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【創作大賞2024応募作オールカテゴリ部門】松山行きのバスに乗る。#4新しい人生を生きる事にする。(2/5)

昼食が済み、私は客用の布団を急遽押し入れから出し、ベランダで干した。
 
ベランダは広く、しかも角部屋なので、西から南へと90度に続いている。
ベランダには通販で買ったハンモックと、ガーデンテーブルと椅子のセットがある。
 
今日は梅雨の間の晴れた日なのだが、気温は26度で湿度も高くなく、丁度いい。
 
愛美は早くもハンモックに寝そべり、スマホを見ている。
私は布団カバーを取ったので、全部洗濯するためにランドリーへ向かおうとした。
「お父さん」愛美が声を掛けてきた。
「なんだ?」
「ここで、コーヒーを飲まない?」
「ああ、いいよ。今、これだけ洗濯しちゃうから。すぐに戻ってくるよ。愛美は、悪いがケトルでお湯を沸かしておいてくれないか?」
「分かった。」
 
私は洗濯をし、キッチンへ戻ると、ペーパードリップで2杯分のコーヒーを淹れた。
そして、その2杯のコーヒーの入ったマグを持ち、ベランダへ行った。
愛美は椅子に座って、前に茂る樹の緑を見ていた。
 
「コーヒー出来たけど、ミルクや砂糖はいる?」
「両方とも」
私はキッチンに戻り、牛乳のパックと砂糖壺を持ち、スプーンを1本持って、ベランダに戻った。
「ほら」
「ありがとう。私、牛乳たっぷり入れたいから、私のカップのコーヒーを少しだけお父さんの方に入れていい?」
「ああ、やってあげるよ。」私は、愛美のマグから、私のマグにコーヒーを注いだ。
「うまーい!一滴も、零れてないよー。お父さん、すごーい。」
「いや、当たり前だろう、そんなん、慎重にやれば、零れる訳ないんだよ。」
「私とお母さんは、絶対ダメな人なの。絶対に零す。」
そうだった。珠美は、よくテーブルクロスを汚していた。
「そうだったなあ。お母さんはよく物を零す人だった。」
「そう」
愛美はマグに半分ぐらい牛乳を注ぎ、砂糖を一杯入れてからスプーンでかき混ぜた。
そして、コーヒーを一口飲み「美味しい。」と言った。
 
近くの小学校のチャイムが鳴った。
 
天気に恵まれた快適な午後だった。
 
 
愛美がベランダから離れないので、私もずっとガーデンチェアに腰かけていた。
 
タバコが吸いたいな。
 
私はキッチンの換気扇の下でアイコスを吸おうと、席を立った。
 
「お父さん」
私はもう一度座り直して「なんだ?」と言った。
「私ね、あの家、出ないといけないの。」
「えっ?」
 
青葉台のマンションは、築50年以上経つ鉄筋コンクリート造りの6階建ての建物だ。
これまで耐震補強や外壁の塗り直しなど、チョコチョコとした修繕がしてきたものの、もう耐用年数は過ぎているみたいで、水回りにどうしようもない欠陥が出たそうだ。
一時的な応急処置は施したので、後数年は持ちそうなんだが、今後、ずっと住むには根本的な修理が必要で、それをやるためには建て直すよりも高い費用が発生するそうなのだ。
住民は集まり、協議した。そして、このマンションを一斉に出る事を決めた。
マンションのメーカーに部屋を売り、新しい場所に引っ越す事を賛成多数で決議したのだ。
 
だから、愛美はあの部屋を出ないといけなくなった。それも1年以内に。
 
「そうか、じゃあここに住めば?」私が言った。
「それでいい?」
「いいさ。いつ引っ越す?」
「じゃあ7月は忙しいので、8月に。」
「暑い盛りだな。」
「寒いよりましよ。」
「そうか?」
「そうよ。」
「そうか。アイコス吸ってくる。」
私は換気扇の下へ行き、アイコスを吸った。
そして、娘と一緒に暮らす事について、具体的なイメージを湧かそうとしたが、中々難しい事が分かった。
 
私は愛美の部屋となる使ってない部屋を教えた。すると愛美はすぐにその部屋に入り、レイアウトなどを検討し始めた。
私は唯一の趣味である野球観戦をする事にした。
仕事人だった頃に、海外のニュースを見るためにCSや有料放送に入っていた。
そのうちのスポーツチャンネルでデーゲームをやっている。
 
