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【連載小説】恋愛 #11

結局、この日は散々だった。
一般入場のため、ろくな台を取る事が出来ず、何も見せ場がないまま、投資だけがかさみ、大負けしてしまった。
この対戦番組は、10人のパチスロライターの精鋭がリーグ戦を行い、上位4人がトーナメント戦をやって、優勝者を決めるものだ。
今日はその初戦だったのだが、マジカは大きなマイナススタートとなり、上位進出にいきなり黄色信号を灯してしまったのだ。
優勝賞金は30万円でまあまあ大きいのだが、それ以上に「この対戦の優勝者という肩書」の方が大きくて、この肩書がつくと、業界の中でそれなりのステイタスが得られる。それだけにマジカはこの対戦に賭けてきたと言ってもいい。
しかし、今日の敗戦は痛い。次戦でものすごく大勝ちしなければ取り返せない。
 
収録が全部終わって、マジカは帰りのロケバスに乗った。
どうにも切り替えができないので、マジカはバスの一番後ろの隅に座り、タオルハンカチを顔に載せ、寝ているふりをした。
バスが動き出した。マジカは隣に誰かが来た事を感じた。
いきなりハンカチが取られた。
「起きろよ!」と言われた。目を開けると、今日の対戦相手だった大橋万次郎がいた。
大橋は、業界のトップを走る先輩ライターで、マジカは尊敬している存在だ。
大橋は普段は自分で車を運転してくる事が多いので、まさかバスに乗っているとは思わなかった。
マジカは慌てて「あっ、大橋さん、おはようございます」と、大橋に挨拶した。
「おはようじゃねえんだよ。もう夕方だ、バカ野郎。おめえ、今日、新幹線か?」
「ええ、東京に帰ります。明日埼玉なんで…」
「埼玉、どこだ?」
「浦和っす」
「じゃあ近えな。今晩、俺に付き合え」
「酒っすか?」
「当たりめえだ、バカ野郎。東京着いたら直行すんぞ。いいな?」
一瞬、どうしようかと迷った。しかし、大橋の真面目な眼を見て、断れない事を悟った。
だから一言、「OKです」と言った。
 
大橋は元いた自分の席へと戻っていった。
マジカはまたハンカチを顔に置いて、寝たふりをした。
 
新幹線ではマジカは一人になった。
忙しい大橋は、車内でもメール仕事や別媒体との打ち合わせがあるからだ。
夕方ののぞみだが、出張帰りのサラリーマンが乗るには少し時間が早いようで、車両の6割ほどしか客はいなかった。
 
マジカは、二人掛け席の窓側で一人で乗る事が出来た。
名古屋から一人だから、新横浜までは一人で座ってられるし、新横浜から乗る人はいないだろうから、降りる品川までも一人で快適に座って帰れる。
マジカはフルリクライニングにして、寝ようと思った。
昨夜は本当に寝られなかった。
相変わらず、スマホは気になっていたが、アミからのメールは届かなかった。
ここまで届かないと、マジカの心には少しだけ諦めの感情が湧いてきていた。
諦めると楽だ。気にしなくていいようになる。
そんな事を考えてると、マジカは寝てしまった。
 
 
品川に着くと、ホームで大橋と合流した。
そのまま山手線に乗り替え、大久保で降りた。
新宿から大久保にかけてのエリアは、大橋のホームグランドで馴染みの店が沢山ある。
大橋は「肉を食おう」とマジカに言い、韓国家庭料理店に二人で入っていった。
 
店には大橋がよく使う個室に通された。
この店では色んな種類の韓国料理が食べられるのだが、大橋はここの焼肉がお気に入りで、それを知ってる店主は、個室のテーブルにすでにガスコンロをセットしてくれていた。
何も頼んでいないのだが、前菜が沢山小皿で運ばれてきた。そして、生ビールの中ジョッキが二人に渡された。
キンキンに冷えて、汗をかいているビールジョッキを持った途端、マジカは喉の渇きを覚えた。
「まあ、取り敢えず乾杯」と、大橋がジョッキを掲げたので、マジカも「乾杯」と言い、大橋のジョッキの下側に自分のジョッキを当てて、飲んだ。一気に半分がなくなった。やっぱり酒の味がしなかった。
「おいおい行くねえ」
「いや、喉が渇いてたものですから」
「でも何だなあ。今日のお前だと、カンパイは「乾杯」ではなくって、「完敗」だな?」
「いや、そんなんでうまい事言わんでいいですよ。もう、全く面目ない事です」
「でも、マジで勝てんなあ…マジカ、どうしたんだ?何があったんだよ?」
「いや、ここんとこ、単純に引き弱なだけですよ。ホント、何やっても裏目裏目で…」
「引きかあ、それは仕方ねえよなあ…引きは運だからなあ。そればっかりは浮いてくるのを待つしかねえよな。でもな、今日はどうしたんだい、遅刻するなんてさあ、しかも、電車とかの性じゃなくって、単純に寝坊だって聞いたぜ。全くお前らしくもないじゃねえか?」
「すんません、今日はご迷惑をお掛けしました…」
「迷惑なんて、いいんだよ。おい、マジカ、どんどん肉載せろ。まずは食おうぜ」
「ハイ」
マジカは肉を焼き始めた。
大橋は、ビールのお代わりを頼んだ。マジカも一緒に頼んだ。
 
