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【連載小説】夜は暗い ㉗ (後3章だけでは終わらない予感…もう1章追加の方向性が見えます… ごめんなさい)


奥平も島野も時間通りに来ていたので、私たちはすぐに山本由佳里の部屋を訪れた。
玄関のドアは由佳里が開けて、私たちを招き入れてくれた。
 
私たちは前と同じ応接室に通された。
家の中には、ほんのり肉が焼ける匂いがしていた。
 
山本由佳里は前と同じところに座った。
その正面に私と奥平が座り、横向きに島野が座った。
 
奥平が話し出した。
「奥様には昨日は、わざわざ小田原までお出でいただき、誠に恐縮でした」
「いえ、娘の遺体確認ですもの、仕方がない事ですわ。今はお葬式の準備で忙しいので、御用は手短にお願いします」
「分かりました。では、用件は黒崎さんから…」
「はい、でもその前にちょっとだけ… 奥さん、先日いただいたコーヒーの事をちょっと伺いたいのですが… 」
「コーヒー?」
「黒崎さん… どういう事… 」
「(奥平さん、僕に任せて… )」
「私はコーヒーが好きなのですが、いただいたコーヒーがとても美味かったもんですから… 」
「そうですか。でも、私は詳しい事は分かりませんの。漆原さんを呼びますわ。漆原さん!」
奥のドアを開けて、漆原が出てきた。
「こちらの方が、うちで飲んだコーヒーが美味しかったと、今褒めて下さったの。それでね… 」
「漆原さん、コーヒーの事も訊きたいのですが、今日はあなたにも色々とお聞きしたいと思ってまして、同席をお願いしたいのですが、奥様、如何でしょうか?」
「それは必要な事?」
「ええ」
「漆原さん、夕食の準備の具合は?」
「オーブンは止めましたし、ごはんはセットしましたので、今は大丈夫です」
「では、漆原さんもそこに腰掛けて下さらない?さあこれでいい?黒崎さん、話して… 」
「ええ、では漆原さんにいくつかお聞きしたい事があります」
「何でしょう?」
「まず、あなたはこの家の専属になられて、どれぐらいになります?」
「奥様が日本に帰国されてからですので、3年近くになると思います」
「あなたが登録している会社に聞きましたが、あなたが特にこの家に勤めたいと強く希望を出されたようですね」
「強く… という訳ではないですが、私から申し出たという記憶はあります」
「何故、この家の専属になりたかったのですか?あなたはこの家で、何かやりたい事があったんですか?」
「何かやりたい事だなんて、何もありません… 」
「何もって事はないでしょう。時に奥さん、奥さんは有紗さんと圭太君をピアニストに育てようとしてますよね」
「ええ、それが?」
「ピアニストになるためには、もっと繊細な神経の持ち主でなくてはならない。だから、栄養面でも配慮が必要だと、漆原さんに注文しましたか?」
「ええ、頼みました。栄養バランスの良い食事を摂らせるようにと… それと、私たちとは別のメニューを摂らせる事も含めて頼みました。何しろ、二人とも育ち盛りの年代ですので… 」
「確かに二人は、あなた達とは別メニューのものを食べていたようです。漆原さん、何故二人には肉や魚を一切食べさせなかったんですか?」
「いえ、それは… 」
「奥さん、二人はベジタリアンですか?」
「違うわ。二人ともとにかくお肉が好きで… アメリカにいた時は二人のお陰で食費が大変だったぐらいで… 」
「あなたは、優秀なピアニストになるために、動物性たんぱく質を摂取してはいけないと、肉、魚を二人に食べさせないようにと、漆原さんに命令しましたか?」
「そんな事はしてません。だって無理だもの」
「それが無理じゃなかったんですよ。この一年ばかり、有紗ちゃんも圭太君も肉、魚が食卓には一切出なかったそうです。圭太君から聞きましたので、間違いないと思ってます。」
「何故?」
「圭太君は、全てあなたからの申しつけだと、漆原さんから聞いていたようです」
「そんな… 」
「あなたが、そんな命令をしていない事は分かりました。それで、漆原さん、あなたは何でそんな事をしたのですか?」
「いや、今の説明で分かりましたが、これはきっと私が悪いんだと思います。奥様からの申し出を私が誤解して受け取って… 」