今日は西武対千葉ロッテ。メットライフドームの試合だ。
 
ビールを呑もうかと思ったがやめた。
その代わりに炭酸水をコップに注ぎ、大好きなカシューナッツのお供にした。
 
「お父さん、来て。」
「なんだい、今、西武のチャンスなんだけど。」
「じゃあ、いいわ。でも、ここにあるゴルフバッグとか衣装ケースとか、全部、出していいのよね。」
「ああ、僕が暇な時に全部出しておくよ。」
「お父さんに暇な時なんてあるの?」
「あるさ、実は三日前に会社を辞めたんだ。」
「ええーーー…大丈夫なの?」
「ああ、退職金で一年ぐらいは食えるだろう。そのうち、仕事を捜すようにするし。」
「そう。じゃあ、ここの荷物、お願いね。」
「分かったよ。8月までにはやっておくよ。」
「違うわよ、ここの部屋にはもう今日から私が住むんだから。」
「えっ?」
「お父さん、車持ってるでしょう?」
「ああ」
「明日、青葉台に連れてって。で、私が当分必要なものを持って帰ってくるの。」
「分かったよ。じゃあ今晩片づけるよ。でも、なんで今日から住むんだい?」
「ここなら私が活動しているNPOの事務所に近いからよ。」
「NPO?」
「そう、スマイルハウスって言ってね、子供の貧困のために活動しているの。」
「そうなんだ、スゴイね。何でそんな事やってるんだ?」
「私も子供の頃、寂しい思いをしたからよ。食事はあったけど、いつも夜は一人で寂しかったの。」
私は黙ってしまった。そして「すまん」と、一言だけ言った。
 
 
結局、倉庫となっている部屋にあったものは、全部部屋の外に出し、私の寝室へと運んだ。
ゴルフバッグが4つもあった。通販で買った健康用の器具は不要だ。
 
この際、断捨離するか。
 
私の寝室は、既にあったベッドとテレビ台の他は、全部不用品で埋め尽くされた。
 
愛美は今、自分になる部屋で掃除機をかけている。そして、拭き掃除をすると言っている。
今日はその部屋のフローリングの床にマットレスを敷き寝るので、拭き掃除は欠かせないそうだ。
 
「愛美!」私は自分の部屋から声を掛けた。
「何?」
「晩ごはん、何、食べたい?」
「えーーーーっと、メンチカツ。」
「そうか、分かった。」
「お父さん、作れる?」
「作れなくはないけど、僕が作るより何百倍も美味しいメンチカツがあるから、後で買ってこよう。他は?」
「他???」
愛美は暫し黙った。
「あーあー、そうそう!思い出した。私、ずっと食べたかったものがあるんだ。」
「なんだよ?」
「お父さんのポタージュスープ。」
「ポタージュスープって、お前、覚えていたのか?」
「うん」
 
ポタージュスープは、私のお袋直伝の風邪の特効薬だ。
私が子供の頃、風邪を引くと、お袋はいつもポタージュスープを作ってくれた。
少し甘めのスープ。クルトンが香ばしい。
 
「あれはねえ、お父さんだけだわ、作れるの。私、ずっと飲みたかったの。」
「分かった、作るよ。」
 
私は自分の部屋で片づけをしながら、密やかに泣いた。
 
暫くぶりに会う自分の娘は、私を泣かせてばかりいる。
 
 

二人で、駅前の商店街まで夕食の買い物に出かけた。
 
大きな商店街でたくさんの店が並んでいる。
私はまず目指す高木ミートへと直行した。
ここのメンチカツは本当に美味い。揚げたてでなくてもオーブントースターで温めれば、カリカリの食感は戻ってくる。大きなメンチカツを4枚買った。
 
その後、近くのスーパーでポタージュを作るための材料や野菜なんかを買った。
 
食料品の買い物を終え、歩いて家に帰る道すがらで家具屋を見つけた。
愛美が入ってみたいと言うので、店に入ると愛美はベッドのコーナーへ行った。
色んなベッドに寝そべり、寝心地をチェックする。
 
