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【連載小説】恋愛 #3

翌日は朝から抽選に並び、今日打つ台を確保してから、店前の巨大な駐車場でオープニングを撮った。
マジカはまだ、地方ではそこそこ人気があり、今朝は70人ほどのギャラリーが、オープニングのマジカと安西Dの掛け合いを楽しんでいた。
抽選参加人数は300人を超える所謂「特日」で、人気台に高設定が期待できる日なのだが、マジカはやってしまった。264番を引いてしまったのだ。
ここのところ実戦もパッとしないのだが、抽選番号はもっとパッとしない。
マジカは、自分には幸運の神様がそっぽを向かれているような気がしてならないのだが、それはおくびにも出さないように気を付けた。
この店のパチスロは全部で280台であり、この番号では人気台には座れないし、へたすりゃ一日中ジャグラーを打つ事になりかねない。ジャグラーはジャグラーで魅力ある機種なのだが、これが如何にも動画向きではないし、梶本マジカの動画を見に来る人のテイストには合わない。
そんな話を面白おかしく盛って話しているうちにオープニングは録り終えた。
撮影を終えて撤収し始めると、意外な事が起きた。集まったギャラリーがほぼ全部、安西Dの元へと駆け寄ったのだ。安西は一人でカメラを動かそうと、作業中だったのだが、みんな安西に話しかけている。
安西は最近、一ノ瀬ユイという若い女の子のパチスロ演者の番組を始めた。番組はユイを育てるというコンセプトで安西は教育係で、掛け合いで進行するものだ。
安西を取り巻く人たちはみんなユイ推しらしく、ユイの事を話すために集まっているようだ。
安西は中々その場を離れられそうにない。
仕方ないので、マジカは一人で店内に入る事にした。
マジカは、誰かに背中をポンポンと叩かれた。
振り返ると、横に農協の帽子を被ったおじいさんがいた。そして、こう言った。
「負けんように、頑張ろうな」
負けんように? パチスロで? それとも人気で?
ダブルミーニングが過ぎる。
考え過ぎか…
マジカは、自分の席へ向かった。
 
 
その日の午後早めに収録は終わった。遅くとも17時までに空港に行かねばならないため、残業なしで強制終了となった。
やっぱり今日も負けた。最後にラッシュに入ったが、ショボ連で終わり、4万ちょっとの負けだ。
店の外でエンディングを撮ったが、ギャラリーはまばらだった。
無理矢理トークを盛り上げて、何となく撮影を終えた。
マジカと安西は、空港へ向かうために、アテンドさんが車を持ってくるのを待っていた。
「梶本さんですよね?」
梶本さん?そんな風にファンに呼ばれた事はない。みんな「マジカ」と呼ぶ。
だから、マジカは呼ばれても自然にシカトしてしまった。
「あの…」肩甲骨の辺りを叩かれた。てっきり朝会ったじいさんかと思った。
「じいさん…」マジカは振り返った。
そこにはお嬢様みたいな白い夏のワンピースを着た若い女性がいた。
「うへーい、俺に何か用っすか?」たじろいで、マジカはその女性に訊いた。
「梶本マジカさんですよね?」
「そうっすけど」
「私、ファンなんです。私、スロット全くやらないんやけんど、今日も朝からここ来て、ずっと休憩のソファにおって、時々スロット打っとるマジカさんを遠くで見て、そんで待っとったんです。」
「そうですか、それはありがとうございます」
「あの、よかったらこれ食べて下さい。私が作ったクッキーです」
「手作り?嬉しいなあ。遠慮なくいただきます」
「この高松の店は、これから半年間は毎月来るんですよね?」
「そう、その予定です」
「そしたら、毎回見に来ます」
アテンドの車が来た。
「分かりました。あなた、お名前は?」
「アミです」
「アミちゃん、良い名前ですね。クッキー、ありがとう」
「こちらこそ、ありがとうございました」
そう言って、アミは店の敷地の外へと走って行った。
マジカたちは車に乗った。そして、店を後にした。


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