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【連載小説】夜は暗い ⑰


東の空から青灰色へと変化し、日の出が近い事を予感させた。
 
7分待った。
島野の黄色い車は姿を現さなかった。
びっくりしていた胃がまともに機能し始めているのが分かった。

腹が減ったからだ。

空腹を誤魔化すために、私は側にあった自販機で缶のブラックコーヒーを二本買った。
一本のプルトップを開け、一口飲んでみる。
普段は不味いので滅多に飲まないのだが、今朝は不思議と美味く感じた。

タバコをもう一本。
器具へ差して、吸えるようになるのを待った。
 
右から走ってくる黄色の小型車が見えた。
私は大きく手を振った。
そうしないと、彼女が曲がり損ねると思ったからだ。
島野は私に気が付いた。
そして、路肩に停まった。
島野が出てきた。
私は開けてない缶コーヒーを彼女に投げた。
 
「何?」
「眠気覚まし」
「眠いの?」
「全然!快調だよ。どこらへんで見失ったんだ?」
「芦ノ湖周遊に曲がってきてから。多分、三島方面へ行ったんじゃないかと思って、関所跡へ向かったの」
 
島野が缶コーヒーを開けながら言った。 間が悪い…
 
「分かった。助手席に乗れよ」
 
そう言って、私は運転席に乗り、エンジンをかけた。
島野はシートに座ると一口飲んだ。
私はそろりと発進した。
それでも彼女には急だったようで、口に含んだコーヒーを吹き出しそうになり、慌てて手で口を押えた。 言わんこっちゃない…
 
「もう急!どこ向かうの?」
「君は関所の方へ向かったんだろう?だったら逆だ。箱根神社の方へ向かう」
「ええ?」
「逆張りだよ」
「つまり、私の勘をアテにしてないって事ね?」
「まあね」
「いいわ。とにかく安全運転で…」
「分かってるよ。君は湖の方をずっと監視していて。僕は逆側を見る。でも、いるなら湖面近くだと思う」
「どうしてそう思うの?」
「何となく水辺のような気がするからさ」
「勘ね?」
「そうだな」
「当たると良いわね」
「それもそうだな」
 
 
日の出が近い。
何かあるのだとすると、やはり日の出前だろう。
そうすると、後30分以内が勝負だと思う。
だから、そんなに遠くには行かない筈なんだ。
 
 
箱根神社の手前に駐車場を見つけた。
その先の脇道に、紺のセダンが止まっているのが見えた。
それはそうなんだ。悪い事をしようとするヤツは防犯カメラがあるに決まっている駐車場なんかに車を止めたりはしない。
 
「あれか?」
「多分」
「近づいてみるから君は車で待ってて」
「何で?」
「何が起きるかが分からないから。凶暴なマッチョマンが襲ってくるかもしれない。俺が襲われたら、君はすぐに警察へ電話してくれ」
「分かった」
 
私たちは駐車場に車を止めた。
私はセダンに近づいた。
確かにBMWだった。
車内は空で、誰も乗ってなかった。
 
私はセダンの近くを見回り始めた。

 
 
うぎゃあああああーーーーー‼


 
左のボート置き場から叫び声が聞こえた。
 
私はそっちに向かって走った。
 
水辺に二人の人がいるのが見えた。
二人とも身体半分が水に浸かっていた。
一人は水辺の斜面に横たわり、もう一人が馬乗りになろうとしている。
ナイフを持っているのか?
 
二人とも超ゴスロリのコスチュームを着ており、馬乗りになっている方は真っ黒のいで立ちで、水色のウィッグ、もう一人のとどめを刺されそうになっている方は深緑の衣装にプラチナブロンドた。
 
「やめろ!」
私が叫んだ。
黒い衣装の女性は動きを止めた。
 
私は二人に近づき、黒い方の右手からナイフをもぎ取った。
黒い方は何の抵抗もしなかった。
私は黒い方を抱き上げ、二人を引き離した。
横たわっている緑の方は、どうやら腹を刺されたらしいのだが、傷は浅いようで、息はしっかりしてる。
かなりの濃いメイクをしているのだが、相当な美人のようだ。
彼女はショック状態のようで、動けずにいる。
私は島野へ電話をして、救急車と警察を呼ぶように指示をした。
それから私は、黒い方の顔を覗き込んだ。

ケータ君だった。

 


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