そして、愛美が私に言った。
「お父さん、これ買って。」
「えっ?」
「私、今までベッドを持ってた事がないの。あの部屋はフローリングでしょう、だから。」
「いや、買うなら買うけど、ここで決めなくてもいいんじゃないか?もっと、色んな店に行って、他のもチェックしてみた方がいいよ。」
「そっかあ、じゃあ、枕だけでも、今日、買って。お父さんのところのお客さん用の枕、ちょっと、イヤだったから。」
「じゃあ、選べばいいよ。それぐらいなら買ってあげるよ。」
この家具屋には、寝具コーナーがあり、枕も充実していた。
愛美は、さんざん悩んだ挙句に、一つを選んだ。
 
その枕は、なんと3万円もした。
私は店員にクレジットカードを提示した。
 
 
夕食の材料を私が持ち、愛美は枕を持って歩いた。
「あっ、お父さん、しまむら、寄ろう。」と、愛美が言った。
「しまむら?」
「そう、私の下着とか靴下とか、パジャマとかを買いたいの。」
「そんなの、デパートとかに行った方がいいんじゃないのか?」
「デパートじゃあ、高いだけじゃん。お父さん、しまむら、行った事ないの?」
「なにね。おじさんが一人で入れる店じゃなさそうだから。」
「そんな事ないのに。」
 
愛美は、私に持っていた枕を渡し、しまむらへ入っていった。私も後に続く。私のはじめてのしまむらだ。
 
広いな。
 
愛美が見えない。どこへ行ったんだ?
「お父さん、こっち。」
愛美の声がする方へ行くと、愛美がいた。
「ここ、紳士ものだから。お父さんは、ここで、自分の物を見てて。」
「分かったよ。」
 
仕方なく紳士もののスポーツシャツなどを見ると、安い!ビックリするほどだ。
シャツを見て、ズボンを見て、下着を見て、靴下を見た。全部、驚くほど安かった。
しかし、疲れた。エコバッグを肩にかけ、でっかい枕を抱いている。
 
外にベンチがあったな。
 
私は愛美を捜し、ベンチに座ってると伝えた。
 
ベンチの横には、飲み物の自動販売機があった。
私は、お茶を買い、ベンチに座って、飲んだ。
アイコスが吸いたいなと、思ったのだが、どこにも喫煙できる場所はない。
煙草を吸いたい気持ちを紛らす事を考えていると、愛美が戻ってきた。
愛美は大きな袋を持っていた。
「お待たせ。」
「なんだ、それ。一杯、買ったな。」カードを渡さなければよかったと、私は反省しながら、愛美に言った。
「明日着る服まで、買っちゃった。」愛美は悪びれずに言った。
「帰るぞ。」私は枕を愛美に渡そうとした。
「私の袋、重いから。」そう言って、愛美は枕を受け取らなかった。
 
仕方がないので、私は枕を抱き、エコバッグを肩からぶら下げて、愛美と並んで、歩いた。
 
 
マンションの前まで来ると、愛美が急に「お父さん、私、買い忘れがあったから、先に帰ってて。」と言った。
「この期に及んで、まだ何か買うのか?」と訊くと、「シャンプーとリンス、ボディーソープとベビーオイルなんか。」と言った。確かに、愛美は私のシャンプーを使うのは嫌だろう。歯ブラシもない事に気がついた。「じゃあ、行ってきなさい。」と言い、私は愛美に5千円札を渡した。
 
