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【連載小説】ただ恋をしただけ ⑧

〇〇〇
彼女の後ろでカメラを回し出して1時間半が過ぎた。
この間、台はずっと静かなままで見せ場等なく、僕はひたすら暇だった。

眠い…
しまったなあ、こんな事になるんだったら、朝飯をあんなに腹一杯食べるんじゃなかった。

ずっと立ちっぱなしで腰が痛くなってきたので、僕は彼女に「トイレへ行く」と断り、カメラを回したままにして、トイレへ行き、休憩コーナーで缶コーヒーを飲みながら、座って休んだ。

やっと座った… マジでずっと何もないところで立ちっ放しは堪えるな…なんか起こしてくれないと、足腰がバッキバキになる…
いやでも、あんなになるまで彼女はずっと回し続けてる。あれはあれでキツイだろうなあ…

そう言えば、彼女はまだ一度もトイレへ行ってない…飲み物も朝から持ってるペットボトルのお茶だけだ。何か買っていこう…でも、彼女は何を飲むのだろう?水?まあそうだな、水なら無難だろう…

僕は自販機で水を買い、彼女の席へと戻った。
離れてる間に何かが起きててくれればと期待したのだが、残念ながら彼女の台は何も起きておらず、ひたすら通常時の回数が増えていくばかりで、もうすぐ900回になろうとしていた。

「新倉さん」
「何?」
「水買ってきました」
「ええ、水?私いりません」
「何で?喉渇いてないですか?もうお茶ありませんよね?」
「渇いたけど、水はイヤなの。このお茶じゃないと…後、人に買ってもらったものを飲むのもイヤなの」
「何で?験担ぎか何かですか?」
「そう、験担ぎ。この玄米茶じゃないとダメだし、人から買ってもらったものはもっとダメだから…勝てなくなっちゃう」
「バカバカしい、そんなのオカルトじゃないですか。何の意味もない。いいです。水は僕が飲みます。それで、喉は渇いてるんですよね」
「ええ」
「じゃあ僕が買ってきますから、お金下さい」
「ええ、いいんですか?これって、コンビニのPBなんだけど…」
「ここ来る途中でコンビニ見かけましたから、ちょっと行ってきますよ。台が当たるまではもうちょっとかかりそうだから」
「じゃあお願いします」
「でも、こんなんに拘ってたら、あなた災害に遭ったりしたら死んじゃいますよ」
「それは大丈夫。私が拘ってるのは、パチスロ打ってる時だけだから」
「ああ、そうですか」
僕はお茶を買いにコンビニへと向かった。


〇〇〇
コンビニは、このパチンコ店の隣にあり、すぐに戻って来れた。
彼女の台はまだ当たってなかった。
「ただいま、まだ当たってないんですか?」
「いや、当たったわよ。1000回の天井で当たって、単発食らったみたい。朝イチモードAだったみたいだから仕方ないわよ」
「ええ?仕方ない?今いくら使ってるんですか?」
「4枚目がなくなりそうになってるところ」
「4万?」
「そう」
「それでこれからどうなるんですか?」
「分からない」
「また1000回まで行く事は?」
「あり得るわ」
「そんなバカな…じゃあ昼一ぐらいまでに下手したら8万も消えちゃう可能性があるって事ですよねえ?」
「そう、仕方ないわ」
「仕方ない、仕方ないって、そんなんで大丈夫なんですか?」
「大丈夫よ。次の当たりで連チャン取って、5000枚出せば良いだけなんだから」
「ええ?そんなの簡単にできるんですか?」
「分からない。でもやらないと仕方ないのよ。収支的にも、動画的にも…あなたねえ、朝からずっと言おうと思ってたけど、自分はギャンブル知りません的な色が濃くない?ギャンブルする女はキライ?私を好きって言ったの、あれは嘘?」
「いや、嘘じゃないです…嘘じゃないですけど…」
急に気まずくなって、それからは二人とも黙り込んでしまった。
ただ、リズムよく台は通常時でリールが回り続けていた。


〇〇〇

気が付いた。

この間、金を入れ続けてるのは全部彼女の金だ。
という事は、この状況は彼女が一番マズいと思っている筈だ。
しかも、彼女が言った通り、今までのところ、動画的な面白さは全くない通常時ばかりの画で、しかも僕がパチスロを全く知らないばっかりに、通常時の僕と彼女との会話も面白みがないものになってしまっている。
如何にギャンブルを知らない僕でも、バラエティ畑でずっと、ロケ撮影をしてきた経験から、今の素材の使えなさ具合は流石に分かる。
今日の僕は要領を得ないせいで、最初からずっと浮ついていた。しかも、彼女がいきなり現れたからなおさらだ。
マズい…
急に制作者魂みたいなものがこみ上げてきた。
そして、彼女に悪かったなと思った。

彼女は無言で台を回し続けていた。
動画を撮ってるのに、無言はあり得ない事だと思った。
しかし、そうさせてしまうぐらい僕は無神経な態度で接してしまっていたのだと反省した。

「あの…」
「何?」
「なんかスイマセン…」
「何かって、何?」
「いや、その」
台の上部にある二つの赤いハイビスカスが高速に点滅した。
「やっと当たりました!693ゲーム。高速点滅ですので、ビッグです。やりました!ペイ君?」
「何ですか?」
「お腹空いた」
「分かりました。じゃあここで昼休憩にしましょう」

彼女は席を離れた。
僕はカメラを止めた。



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