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【連載小説】サキヨミ #21

イシキの転送は、とても難しいものだった。何故なら、指先の繊細な動きまでを極限までに忠実にボットに再現してもらわなくてはならないからだ。
当然のことながら、ボットはニンゲンではないので、ボットの全身に細かく神経回路がある訳ではない。だから、僕らのイシキを研ぎ澄まして、ボットの動きを制御しなくてはならない。
そのためには、まず僕ら一人一人が自分の全身にイシキを集中させなければ、うまくいかない。
そこまでの集中力を要求される時間は、僕もボーもそんなに長くはないのだが、それでも逆にそこの集中が切れてしまうと、この作戦は失敗するしかない。
ボットのイシキ化は、慎重に行われた。僕もボーも一切妥協する事なく、真面目に取り組んだ。
但し、1回のイシキ転送作業をやると、クタクタになる。それほど体力を消耗するのだ。
10分転送して、30分休憩、そんなスパンで、僕とボーは自分のボットが自分の意志通りの動きをするまで、何度も作業を行った。
 
僕らが転送作業をしている時に並行して、ボットのボディの改良が行われていた。
僕らのイシキとのカスタマイズと、当日の気象条件に合わせた改修だった。
 
当日の気象条件はリアルタイムに予想され、更新を続けた。
二日後は、乾期には珍しい。磁場風があまり吹かない予想だった。但し、日中の気温は最大で51℃が予想されていた。
 
一日中訓練した後、僕とボーは恢復室に入った。横になるとすぐに寝た。


 
起きると、ボーはいなかった。
恢復室を出ると、広い空間の真ん中でボーは瞑想していた。
僕はその横で同じように胡坐をかき、目を閉じた。
「君もやるのかい?」と、ボーが目も開けずに訊いた。
「ああ、手をつないでもいいかい?」
「僕と?何故?」
「このミッションは、僕とボットが同化する事はもちろん重要だが、それ以上に僕と君がシンクロする事が大事だと悟ったからさ」
「それは心配しなくても大丈夫だよ」
「何でそんな風に断言できる?」
「だって、僕らは親子じゃないか。だから大丈夫。でも、一緒に瞑想はやろう」
僕らは瞑想をした。


 
「ボー、ボー」優しい母の声が聞こえた。
「母ちゃん、母ちゃん、どこにいるの?」
「ボーは知ってるだろう。ケースの中で寝かされてるのよ」
「でも、母ちゃんは『マザー』なんだろう?」
「いや、まだ私は『マザー』じゃないの。今の『マザー』の中で息づいてるのは私の記憶だけ」
「記憶?」
「そう、私があなたを育てた記憶だけが『マザー』の中で生きている。だからボー、お願いだから、私を助けて。そして、あなた自身も自分の力で蘇らせて」
「分かった、母ちゃん。必ず助けるよ。待ってて」
「待ってる」
僕は目を開けた。ボーも目を開けていた。
「聞こえたかい?」と、僕はボーに訊いた。
「聞こえた」
「じゃあやろう」
「OK」
僕らはボットが待つコンソールへ向かった。


今日初めて「母ちゃんの声」を聞いた。
懐かしいし、やっとリアリティが感じられるようになった。
この世界は本物だ。
僕らはもう既に肉体を失って、イシキだけで生活しているのだ。
そして、それは今後一万年後ぐらいに戻る在りし日の美しい地球でまた、平和に暮らす人類への存続のためだ。
元の地球を取り戻す。
そのためには、母ちゃんと僕を元に戻す事が必要だ。

よく分かった。
僕は僕のボット『リュー』にタマシイを注入した。


 


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