愛美は、自分の持っていた大きな袋まで私に押し付けた。
 
私は、両手いっぱいに荷物を持ち、部屋に戻った。
 
何だか、愛美といると、買い物が多いし、その買い物の袋をいっぱい持って、やたら歩くなあ、そう思った。
 
部屋に戻ると、いつもの部屋だった。
私が一人で住んでいる時の部屋。
ちょっと、ホッとした。この部屋に私以外の人間がいる事に、まだ慣れていない。
 
愛美の枕と、衣類を、さっき愛美の部屋になった部屋に入れておいた。
そして、食料品は、冷蔵庫に収めた。
 
私は、湯を沸かした。
そして、換気扇の下でアイコスを吸った。
 
湯が沸いた。
 
コーヒーを淹れて、一口すすった。
 
美味かった。
 
しかし、愛美と一緒に飲んだ時のコーヒーの方が美味く感じたと思った。
 
やはり、愛美が一緒に住む事を嬉しいのだと悟った。
 
 
暫くすると、インターフォンが鳴った。愛美だった。ロックを解除すると、すぐに愛美は大きな袋を持ち、部屋に戻ってきた。
「また、一杯買ったなあ。」
「そう?シャンプーとリンスと、ローションと、メイク落としと、ボディーソープと、ベビーオイルは、必でしょう。後、余ったお金で、洗濯用の洗剤と柔軟剤を買ったのよ。あ、後、歯ブラシ。」
「洗剤なんて、まだうちにあるのに。」
「あれ、匂いが良くないもの。後、私が好きな柔軟剤の匂いとも合わないから。」
「そうなのか。」
「お父さん、晩ごはん、作らないの?」
 
しまった。久々に沢山買い物をしたので、家に帰ってきて、まったりしてしまった。
「作るよ。」と言い、私はキッチンに向かった。
「じゃあ、私は着替えてくる。それと、部屋の片づけをする。」
 
まずは米を研ぎ、ご飯を炊く準備をした。
その後は、いよいよポタージュスープ作りを始める。
私のポタージュは、野菜をミキサーでドロドロにして入れるのがミソだ。
野菜は、何でもいいのだが、ジャガイモと、ニンジンと玉ねぎ、そして、少しのさつまいもと、コーン、最後に決め手はカリフラワーだ。野菜は、全部なくてもいいのだが、ジャガイモとカリフラワーだけは欠かせない。
 
全部を荒く切り、ミキサーの中に放り込む。そして、細かくドロドロになるまで、野菜を砕く。
 
鍋にたっぷり目のバターを溶かし、そこへどろどろの野菜を入れて、少しだけ炒める。多分、炒めなくてもいいのだろうが、私は炒める。何か、その方が香ばしくなるような気がしているからだ。
炒めは、本当に少しだけですぐに牛乳を投下する。そして、牛乳が馴染み、よく溶け合わさってきた頃を見計らって、コンソメ顆粒を入れて、溶かす。
最後に味を確認し、塩で調整する。
 
次に、サンドウィッチ用の食パンをバターを溶かしたフライパンで焼く。上手く焼き目がついたら、まな板の上で、サイコロのように切りそろえる。これがクルトンの代用品だ。
私は、クルトンの代わりに、買って来たクラッカーを使う場合もある。
 
ポタージュができた。
 
キャベツを千切りにして、皿の上に盛り付ける。
そして最後に、買って来たメンチカツをオーブントースターで焼く。
愛美用に2枚、私用に2枚だが、私が2枚も食べない。きっと、愛美が3枚目を食べるだろうと読んでの事だ。
 
メンチカツが温まった。皿の上に乗せる。
飯も炊けた。
ポタージュを少し温め直す。
 
全部、出来た。
 
「愛美、メシ、出来たぞ!」
「はーい。」
 
全部をテーブルにセットした。
 
「お父さん、お茶飲みたいんだけど。」
「熱いの?」
「ううん、冷たいの。」
「じゃあ、麦茶を作ってある。冷蔵庫のポケットに入ってるから、取ってきて。それと、悪いけど、僕に缶ビールを一本と、持って来てくれないか?」
「分かった。」
 
愛美は麦茶を注ぎ、私はビールをコップに注いだ。
全部揃った。
二人で乾杯した。
 
さあ、食べよう。
「あれ、お父さん、中農ソースは?」
 
ソースを買うのを忘れた。
 
私たちはソースなしで、メンチカツを食べた。
 
愛美は、ポタージュを「この味、この味。」と言って喜んだ。
「おかわりある?」と訊いてきた。
「もちろん、あるさ。」と、私は答えた。
 
愛美は、3回もおかわりをした。
 
 
食事の後、愛美は「友達と電話したりする。」と言い、部屋に戻った。
 
私は、食器を洗い、風呂を洗って、湯を張った。
 
全部終わると、もう少し飲もうと思い、リビングで焼酎の水割りを呑み始めた。
お供は、録り貯めしていた旅番組だ。
私は、旅行が好きだった。仕事をしている時は、長く休みが取れる事がなかったので、休暇の旅行には興味がないと思っていた。しかし、本当は旅が好きで、それが証拠に、旅番組は目につくと、何故か録画予約をしていたのだ。BSの旅番組のストックはかなりある。私は、国内旅行の方が好きなので、専ら、そんな番組ばかりを録画している。そして今は、上高地の春の訪れの季節を訪れる登山客のドキュメンタリーを観ている。
趣味はないと言ったが、唯一これだけは趣味なのかもしれない。
 
