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【連載小説|長編】黒崎透 「これは事実のはず」②※全くのフィクションです。見てきたかのように書きます

中野惟人は、確かに私と同じ高校の同級生だ。

中野も私も同じ野球部にいるはいたが、その立場は全く異なっていた。
うちの高校は、甲子園の常連校で、中野は私の代の絶対的なエースだった。
勿論、彼は一軍で、私は二軍の八番手ぐらいの中継ぎ投手だった。
彼の右腕から繰り出される速球は、常に140㎞を超え、調子の良い時は150㎞に迫った。
そして、えぐいほどの切れ味を誇るスライダーで、三振の山を築き上げる。彼はまさしく右の本格派投手だった。
それに比べ、私は練習試合で珠に起きる消化試合のみ登板できるような左の軟投派で、横から投げる遅いカーブだけが頼りのピッチャーで、彼と同じ部にいながら、彼とは全く生きる世界が違う立場だった。

高校卒業後、彼はドラフトにかかり、2位指名で東京タイタンズに入団した。私は、警視庁の警官になるべく上京し、警察学校に入学した。別に地元で警官になっても良かったのだが、警視庁という名前の響きが良くて、何故か私は東京に住む事を選択した。

中野は入団以降、5年連続で2桁勝利するエースになった。
しかし、彼は6年目に入るキャンプで、肩と肘の両方を傷めた。
それから2年間もリハビリに費やしたが、彼の右腕は元に戻らず、彼は現役を引退した。

引退後の彼は、すぐに大手芸能事務所に入り、持ち前のルックスの良さと、軽妙なしゃべりがうけて、ニュース番組でスポーツキャスターに転身した。
彼の出るニュース番組や特番の視聴率はいつも高く、彼はTV業界で力のあるタレントとして認知されていった。そればかりではなく、好感度調査でも彼は常に上位にランキングされ続け、やがて彼は、スポーツ関連番組の枠を離れ、民放キー局の全部でゴールデンタイムにレギュラー番組を持つ売れっ子タレントになっていった。

私は彼の活躍を常にTVの中で、一視聴者として見ていた。それはそうだ。確かに一緒の高校で一緒の野球部だったが、彼と私とでは全く立場が違う。
部活の中でも、高校生活でも、私用で彼と会話なんてした事もないし、彼の動静は常にスポーツ新聞や、ニュースで知るだけの存在だ。

とにかく彼は50歳を過ぎても、キラキラと光る芸能界の一翼を担う大物タレントであり、私は、51歳のしがない新宿のバーの経営者にすぎない。

しかし、昨年末に中野惟人は急激なピンチに陥った。
彼はバツイチで、今は独身なのだが、昨秋に、とある女性タレントへの性加害の疑惑が週刊誌で報じられた。
その疑惑自体は、既に解決金の支払いも終わっており、彼は独身である事から、そのまま不問に伏すものと思われていた。

しかし、ネット民が黙っていなかった。

何十年も前の彼の女性問題が掘り起こされたり、今の疑惑自体の新しい情報が出てきたりして、問題は収まるどころか、どんどん加熱していった。

世間は、彼に記者会見を開けという論調が広がっていったが、中野惟人は沈黙を守り、やがて彼の持っているレギュラー番組の差し替えが決定し始め、さらに3月末での番組終了が告知されるようになっていった。

それでも、中野惟人は雲隠れを決め込み、沈黙したままだった。

そして、今ここにその中野惟人がいた。

※フィクションです。
まるで見てきたかのように書きます

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