「そうじゃないでしょう?だったら何故、あなたは二人のお小遣いを渡さなかったんですか?奥さん、奥さんからは二人にお小遣いを渡してますよね」
「月々とか、そう言うのは面倒臭いし、学校への色々の払いがあるので… 模擬試験代とかね… まとめて半年分を漆原さんへ渡して、彼女から二人には渡してもらってました。漆原さん、まさかそれも?」
「圭太君によると、お小遣いを渡すと、買い食いしたりして余計なものを食べてしまうからと、奥さんから強く言われてるので、漆原さんは必要な時に必要な額だけしか渡さなかったようですよ。例えば、そう、さっき言われた模試代とかね」
「そうなの、漆原さん?あなた、余ったお金をネコババしたのかしら?」
「そんな奥様… 余ったお金はちゃんと貯金しております」
「どこの口座に?有紗や圭太の名前の口座をあなたが勝手に作ったの?」
「いや、そうではなりません。それは私名義の口座です」
「ほら、ごらんなさい。それをネコババというのよ。それで、黒崎さん、続きはあるの?」
「ええ、あります。二人はそんな事で漆原さんの言いつけで、家で食べるごはんには肉、魚がなく、かと言って、外で食べるお金も持たされず、という生活を一年以上続けていたようです。恐らくですが、あなたが君塚正治氏と結婚した後、すぐに始まったんだと思ってます。二人は途端にひもじい暮らしを余儀なくされ、大いなる不安と不満を抱え続けてきたようです」
「あなた、何故そんな事したの?」
「先ほど言いましたように、私は奥様の言いつけを守っただけで… 」
「それは違いますね。あなた、食べ物で二人をコントロールしたんですよね?」
「コントロール、どういう事ですか?」
「正治さんと話しましてね。彼が言うには、漆原さんは正治さんに「有紗さんは肉とか魚を食べさせるとイチコロだ」と、言ったそうです」
「ええ?あの変態野郎に、そんな事を言ったんですか?ホントなの、漆原さん?」
「いえ奥様、私はそんな事は言っておりません」
「まあ言ったかどうかは、この際、どうでもいいですよ。事実なのは君塚正治が有紗ちゃんを薬漬けにして、殺してしまったという事です。有紗さんは、美味しいものを食べさせてくれる正治の事を慕うようになり、美味いものを食う事を口実にして、夕食の時間に二人で出かけ、やがて、どこかに二人で泊まるようになり、挙句の果てに、有紗さんは正治が常用していた薬まで一緒に使うようになった。そして、二人は体の関係を持つまでに至った。今、しゃべった事はどれもこれも、何の物証もありませんが、話としてはそういう事だろうと思ってます。奥さん、あなた、正治と有紗さんがそんな事になってると気づかなかったのですか?」
「ごめんなさい。私は家の事は全部、漆原さんに任せきりで… 私、アーティストでしょう。日々、ピアノの事で頭が一杯なの。それ以外は大体酔っ払ってるし… 」
「そのようですね。因みに今日も沢山飲んでおられます?」
「今日はさっき、帰ってきたばかりだから、まだそんなに飲んでないわ。何しろ、お葬式の準備で、頭をスッキリさせておかなきゃならない事が多くって… 後、学校や関係者への説明も全部、私がやらないといけないのよ」
「それは多忙ですな。飲んでる場合じゃないと… でも、有紗さんが生きている時は、普段はピアノのお仕事の時は勿論、飲酒してる時も、二人の事は全部、漆原さん任せだった。それにお仕事以外の時間は大体において、あなたは酔っ払っていた、という事でいいですかな?」
「そうね、その通りだわ」
「何で、二人の事を漆原さんに任せっきりにしたんですか?」
「さっきも言ったでしょう。私、アーティストなの。だから、音楽の事以外で煩わされたくはない。二人とも私の可愛い子どもよ。でもね、二人のレベルは、私には到底追いつけない。そんな人間は、私にとっては足手まといでしかない」
「はあ?実の子を足手まとい扱いですか?」
「可愛いのは可愛いのよ。でも、私はあの子たちに、私の時間を必要以上に取られたくなかったの」
「それなら、飲酒の時間を減らせばよかったんじゃないですか?」
「それは絶対に無理。必要不可欠よ」
「飲酒が?」
「そう」
「何のために」
「音楽から逃げるためよ… 」
 

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