【連載小説】夜は暗い ⑮
■
もうすぐ用賀だ。
ここら辺まで来て、やっと私は金次郎君の運転に慣れてきた。
大橋ジャンクションは、最悪だった。
今夜に限ってだが、首都高はタクシーやトラックも少なく、この車は飛ばし放題で、メーターを見るのが怖い程のスピードでかっ飛んでいて、そのスピードを保ったままで、あのぐるぐる回りながら走るジャンクションに進入していった。
運転している金次郎くんは冷静だが、助手席の私は生きた心地がしなかった。
トンネルの壁が絶えず迫ってくるし、背中に受けるGはかなりのもので、更に遠心力も足され、私は常に吹き飛ばされそうな感覚を持ち、私は飛んでしまわないように、三点ベルトのバックルを強く握りしめた。
但し、そんな中でも私は吐いたりしなかった。
何故か?
簡単だ。
私はずっと目をギュッと強く瞑っていたからである。
前さえ見えなければ酔わない。
強がりを言った。
「何とか堪える事が出来た」が正しい。
東京料金所が近くなってきた。
電話が鳴った。
岩田からだ。
「どうした?あれだけ飲んだら、まだ夢の中じゃないのか?」
「それはそうなんだが、さっき、神奈川のヤツがメール入れてきてな。お前が関心があるんじゃないかと思って、親切心で電話してやったんだ」
「それはありがたいね。感謝するよ。で、どんな情報なんだ?」
「あの夜、彼女を乗せたタクシーの運転手が見つかってな。その運転手の証言によると、乗せたのは女二人だったんだ」
「二人?女が二人だったのか?どこからどこまで乗せたんだ?」
「そう、似た年代の女子が二人で、箱根湯本から小田原までだ。もう小田原行きの電車がなくなった後でな。運転手はてっきり乗り過ごした若い子が戻りたいんだと思ったらしい。でもな、それにしてはちょっと奇妙だったらしいんだ。」
箱根湯本!
やはり、箱根湯本が関係しているのか…
だとすると、島野が危ない。急がねば…
しかし、岩田に悟られてはならない。まだ、警察が関与するのは早い。
私は落ち着いた声で話した。
「何だ?」
「そんな場合、普通は駅前か、それこそ自分の家の前ぐらいまで乗るのが普通なんだが、彼女たちは違ってて、あの事件が遭ったホテルの少し手前の幹線道路沿いで降りたんだそうだ」
「そこから歩いてホテルに向かった?」
「恐らく…まだ防犯カメラの画像とかは見つかってないので、推測でしかないんだが…」
「まあ多分そうだろうな。それで二人でフロントでチェックインしたのか?」
「いや、フロントの爺さんの証言によれば、チェックインは一人だった」
「そうか、その女の子の格好に関して証言はあるのか?」
「ある。黒いフランス人形のような恰好だったらしい。水色のかつらを被り、黒いマスクをしていて、声が掠れ気味だったという事だ」
「そうか…タクシーの運転手の証言は?」
「ああ一致する。水色のかつらの黒いロリータファッションだったと言ってるようだ」
「一緒に乗ったもう一人は、どんな格好だったと言ってる?」
「そっちは普通で、黒いパーカーで、下はブカブカのジーンズだったみたいだ。二人とも黒いマスクをしてたので、顔の特徴は分からない」
「それ以外に特徴は?」
「二人とも酔っ払ってるみたいだったそうだが、行き先を伝えたりしたのはパーカーの方だったようだ。ロリータの女は、ぐったりしてて、パーカーの子に支えてもらわないと歩けなかったようだ」
「なるほど。それで全部か?」
「何だ、その言い方は?これでもだいぶ苦労して集めた情報だぞ」
「俺はさっき、それに見合うだけお前にご馳走したよ」
「あれ、そうだったかな?まあいいや、また美味いものを食いに行こうや」
「食べるのは良いが、お前と飲むのはちょっと暫く勘弁だな」
「何でだ?」
「お前、一杯1200円もする冷酒を水のようにガブガブ飲んだのを忘れたか?」
「ああ、あれは実に美味い酒だった」
「美味い酒?お前は水を飲んでると勘違いしてるのかと思ってたぜ。味が分かってたのが分かって、俺はホッとしたよ」
「バカ野郎。俺が良い大吟醸の味を分からないとでも思ってたのか?まあいい。とにかくお前の役に立ったのなら、幸いだよ。じゃあな」
電話を切った。
君塚有紗は、一人ではなかった。
同じぐらいの年代の女の子と一緒だった?
誰なんだ?
良かった事は、岩田で話している間中、私は金次郎君のすり抜けるようなギリギリをつく走行を気にする暇がなかった事だ。
お陰で、もうすぐ小田原・厚木道路の分岐に差し掛かる。
■
スマホが鳴った。
私はそれで起きた。
小田原・厚木道路は制限速度が70㎞となっており、おまけに覆面パトカーが多く、如何に金次郎君と言えど、ハイスピードで走る事が出来なかった。
速度が落ちると、背中にかかるGがなくなり、私は寝てしまったようだ。
スマホの画面を見た。
島野からだった。
「どうした?」
「今ね、張ってる家から車が出て行くところなの。私はつけるわ。」
「その車の車種は分かるか?」
「BMWだと思う。色は黒か、紺色」
「ナンバーは?」
「それは今は見えない。見えたらチェックしておく」
「分かった。その車はもう出たのか?」
「車を出して、運転手が自動でシャッタを降ろしてる。最後まで閉まるのを確認してから出るみたい」
「そうか…じゃあ、その車が出てテールランプが見えなくなってから、君は出るんだ。決して近づいてはいけない」
「分かった」
「ちなみに君が乗ってるレンタカーの車種と色は?」
「私?ああ、黄色のスイフト」
「黄色?いかにも尾行に不向きな車だなあ。だとすると余計に相手の車に近づくな。見失ってもいいから」
「仕方ないでしょう、レンタカー屋に手頃な車がなかったんだから…まあ近づきゃしないけど、絶対に見失ったりしないわ。もうすぐ夜明けだし、絶対につけてみせる」
「その心意気は買うけど、それでも十分に気を付けろ。相手は殺人を犯したヤツかもしれんからな」
「分かった」
電話を切った。
話している間中で、島野のアドレナリンが沸き立っているのが分かった。
そう言う私のアドレナリンも噴出しそうになっていた。
もう一人いた。
金次郎君だ。
急にスピードが上がった。
小田原・厚木道路は、路面状況があまりいいとは言えない。
しかも、アップダウンが続く道路だ。
GT-Rは加速を続ける。
メーターが100㎞を超えた。
エンジン音が上がった。
私はまた固く目を瞑った。
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