【連載小説】ただ恋をしただけ ④
〇〇〇
歌舞伎町から新宿駅へ向かう道すがら、僕はずっと彼女の事を考えてた。
それは京王線に乗ってからも同じで、僕はずっと彼女の事を考えてた。
よく分かってないのだが、人によっては、ひょっとしたら今日僕が経験した事は、感じが悪いものなのかもしれない。
でも僕には、そんな感じは一切残ってなかった。
ただ、彼女の美しさが頭に残り、ずっと話さない感じとか、たまに話してきたなと思ったら、こっちが期待するような話の内容ではなくて、なんかピントがずれてるというか、そんな事ばかりを考えてた。
笹塚に着き、僕は電車を降りた。ここから10分ほど南へ進めば、僕の住むマンションがある。
僕は途中のコンビニで、缶酎ハイを三本と、からあげくんと、ポテチを買った。
僕は普段は自分の部屋で飲んだりしないのだが、今日に限っては飲まずに寝れないんじゃないかという、予感があった。
だから、それだけ買って家に帰った。
部屋に入ると、僕はすぐにベランダに面した大きな窓を開けた。僕の部屋は6階で、秋ならもう窓を開ければ涼しい風が入ってくるのだが、9月なのに今晩もどうやら熱帯夜っぽくって、窓を開けても涼しい風は通らなかった。
だから僕はすぐに窓を閉め、エアコンをつけた。
そして、バッグの中の洗濯物を出し、着ている服を脱ぎ、シャワーを浴びた。
シャワーから出てくると、部屋は冷えていた。
僕は部屋着のTシャツと短パンを着て、ドライヤーで髪を乾かした。
その時、彼女の長い髪から香ってきたサンダルウッドのような香りを思い出した。
あんな香りが髪から香ってくるのは初めてだ。
もう悟った。
僕は一発で彼女に恋をした。
でも、残念ながら、僕は彼女の連絡先も何も聞かなかった。
もう一回、ラッシュの品川駅へ行き、彼女とバッタリ出くわすのを待つしかないのか?
いや、そんな奇跡的な再会は期待できないだろう…
ああよかった。酒を買ってきておいて。
三本も飲めば、流石に酔って、今晩は寝られるだろう…
もし、足りなければ、もっと買ってくればいい。
そう思って、僕は一缶目のプルトップを開けた。
〇〇〇
500mℓ缶の酎ハイを三本も飲めば、狙い通り酔っ払い寝れた。
ぐっすりと熟睡したので、何も夢を見なかった。
ぐっすりと寝たと言ったが、ちょっと寝過ぎなぐらいだった。
普段ならなんやかんやで、大体朝4時起きとかで、始発の電車で新宿へ出て、そのままオフィスへ行く感じなのに、今朝は8時に起きた。
昨日までの大阪出張の後なので、今日の僕は朝から出て行かなければならない現場は割り当てられておらず、10時までに事務所へ行けばよかったからだ。
僕は身支度をして、8時ちょっと過ぎには部屋を出た。駅中のカフェでモーニングを食べてから、西新宿にある僕の勤めてる会社へ向かった。
会社には10時前に着いた。
ウチの会社は西新宿とは言ったが、決して副都心にある高層ビルの中にはなく、駅から少し歩いたところにある小さな雑居ビルの9階にある小さな会社だ。
オフィスには、デスクのミキさんもいなかった。
何という不用心…
まあ、この会社ではよくある事だ。
ミキさんがいないとなると、こんな時間のうちの会社に人がいる訳がない。
うちの会社は社名をGオフィスといい、社長の萩田さんと、ずっと萩田さんと一緒にやってきた北川さん、そして、僕の先輩格に当たる藤堂さん、それに僕、そして、アシスタントの契約社員たちとデスクをやってる萩田さんの奥さんのミキさん、合計9人の小さい会社だ。
この会社の仕事は、萩田さんが作ったTVのバラエティ専門のカメラマンを派遣する事で、萩田さん、北川さん、藤堂さん、そして僕は正カメラマンで、それぞれに一人ずつ契約社員のアシスタントがついている。
何故、Gオフィスというかと言うと、萩田さんの下の名前が賀次郎で、制作業界の中ではみんな萩田さんの事を「ガジさん」と呼ぶからだ。
僕は今日は午後からスタジオ収録のカメラマンとして渋谷に行く予定なので、アシスタントの真澄君もまだ来ていない。
「あら、おはよう。風岡君」そう言いながら、ミキさんがオフィスの奥の倉庫から出てきた。
「おはようっす。ミキさん、倉庫にいたんすか?不用心すよ。正面のドア、鍵かけとかないと…」
「そんな、大丈夫よ。こんな会社に泥棒なんて入る訳ないじゃん。ガジさんがさあ、今日の夜、冷凍車のコンテナの中で急きょ撮影になったって言ってきて、倉庫でダウンを探してたの。あっ、そうそう、風岡君、悪いけど、今日の午後からの現場、急きょバラされたらしいわ。でね、ガジさんがもうじき、一旦オフィスに戻ってくるって。あなたに別の現場に行ってもらいたいみたいよ」
「えっ?バラシっすか?何でなんだろう?」
「何かねえ…バラエティのロケ、減ってんだよねえ…ウチは制作全般を請け負ってる訳じゃないからねえ…色々厳しんだよ」
「そうなんですねえ。じゃあ僕はオフィスで待機っすか?」
「そうね。ガジさんが14時までには帰ってくるって言ってきてるから、それまでは待機かなあ。」
「じゃあ僕ちょっと出かけてもいいっすか?14時には戻りますんで」
「いいけど、どこへ行くの?」
「ちょっと次の仕事に役立つかもって思ってる事を見つけてて。ロケハンに行きたいんっすよ。14時までには戻りますんで」
「分かったわ。ガジさんが早くなるようなら、そっちに電話してもらうようにするからね」
「分かりました。じゃあ行ってきます」
僕は会社を出て、そのまま新宿駅を目指した。僕は品川へ行こうと思った。