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【連載小説】ただ恋をしただけ ⑬(最終話)
〇〇〇
すぐに彼女は戻ってきた。
引き締まった顔をしており、瞳は何らかの決意を思わせるような輝きをしていた。
「ねえペイさん、お願いがあるんですけど…」
「何?福岡まで送るのは約束したから守るよ。もう出よう」
「そうじゃなくて、今私17,000枚ちょっと持ってるでしょう。で、今は9時前だから、ひょっとしたらコンプリートの19,000枚が達成できるかもしれないの」
「でも、今は通常時だろう?これからまたすぐに当たって、上位のATに入れられるなんて、何の保証もないじゃないか?ただ出玉を減らす一方なんじゃない?今日は大勝ちしたんだから、それで良しとしたらどうだい?」
「違うの。パチスロ演者としてはそれじゃダメなの。今後何回あるか分からないコンプリートのチャンスなの。私の引きじゃあ、最初で最後のチャンスかもしれない。だから、お願いだから、私にコンプリートさせて下さい。お願いします!私、今日勝って、コンプリートして、自分の運命を切り拓きたいの。だから、お願い!」
時間の事があった。
流石に郡山から福岡は遠い。
だからちょっとでも早く出た方がいいと思ってる。
本当に俺はこれから福岡まで走るのか?
いきがかり上、そんな事をうっかり約束してしまったが、俺はまだ今日これからロケ車で福岡に行く事を会社には連絡していない。
車自体は、明後日までは多分大丈夫な筈で、幸い僕も明日は仕事の予定は入ってない。
だが、ガジさんに何と言って説明すれば良いのかが分からないので、まだ会社に電話できずにいる。
もう一度彼女の瞳を見た。
彼女は瞳から、僕の目を射貫く光線を発しているかのようだ。
そんな事はあり得ないんだが、僕はその光線に脳をやられたような気になった。
「分かった」
「ありがとう!」
彼女はまた台の前に座り、カメラに向かって話し始めた。
「現在、時刻は8時58分です。閉店までは後2時間を切ってるんですが、持ち玉は17,700枚ほどあり、コンプリートまでは後1,300枚まで来ております。もう通常時なので可能性は低いのですが、カメラマンのペイさんが許してくれたので、これからまたコンプリートを目指していきたいと思います。いいですね、ペイさん?」
「いいですよ、ナナさん、頑張って!」
彼女は再びレバーを叩いた。
奇跡が起きた。
まだ、引き戻し高確率中は終わってなかった。
彼女は1ゲーム数え間違いしていたようだ。
彼女はボタンを押した。
第一リール、何もなし
第二リール、何もなし
そして、運命の第三リール、
ブラックアウトした!
彼女のATは終わってなかった。
画面がプチュンと消えた時、彼女は「うわああおおおお」と、大声を出し、飛び上がって僕に抱きついた!
「ペイさん、私、やった、やった、やった!」
「ああやったねえ。でも、気を抜かないで。まだ、連チャンが終わってなかっただけだから」
「ああそうね。次で終わる事もあるもんね」
「そう、だから、早く回そう」
「分かった」
「いつまで抱き合ってるんだい?そいつはナナちゃんの彼氏?」
「うわあ」
いつの間にか、僕らの周りに20人ぐらいのお客さんが集まっていた。
その中の一人の楽天イーグルスの帽子をかぶったおじいさんが、僕らに話しかけてきたのだ。
平日の夜9時過ぎのパチンコ店。しかも、台風の影響で外の天候は不安定。
勿論、そんな時間まで残って遊戯してる客は少ないのに、その少ない客が彼女が出した大声をきっかけに集まってきたようだ。
「もう後1,000枚ちょっとでコンプリートじゃねえか?ナナちゃん、頑張れ!」イーグルスの帽子のおじいちゃんが言った。
「頑張ります!」
彼女はまたレバーを叩き始めた。
10連チャンして、持ち出玉が18,000枚を超えたところで、またもピンチが訪れた。
1ゲーム目、ブラックアウトしなかった。
2ゲーム目、ブラックアウトしなかった。
後は、最後の3ゲームだけだ。
彼女の手が止まった。というか、手が震えてた。
彼女は動かない。
「どうしたんだい?」僕が背中から声をかけた。
「叩けない…」
「レバー?」
「こんな大事なレバー、誰が叩けるって言うの?私は無理」
「何言ってるんだ?君が叩かなくて、誰が叩くんだ?君は運命切り拓くんだろう?」
「そう…」
「人生賭けてるんだろう?」
「そう…」
「声が小さいなあ?人生賭けてるんだろう?」
「賭けてる!」
「OK!それぐらいの声が出るなら大丈夫だ!さあ叩け!」
「うん、いきます!」
彼女はレバーを叩いた。同時に画面がブラックアウトした。
それから10分ぐらいで彼女は無事にコンプリートを達成した。
彼女は後ろで見守ってくれてた客にもみくちゃにされた。
客たちは、いっせいにコンプリート画面と彼女が一緒に写る写真を撮り始めた。
僕は店の隅へと移動し、ガジさんへ電話をかけた。
ガジさんはすぐに出てくれた。
そして、僕はこれからロケ車を使って、新倉ナナを福岡まで運ばなければならなくなった事を説明した。
僕が話してる間中、ガジさんは口を挟まずに僕の説明を聞いてくれた。その上で、ガジさんは質問をしてきた。
「実戦が長引いて、お前が福岡まで連れて行かなければならなくなった事は分かったよ。でも、明日の新倉さんの現場はウチは全く関係ない現場なんだろう?」
「ええ、そうです。ですから、車は使いますが、高速代とガソリン代は僕が持ちますので、お願いですから、許して下さい」
「許すも何も…その車は明日は予定がないから明後日までに戻してくれたらいいんだけどな。でも、何でお前がそこまでやる事になってしまったんだ?ひょっとしてお前、何か大きなポカをやってしまったのか?」
「いや、ポカだなんてそんな、何もやってませんよ。ただ…」
「ただ?」
「ただ、僕が彼女に恋しただけです」
「ん?… 恋かあ…じゃあ、しゃーねえな…」
了