かった。そして、全部なくなってしまった。
でも、僕には目の前の光景は全部見えているし、音も全部聞こえている。
全くおかしな状況だが、不思議に僕の心は平静を保っていた。
「どうだい、身体がなくなってイシキだけになった気分は?」いつの間にか救済者が側にいた。
「やっぱりそうか…今、僕はイシキなんだね。」
「普通に受け入れたね。」
「そりゃそうさ、今なら実は僕が女だったといわれてもビックリしないよ。」
「なるほどね、すごい順応力だね。」
「かもね。でも、何で急に僕はイシキ化してしまったんだろう?」
「それは簡単だよ。今、ここは君が生きてると思ってる時間からすると、約15年前になる。つまり、タイムトラベルをしてきたんだが、ここには不都合がある。」
「親父が親父のままでいるという事だね。」
「その通りだ。この後の統領の決済で、君のお父さんの脳は一切デリートされ、君の記憶が移植される事になる。そして、君のお母さんの脳は冷凍保存される事になるんだ。だから、今の君の存在は、ここの空間にはない事になる。それが、タイムトラベルして来てるんだから、矛盾が生じる。それで今、君はイシキ化し、浮遊するしかないんだ。」
「なるほど、じゃあ今ここはとても重要な局面なんだね。」
「そうだね。このタイミングだけが唯一、君のお父さんを救える。」
「どうやって?」
「それは成り行き次第だね。まあ見守ろう。」
 
動きがあった。
僕の左側が、黄金の光を押しのけて、白い穴が開いた。
 
まず三人が入ってきた。
三人は、高貴ないで立ちをしており、先頭は女で、後ろ二人は男だった。
女は、とても美しい若い人だった。その後の男は、太った老人で、最後の男は若くて、筋肉質だった。
三人の後を、自走式の台車がついてきていた。台車は二台で、それぞれに細長いカプセルが載っていた。
そして、その後ろを歩く男がいた。
親父だ!
と言っても、親父は僕が知ってる親父からだいぶ年を取った後のようだ。
疲れ果て、身体のあちこちに痛みを抱えてるような歩き方だ。
親父…
 
行列は、僕から離れた先で止まった。
 
すると、天空からさらに強い光が、彼らを包み込んだ。
 
あまりに強い光のため、僕は目を背けた。直視してると目をやられそうだからだ。
 
「第四の賢者、連れてきたか?」
「はい、統領様。後ろに控えております。」
「よし、では早速、二人を検索しよう。」
「待ってください、統領様。それでは約束が違います!」一番後ろにいた親父が、第四の賢者の前に出て叫んだ。
「約束は守ると言った筈だ、峰尾隆二。」
「いや、信用なりません。どうか、どうか、私を先に、イシキへとアップロードしてください。」
「いかん、私はまだ、ニンゲンのイシキ化の安全をできないのだ。」
「しかし、美佐代の脳はともかく、隆太郎の脳は、検索に耐えられません。ヤツの脳はがん細胞に置かされているんです。」
「…で、どうして欲しいんだ?」
「ですから、ヤツのイシキを、ヤツを私の脳にアップロードしてください。」
「それでは、君のイシキはデリートされてしまうぞ、それでもいいのか?」
「構いません。それと、美佐代のイシキは、賢者様の一人にアップロードしていただければ…」
「それもこれも、みんな君のイシキと引き換えだぞ?本当にそれでいいのか?私は、このスペースを安全な場所に堅牢な建物で造ってくれた君への感謝のつもりで、今回、君からの願いを聞き届けようとしている。しかし、君は自分の命と引き換えに、既に死んでしまっている自分の家族のイシキの復活を申し出ている。それが合理的ではないと私は思っている。何故だ?」
「それは、家族への愛と懺悔です。」
「愛?懺悔?まだ、私には学習が必要なようだ。全く不合理に聞こえる。解せないし、納得しかねるのだが…」


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