【連載小説】恋愛 #1
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「お疲れっした。延長して残業になっちゃって、すんませんでした。」
「いや、梶本さんこそ、次があったんでしょう?遅くまで、ありがとうございました。」
「撮れ高、大丈夫っすかねえ?あんま、良いとこなかったから粘るだけ粘ったんすけど、最後までパッとしなかったっすよねえ…」
「まあ、それは仕方ないっすよ。こっちで何とかします。配信は、予定通り来月の第三水曜日っすから」
「分かりました。宜しくお願いします。じゃあ僕はこれで失礼します」
そう言って、梶本マジカは横浜駅近くの大規模パチンコホールを出て、駅まで歩き始めた。
「梶本さん、大丈夫ですかねえ?大熊さん」
「何がですか?」
「5号機の時は無双だったのに、今のスマスロじゃあ全くいいとこないじゃないですか…今日も酷い出来だし、これじゃ配信しても再生数、ヤバいっすよ」
「再生数は、俺に言われてもねえ。こっちは現場で撮ったデータを渡すだけですから…前田さんは媒体の人なんだから、編集によく言っといてもらって、サムネで何とかするしかないんじゃないですか?」
「ウチもねえ、キツイっすよねえ…あんだけ見せ場ないとさあ、サムネだけじゃツライっすよ。5号機の時の梶本マジカは良かったよねえ。凱旋打たせときゃあ、ホント無双状態だったからなあ。マジカも若かったしねえ。ゴッド取った時のさあ、決めセリフ「マジか?」が効いてたしねえ…ホント、あの人、どうなっちゃったんだろうねえ。今日も朝のオープニングやさっき撮ったエンディングでもギャラリー少なかったもんなあ…ホント、ヤバいよ」
ライターネーム「梶本マジカ」は、パチスロライター・演者である。
マジカは、ちょうど10年前の2014年に、25歳の若さでパチスロ専門雑誌「絶対勝つパチスロ(ゼッカツ)」にフリーのライターとして入った。
マジカは東京の名門私立大学を卒業して、一旦は新卒で丸の内にある大手商社に入ったのだが、2年で退職し、大学生の頃から好きだったパチスロで生きていこうと決め、ライターになった。
最初の5年で、マジカは人気者になった。この頃は丁度、雑誌が徐々に売れなくなり始め、DVD、CSなどを経て、You tubeでの配信へと移行しつつある業界再編期間だった。
そこでマジカは、最初からYou tubeチャンネル専属のライターとして活躍し、業界一、二を争うほどの人気者になった。
マジカが出演する番組の再生数はうなぎ上りで上昇し、色々な媒体のパチスロ実戦番組で、冠番組をいくつも持つ売れっ子になったのだ。
しかし、コロナ禍を経て、パチスロの5号機が一斉撤去され、6号機、6.5号機の時代になると。マジカの立場は一変した。
6号機では、マジカが得意とする「荒れた」展開が作る事が出来ず、それは6.5号機でも続いた。そして、待ちに待ったスマスロではこれまで培ってきた自分なりの理論や勘が通用せず、投資がかさむばかりで、出玉が出せない番組しか作れない状態になった。
そう、今日も全く良い場面のない実戦になってしまった。
マジカは今年35歳になった。
フリーの立場である自分の行く先に不安を抱えない訳には行かない。
だから、この一年ばかり、マジカの頭の中には薄暗い雲が立ち込めていた。