私は山が好きだ。何故なら、夏、涼しいからだ。
私が育った松山は、大体どこでも海風が吹き、夏は蒸し暑い。
しかし、大人になり、東京に住むようになってから訪れた長野や群馬の山の避暑地は、本当に涼しく、クーラー要らずの夜が過ごせる。だから、山が好きなのだ。
 
私は上高地を訪れた事がない。
コロナが収束したら、愛美と一緒に出掛けてみるか。
酒を呑みながら、そんな事を考えた。
 
「お父さん!」ボーっとしていたら、後ろから声を掛けられた。私は焦った。まだ、この部屋に愛美がいる事を認識できていない。
「何だ、どうした?」
「お風呂、入っていい?」
「ああ、どうぞ。」
「じゃあ、お先に。」
 
愛美は浴室に向かって行った。
 
私は上高地に戻った。
 
 
愛美が風呂から出たと、伝えてきた。
分かったと答えてから、だいぶ経った。
私は上高地を見終わり、今は熊野古道を見始めていた。
焼酎は美味いが、呑み過ぎてはいけない。
だから、焼酎の横に大きなマグに入れたコーヒーを置いておき、焼酎とコーヒーを代わる代わる飲んだ。
「お父さん、寝るね。」愛美が言った。
時計を見ると、11時半だった。
もうそんなか…
 
私も寝る事にしようと、テレビを消し、残った焼酎を呑みほした。コーヒーはたくさん残ったので、そのままにしてダイニングテーブルに持っていった。朝、レンジで温めて、また飲むためだ。
 
自分の部屋に行き、パジャマと下着を取り、シャワーを浴びに浴室へ行った。
 
するとどうだ!
 
浴室の中には、私が知らないボトルやチューブがたくさんあった。
シャワーの前には、そういうものを置く棚があるのだが、全部置き切れず、半分以上が床に立ててあった。
 
スゲエなあ…
 
私はシャワーを浴び、今や、隅に追いやられている私のシャンプーと、ボディーソープを使った。
 
シャワーを出て、頭を乾かし、歯を磨こうと、洗面台の棚を開けた。
またも、私の少ない化粧品は隅へと追いやられ、バーンと見た事がない化粧品のミニボトルなんかが、真ん中を占めているのを見た。娘がいるという事は、そういう事なのか…
2段目の棚にコットンパフの箱を見つけた。こんな物、珠美の鏡台の上でしか見た事がなかったので、妙に感慨深かった。
 
歯を磨き終わった。
 
試しに、愛美の化粧水を少し顔につけてみた。ヒンヤリするなあ。
これはセクハラではないよな?
 
私は浴室の電気を消し、部屋に戻った。
すると、愛美が私のベッドに座り、テレビを見ていた。
 
「何してんだ?」
「だって、12時半から見たい番組があるんだもん。」
「じゃあ、リビングで見ればいい。」
「いやだ、あっちで見てて、そのまま寝ちゃったら、風邪ひいちゃう。」
「じゃあ、このテレビをお前の部屋に持っていくか?」
「えっ?できるの?」
「アンテナとコンセントは、お前の部屋にもあるからね。」
 
仕方なく、テレビとテレビ台を動かそうとしたのだが、思いのほか重く、また、夜中にする事にしては面倒臭かった。
「お父さん、いいよ。明日、私の部屋の小さいテレビを持ってくるから。」
「そうか、じゃあ、そうしてくれ。」
「その代わり、今夜は、ここに布団敷いていい?」
「えっ?いいけど…」私の部屋には、愛美の部屋にあった不用品がいっぱいあり、布団を敷く場所なんてない。
「じゃあ、邪魔なの、全部、出そう。」愛美は、ゴルフバッグ何かをダイニングに運んでいった。
布団を敷くスペースができた。
愛美は、隣の部屋から自分の布団を持ってきた。
そして、布団に寝そべり、テレビをつけた。
 
若い男のアイドルグループのバラエティ番組だった。
 
私は、うるさいとも思い、明るいとも思ったが、何とか眠りについた。
 


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