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【連載小説|長編】黒崎透⑤ 「長い夜を経て、私もやっと眠る」

私は再度、中野がいる部屋のドアを開けた。
中野は着替えを済ませ、ベッドに腰掛けてコーヒーを飲んでいた。
 
「おうどうした?忘れ物か?」
「お前が乗ってきたアクアの置いてある場所と、借りたヤツの住所が知りたい。それとアクアの鍵をよこしてくれ」
「どうするつもりだ?」
「持ち主に返すのさ。水色のアクアなんて目立ってしょうがないからな」
「そうか…水沢の家へ行くのか?誰が持って行く?お前か?」
「いや、うちの店の従業員が5時で店を閉めて、そっから持って行く」
「練馬だぞ。ちょっと遠いが…」
「それはいいんだ。張ってる奴らをかく乱するためにも、絶対に朝までには車を動かさなくっちゃならん。借りてるのは水沢さんって人か?」
「ああ、野球やめて、実家の饅頭屋を継いでる水沢修二ってヤツだ。次男坊だがな、お兄ちゃんは公務員だそうだ」
「そうか、じゃあ、その水沢って人の住所と携帯番号をLineで送ってくれ。今、Lineをつなごう」
 
私たちはLineをつないだ。中野は水沢の住所と電話番号を送ってきた。
次に中野はジャケットのポケットからアクアの鍵を取り出して私に渡し、通り沿いのコインパーキングの位置を教えた。
 
「車のキーはもらった。場所も分かった。それと水沢さんの住所と電話はこれで良しと、後、この後すぐ、水沢さんへ明日の朝6時過ぎまでに車を代わりの者が持って行くとLineで知らせてくれ。で、その時に、お前の車と引き換えるともな」
「俺の車はどうするんだ?」
「うちの従業員の英郎君って言うんだが、彼に暫く使ってもらうよ。ドライブデートしたりしてな」
「それもかく乱か?」
「そうだ」
「じゃあ仕方ないが、一つ約束してくれ。俺の車でエッチはするなと」
「それは大丈夫だ。デートしてもカモフラージュだよ」
「そうか?それならいいんだが…」
「意外と潔癖症だな」
「潔癖症?普通だろう?」
「まあそうだな。邪魔したな。もう来ないからゆっくり寝てくれ」
「ああ、コーヒーを飲み終わったら、歯を磨いて寝るよ」
「ほら、潔癖症だ」
「バカ野郎、普通だよ」
「お休み」
 
私は鍵を持って、9階へ向かった。
 
 

翌朝、4時半に店を早仕舞いさせて、英郎君に車を持って行ってもらった。
水沢はベンツが止めてある駐車場の前にいたようで、スムーズに車を交換できたようだった。
水沢は「正直、ホッとしました。この車じゃあ傷つけたらって思うと、どこにも行けなくて」と言ったそうだ。
 
7時過ぎに英郎君が自分が住んでる水道橋のマンション近くのパーキングに駐車した事を報告してきた。

これで車の事は一旦忘れられる。

今日中に英郎君に動いてもらい、月極の駐車場を契約して、暫くそこで預かる。駐車場代は中野に持ってもらえばいい。
 
やっと安心して私も寝る事にした。
アラームは11時に設定した。
 

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