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【連載小説】六浦敏郎 ラーメン屋の店主になる ⑩
小松の大将以外は、全員チャーハンをお代わりした。
私が昼からこんなに食べるのは珍しい事だ。
店の電話が鳴った。
私が出た。迂闊にもげっぷが出た。
「うっぷ、か、川田屋ですが…」
「大丈夫ですか?安曇野の川九ですが、あなた、六浦さんですか?」
「失礼しました…そう、六浦です。そちらは栄一郎さん?」
「そうです。この度は、栄次郎の嫁さんと息子の諒太が色々とお世話になったようです。すいませんでした。私からもお礼申し上げます。ありがとうございました。」
「いや、それはたまたまなんで、お気になさらないで下さい。それで早速なんですが、今こちらになる味噌は壺に1/5ほど入ってるんですが、追加の分はそちらから送っていただけるのですか?」
「ああ、送りますよ。すぐに欲しいですか?」
「ええ、出来ましたら、来週前半には欲しいです。」
「じゃあ、明日宅配便で送るようにします。明日は日曜日なので、月曜日には着くように手配しましょう。それでいいですか?」
「ええ、因みに信州味噌と白味噌と両方がありますが、両方とも送っていただけますよね?」
「ええ、いつも両方を同時に送ってます」
「紗季代さんから聞きましたが、そちらで白味噌も特別に作ってあげてるのだとか?」
「そうです。栄次郎が「どうしても」って、言ってきたんでね。私が京都の味噌蔵まで行って、製法を学びました」
「そこまで…」
「いやあ、単なる私の興味本位ですよ。後は何かありますか?」
「そうそう、一つお聞きしたかったのは、この二つの味噌をどんな割合で使っていたか、栄一郎さんは分かりますか?」
「それは簡単です。1:1ですよ」
「ええ、そうなんですか?」
「そう、1:1に間違いありません。栄次郎からの味噌の発注はいつも二つ同時でしたから…それじゃ、何かマズいですか?」
「いや、何もマズくはないんですが、ただ、それだと、ここのメニューの写真にあるような信州味噌らしい茶色のスープにならないんですよ。白が勝っちゃって…どうしても白っぽくなるんです。だから、6:4なのかと思ってました」
「いや、それは違いますね。それだと、信州味噌の方が無くなるのが早くなってしまいますから…」
「分かりました。じゃあもうちょっと考えます。」
「すいません、ご厄介をお掛けします。後、六浦さん、ご存じじゃないと思いますんで、先にお伝えしとくと、そっちにある壺の味噌が両方ともなくなったら、壺はこっちに送り返して下さい。洗わなくて結構です。そのままの状態で宅配便で送って下さい」
「分かりました。なくなり次第、送り返すようにします。」
「宜しくお願いします。後、六浦さん…」
「何でしょう?」
「栄次郎の、栄次郎のラーメンを是非とも復活させて下さい。私からもお願いします。何卒宜しくお願いします。」
「分かりました。できる限りの事をします」
「ありがとうございます」
電話を切った。
振り向くと、客席では小松屋の大将を囲むようにして、みんなが談笑していた。
私はみんなに向かって言った。
「今日は初日なので、色々と試行錯誤があったんですが、やっとちょっと、スープの事が分かり始めてきたんで、一度作ってみるから、スープだけ味見してもらえないですか?但し、鳥ガラは普通の2倍近くも煮てるんで、ちょっと違うかもしれないんですが…でも、この段階で川田屋のスープとどれぐらい違うのかを知りたいんです」
大杉が言った。「ありがたいなあ…小松屋のチャーハンの後で、川田屋のスープが飲めるなんて、まるで夢のコラボですよ。是非とも味見したいです。」
「俺も味見します。俺だって、栄次郎が生きてるうちは週三で、昼食いに来てましたからねえ。夜だってよく来てたんで…」 と菅原が負けじと言った。
「俺は、さっきも言ったが全部で十回ほどしか食ってねえけどな。まあ、味見なら任せとけ」と小松屋の大将が言うと、「私は食べた事ないんだけど、味見はするわ」と愛美が言った。
「じゃあ、作ってみる」私は厨房に入った。
「おう、手伝おうかい?」と小松屋の大将が言うと、「いや、企業秘密ですので…」と私が言い、断った。
私は厨房に入り、節の寸胴を温め直し、鳥ガラの方はとろ火にした。
大将がTVのチャンネルを変えた。ジャイアンツ対スワローズをやっており、5対3でジャイアンツが勝っていた。大将はクサった。
それを見て、菅原が言った。「親父さん、未だにジャイアンツ嫌いっすか?」
「当たり前よ!俺は、根っからのトラキチやんけ!」
「相変わらずだなあ…」
節の出汁が沸いた。私は丼を5つ用意して、その中にスクーパーで白味噌と信州味噌を一杯ずつ入れた。そこへ鶏ガラ6:4節になるように出汁を注ぎ、菜箸でかき混ぜていった。
味噌ラーメンのスープが出来た。
みんなに手渡しした。
小松屋の大将が、まず一口飲んだ。
みんな固唾を飲んで見守った。
大将が言った。「違えな…」
琢朗が飲んだ。「辛いか?いや、何だろう、上手く言えないが確かに違うような気がします」
菅原が飲んだ「そう、確かに違う…辛いって言うか、濃いって言うか…」
「そうなんだよ、味がな、尖っちゃってんだ。とんがりコーンなんだよ。辛いって言うかな、信州味噌の辛さみたいなもんが、出ちまってる。川田屋の味噌ラーメンはもっと優しい味噌味なんだよなあ…」
「分かりました。今日はこれぐらいにしておきます。明日、ちゃんとした製法で出汁をとって、味噌の配合なんかも考え直して、またチャレンジしてみます。また、明日、昼過ぎに味見にいらして下さい。大杉君にはもう頼んでありますが、小松屋さんも菅原さんも出来ればお願いしたいのですが、如何でしょうか?」
「俺は、店閉めちゃってるから、どうせ暇なんで、明日も来るよ。明日はちゃんと俺の中華鍋を持ってきて、もっとチャーハンを作ってやるからな」
「ええ、じゃあ、明日も小松屋のチャーハンが食えるんっすか?じゃあ、俺も来ますよ。店が忙しかったら時間は分かんねえけど…今日だって、お袋はカンカンなんでもう帰らねえといけないんで…そんな事で、俺はもう帰ります」
「じゃあ、僕もお暇します。僕は自分の家に帰るだけですけど、アルゼンチンから帰ってきて、まだ部屋に段ボールが山積みになってるんで…明日また来ます」
「じゃあ、俺も帰るかな。ここじゃあ阪神戦が見れねえからな。俺んちでスカパーで阪神戦見るよ。また明日な」
そう言って、三人は同時に出て行った。
「じゃあ、私も…」
「いや、愛美はいてくれ。片づけを手伝ってくれ」
「やっぱりい…」
愛美は片付けが苦手だし、中でも皿洗いは大の苦手だ…