【連載小説】サキヨミ #19
目が覚めても、まだオフホワイトの世界だった。
まだではない、ずっとだった。昼なのか、夜なのか全く分からない。
その違和感を僕はもう感じなくなった。すっかりサキヨミの世界に自分が同調できているようだ。
時間の速さはまだ感じない。そりゃそうだ。全く変わらないオフホワイトの室内で、窓もなくどこからが天井でどこからが壁なのかが分からない部屋。
そもそもこの部屋に天井や床、壁などの概念があるのかでさえ分からないし、ひょっとしたら、ここは立方体や長方体のような四角い空間ではないのかもしれない。
天地だってあやふやだ。僕が今見上げているのが天井だとは言い切れない。でも、床?床って事はないだろう…こんな空間はメニエール病を持っている人には耐えられない事だけは間違いない。きっと、目が回り続けるだろうから。
起きてからこんな事を考えてるのは、どうなんだろう?
同調できてると自分だけが思い込んでいるだけで、まだまだ馴染んでいない証左じゃないかと思い始めた。
「目覚めたかい?」と、ボーが訊いてきた。ボーはいつも見えないところからいきなり顔を見せて話しかけてくる。その度に僕はドキッとする。
「ああ」今回はドギマギ感を見せずに返答出来た。
「じゃあ出かけよう」
「どこへ?」
「展望室だよ」
「あっ、ああ、以前たんぽぽを見つけたところだね。ボットの製造工場の候補地を見るのかい?」
「いや、統領達にばれないようにして、既存のボット工場で、この作業用のボットはサッと作ってしまったんだ。これからそれのチェックを始める」
「チェック?何が始まるんだ?」
「その作業用のボット二体の試運転さ。今、ラボで最終調整中のようだから、もうすぐ工場の外に出てくる。その動きをまず確認して、アジャストできそうなら、それぞれのボットに僕らのイシキの伝達を行う。」
「その後は、僕らのイシキがボットをコントロールする訳だ。」
「そう」
「じゃあ展望室へ移ろう」
瞬時に場所が展望室に変わった。
移動しているのではない。ステージが変わるのだ。
その感じにも僕はまだ慣れない。着いた場所で少しだけ吐き気がする。乗り物酔いの症状だ。
ボーは既に展望室のコンソールの前に座り、キーボードを叩き、マイクで色んな指示を出している。そう、ここは、スペースとリアル地球の地表面をつなぐ場所だから、スペースやサキヨミのように、何でも簡単にはできない。イシキ化されてない「野良」のボットを動かすには、具体的な指示が必要で、指令はPCからしか出せない。念じても届かない。
だから、ボーは僕でもよく見た事がある操作で、ボットを出動させる準備をしている。
工場のシャッターが開いた。二体の人型ボットが、ゆっくりと出てきた。二足歩行ではなく、大きな車輪のような足が放射線状に何本もある形をしており、車輪は滑らかに動くため、進行はスムーズなように見えた。
一体は、ニンゲンの腕の形をしているが、もう一体は肘が逆に曲がる形になっており、カマキリのようだ。
「腕がニンゲンと同じ形をしている方が君のボットだ。リューというニックネームをつけている。リューは隆太郎のリューだ。そして、カマキリ型のボットは僕だ。ボーという名前だ」
「変だなあ、お母さんに先にボーと呼ばれてたのは僕の方だよ」
「それは分かっているのだが、便宜上仕方なかったのだ。まずはこの二体をコントローラーで操縦するやり方を教える。君もコンソールに座ってくれ。」
「分かった。」
僕が座ると、VRゴーグルを被され、手にはグローブをはめられた。
「ボットは、イシキでコントロールするのが基本なんだが、不測の事態に備えて、まずはコントローラーによる操縦の仕方を覚えてもらう。その後、リューに君のイシキの転送を行う。」
「転送するのは今日?」
「いや、今日はコントローラーだけだ。それでボットの動きのシンクロ度も見ないといけないし、どれぐらい正確な動きができるのかも見ないといけないから。」
「なるほど」
僕らは、二体のボットを工場の中に戻し、実際の動きに則したチェックを重ねていった。
これがなかなか難しい事はすぐに分かった。
習得には時間がかかりそうだ。ここは焦ってはいけない。
本番でミスは許されないからだ。