 
大橋につられて、業界の世間話やバカ話をしながら肉をたらふく食い、ビールを4杯とマッコリを何杯か飲むと、マジカは「流石にもう何も入らない」という気分になった。
すると、ウェイトレスがやってきて、大橋とマジカの前に小さな冷麺を置いた。
「ここの冷麺、美味いんだ。小盛りだから食えるよ」と大橋が言った。
マジカはもう無理と思ったのだが、一口食ってみた。すると、あっさりしてるし、酢を足さなくても少し酸味があり美味かった。しかも、大橋が言う通り小盛りで麺の量が少なくて、ぺろりと完食してしまった。
最後に熱いお茶と柚子のシャーベットが出てきた。
お茶が浸みた。
良い酔い覚ましになるような気がしたし、胃の消化を助けてくれてる感じがした。
実際のところは、これだけ飲んでても、マジカは酔った感じはなかったのだが、それでもお茶は気分を変えてくれるような気がした。
マジカが急須からお茶を足していると、大橋が話し始めた。
「マジカ、お前、何悩んでる?」
「いや、悩んでなんかないっすよ」
「俺に嘘つくなよ。俺が分からねえとでも思ってるのか?舐めてもらっちゃ困るぜ。なあマジカ、俺もさあ、お前に相談があるんだよ。だから、その前にお前の悩み、話しちまえよ」
「相談って、何すか?」
「悪い話じゃねえよ。だから、まずは話してみなって」
「えっええ、じゃあ、俺どうにもファンっていう子に惚れっちまったみたいで…」
「何だそれ?ファンって、どこの子だ?もう食っちまったのか?」
「食うって、そんな…まだ、ファンレター貰って、一回ずつメールのやり取りをしただけですよ」
「何だそれ?中学生じゃねえんだぞ。それで惚れただと?どういう事なんだ?」
マジカは、アミから急に手紙を渡された事、アミは大学生だと言ってて、自分よりだいぶ若い可愛い女性だった事、手紙には携帯番号が書いてあった事、その行為自体を怪しみながらもマジカはアミにショートメールを打った事。そして、そのメールに返信があったのだが、バイトが忙しいらしくて、明日ゆっくり話そうねと言われた事、その明日というのが昨日で、昨日一日中、アミからのメールを待ったが、来なかった事。メールが来なくて気が狂いそうになり、昨夜は寝れなかった事を大橋に話した。
「マジか…あっ、いや、これは本当のマジかの方で…マジカ、そいつは恋だぜ」
「やっぱそうっすかあ…こんなんで恋って、思うんすけどね。でも俺もそう思うんすよね」
「ああ、間違いない。それは恋だ。お前、夏休みはいつから取ってんだ?」
「来週火曜日から4日間取ってます」
「じゃあ高松行ってこい。俺が金を出してやる、というか、俺のチャンネルで高松の仕事作ってやるから、行ってこい。詳しい話は明日、うちの花木から連絡させるから」
大橋は大御所だけあって、すごく人気のある自前のチャンネルを持っている。花木とは、そのチャンネルの編成責任者の事だ。
「いいんすか?出張扱いで?」
「ああ、このタイミングで番組は流石に難しいけど、来店なら最悪行けるだろう。もしそれが無理でも、リサーチとかの名目でもいいよ。兎に角、そのアミって子に直接会って、きちんと確かめて来いよ。じゃないとな、俺も困るから」
「えっ?何で大橋さんが困るんすか?」
「いや、俺からも話があるって言ったろう。マジカ、相談なんだが、10月から俺のチャンネルで番組やらねえか?」
「ええ?いいんですか、俺で?俺今落ち目なのに…」
「大丈夫だよ、自信を持てって。それにその番組は俺も一緒に出るから、後、女性ライターも一人入れて、三人でやる番組にしようと思ってるから。で、いいな、出演してくれるって事で?」
「勿論です。やらせてもらいます」
「よし、じゃあ今日はその前祝で、パーっといこう。カラオケ行くぞ」
「分かりました」
二人は韓国料理屋を出て、大橋の馴染みのスナックへ行った。
 
何も解決してないし、何も起きてないのだが、マジカの心は軽く、楽しい気分になっていた。


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