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【連載小説】サキヨミ #12
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どこかのお城の謁見の間にいた。
中世ヨーロッパのような装飾を凝らした壁や柱、天井のある部屋だ。
僕は緞帳のような重いビロードの深紅のカーテンの陰にいる。姿は消えてイシキだけなので、陰に隠れる必要なんてないのだが、室内の荘厳な空気に気圧されて、潜んでいるのだ。
広間の中央には、親父がおり、その背後に三人の将軍のようないで立ちの三人が控えていた。
一人は若い女性、後の二人は男だ。彼らはさっきの賢者たちに違いない。
「あれが統領の仮の姿だ。」と、救済者が説明した。
統領は、左奥にある階段の上の玉座にいた。白い顎鬚を蓄え、ロイヤルブルーでふちに白い毛皮をあしらったケープを羽織り、頭上には金の王冠を載せている。まるで君主のような風貌の統領は、その雰囲気に合わせたように重々しく口を開いた。
「なあ、教えてくれんか?ニンゲンは何故、間違う?」と、統領は親父に問いかけた。
「…」
「確かに私はニンゲンにより造られた人工頭脳だ。だから、私にインプットされているものは全部、これまでニンゲンが経験してきたものだけだ。私はそれを記憶し、学習し、理解したうえで、全ての情報の進化を予測し、より良い方向への選択を進めようとしている。今いるニンゲンは、この後1か月以内に、全員イシキとなる予定だ。しかし、私は不安なのだ。これまで学習して得た知識と、今回イシキとなるニンゲンの脳の中にある全ての情報も全部検証してきて得た結論は、「不安」なのだ。」
「「不安」?どういう事です?俺には分からないんだが…」と親父が言った。
「ニンゲンは、どうしてこうも合理的ではないんだ!感情があるのは分かる。それにしても、大事な選択の時、ニンゲンはどうしてこれまでのたくさんの知見を活かして、結論を出そうとしないんだ?どうして、一瞬の勘に頼ったりするんだ?そして、間違ってしまい、転落を余儀なくされたりする。どうして、まじめに働いたり、学んだりしておかない?どうして、一足飛びに楽しようとする?大体、分からないのが「金」だ。どうして、ニンゲンは資本主義の世界を作り、金のために、金に縛られて生きているのは何故だ?そして、そんなシステムを作ったにも拘わらず、その金を稼ぐために、きちんとしたプロセスを踏めばいいのに、道を外れたり、途中でやめてしまったり…そのくせ、ズルい事をして、楽して大金を得ようとしたりしている。ニンゲンの存在理由は何だ?金に振り回される事か?そうではないだろう?私には、ニンゲンの行い全般が理解できないのだ?しかし、そこにいる三人の賢者は「ニンゲンを赦せ。」と言う。そして、その赦しの象徴が今回の君の申し出だ。もう一度訊く。どうして君は自分のイシキを抹消してでも、既に死んでしまっている自分の息子と、妻のイシキの再生を望むのだ?」
親父は、答えなかった。腰をかがめ、両手を膝におき、背中を丸めた。泣いているのか、背中は嗚咽のために小刻みに震え、やがて、広間の大理石の床に膝まづき、床に顔を埋めた。
「どうして泣く?」と統領が訊いた。
親父は、床に顔をつけたまま、くぐもった声で答えた。
「どうして泣く?それは悲しいからですよ。ニンゲンは悲しいから泣くのです。」
「何が悲しい?」
「何が悲しい?分からないですか?」
「恐らくイシキの復活を希望する息子と妻の行く末を案じての事だよな…」
「恐らく?自信がないのですか?」
「そう、私には自信はない。そのような感情は合理に反するからだ。しかし、ニンゲンは往々にして、そのような感情に振り回されている。これは何とも御し難い。だから、私には自信がないのだ。」
「私はただ、それだけを願っているのです。息子と妻がいなくて、俺だけ生き残る。これだけは何が何でも許せない。あってはならん事なのです。」
「何故、あってはならんのかね?」
「簡単な事ですよ。二人が俺より「良いニンゲン」だからです。」
「二人が「良いニンゲン」なら、君は「悪いニンゲン」なのか?」
「そうですわ、統領。二人に比べりゃ、俺なんざ、ワルもワル、大ワルです。妻の美佐代は、どんな時でも笑顔を絶やさないいい女でしたし、何しろ優しいんですわ。どんなに自分が辛い状況にあったとしても、俺や息子だけではなく、何なら他人にだって優しいヤツだったんです。息子の隆太郎は、兎に角頭の良いヤツなんです。物理とか、生命科学っていうのかな?そういうのが強いヤツで、アッと、数学、隆太郎は何せ、数学、数学でした。俺なんて、チンプンカンプンで、全く何をやってるのか、分からねえような事をスラスラと解きやがる。それに、ヤツは、語学ですね。英語はペラペラなんすけどね。後の勉強に必要だからって言って、ドイツ語まで学びだしてね。「ドイツ、終わったらフランスだ」なんて、生意気な事言いやがるから「お前、一人でヨーロッパ一周する気か?」って、言い返してやったんですよ。いけねえ、横道逸れっちまった。統領様、そんな訳で、俺の妻の美佐代、息子の隆太郎は、俺なんかよりよっぽど価値があるニンゲンなんだ。だから、お願いだ、俺はどうなってもいいから、美佐代と隆太郎を復活させてやってくれ。後生です。どうか、どうか、願いを聞いてください。」
「峰尾美佐代と峰夫隆太郎が、如何に価値があるニンゲンなのかはよく分かった。よかろう、君の願いを聞き入れよう。準備ができ次第、君の記憶をデリートして、息子の記憶を移植しよう。更に奥さんの美佐代の記憶は脳を冷凍保存する事にする。これでいいかな?」
「ありがとうございます、統領。ご恩は一生忘れません。」