【創作大賞2024応募作ファンタジー小説部門】カザン #1
【あらすじ】
僕はサカキ。2020年に大学に入ったばかりの1年生だ。
2020年はコロナ禍の真っ最中で、東京には非常事態宣言が出ており、憧れを抱いていたキャンパスライフとはおよそかけ離れた寂しい生活を続けていた。そんなある日、僕にある出来事が起きた。
【本編】
2020年5月
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2020年5月
僕はどうしようもなく暇だった。
新型コロナウィルスの性で東京は緊急事態宣言を受け、事実上の都市封鎖状況だったからだ。
入ったばかりの大学も入学式すら行われず、一度も建物の中に入った事はない。
外に出かけることが悪い事のように連日TVで報道されている中で、弁当をコンビニに買いに行く以外は、1ルームマンションの玄関を出る事もなかった。
仕送りだけでは心もとないのでアルバイトをしたいのだが、それも今は難しい。
最先端のICTを学ぶために、僕は二浪してまで東京の志望校を目指した。ITで世界を変えてやる!本気でそう思っていた。
ようやく合格し、早々と3月下旬にこのマンションを見つけて上京してきた。それなのに今は、大学に通う事はおろか、部屋を出る事ですらできない。
僕は、新型コロナにかかってしまった人が多くなり始める頃、こんなに長引くとは思ってなかった。インフルエンザの延長線上である一過性の流行だと思っていた。
しかし、世界中で流行している事が報道され、名だたる細菌学者や医療関係者が、収束するまで数年かかるという発言をしている事や、治療薬の開発まで時間がかかるというニュースを見ているうちに、どんどん気持ちが萎え、別にそんな風になる必要はないのだが、「諦めの気分」が僕の心の中で充満している。
4月になったが、大学の入学式は行われなかった。それどころか5月半ばの今の時点でも、僕は一度も大学の建物に入った事がなかった。
街から人がいなくなり、通りは閑散としている。
初めての東京ライフなのだが、外に出るのは食事を買いに、コンビニに行く時だけで、しかも僕のマンションから近いコンビニしか行かない。
この街には、まだ友達や知り合いもいない。
一人は暇だ。
僕は、最近夢中になっているゲームに熱中することで気を紛らせていた。
wonderful war world (WoWaWo)ワワワは、色んなステージのバトルフィールドで、自分のアバターが敵を倒すゲームだ。フィールドで様々な武器を調達できる。
フィールドには、他の人も戦っていて、共同で敵に立ち向かう事ができるし、更にその人にフレンド申請をして、チャットで話しながら共同作戦を実施する事もできるのだが、僕は敢えて「ソロ」で戦うようにしていた。その方が自分の好きなように動けるし、知らない他人とチャットで話すのは嫌いだからだ。
朝起きて、スマホでゲームを起動させる。買い置きしているスティックパンを3本とインスタントコーヒーで軽く朝飯をしながら戦い、食べた後、歯を磨きながら戦う。いや、歯を磨いている時は、中断しているか…でも、出来るだけ手を止めずにずっと戦い続ける。
髪をセットする時と、ひげをそり、グルーミングの時は時間がかかるので、ここでもゲームはいったん中止。
午前中は大学のオンライン授業で時間を取られる。オンラインとはいえ、自分も写るので髪のセットと顔のテカリを取ることは欠かせない。
少し午後遅めの時間に昼ご飯を買いにコンビニへ向かう。コンビニの弁当は大体食べ飽きてきているので、もう嫌なのだが、あまり遠くには行きたくないので、我慢している。
部屋に帰ってきて、弁当を食べながら、ゲームをまた始める。今日は油淋鶏とチャーハンの弁当だ。
午後はずっと、充電したままでゲームを続ける。
スマホの画面から目を上げると、窓の外が薄暗くなっていることに気づく。夕食は、たまに贅沢してウーバーイーツを頼む場合もある。
TVをつけ、夕方のニュースを見ながら、飯を食う。
報道は、コロナ一色だ。今日の感染者とか、コロナが経済にもたらす甚大な被害とか。大事な事なんだろうが、憂鬱になる。分かっているのに…
食べた後は本格的にゲームにのめりこむ。
フィールドを変えて。色々の武器を手に入れて。いつもこの時間にいる奴らとともに戦う場合もある。
撃ちまくり、叩き潰す。
何回も死に、何回もフィールドに復帰しながら、ずっと戦い続ける。
そして、やがて寝てしまう。
「ねえ」
「ねえ」
なんだ?誰が僕を呼んでいる?
「私を助けて、お願い。」
「助ける?誰を?」
「こんな場所、キライ。人が死んでばっかり」
「どこの事?」
「さっきまで、あなたがいたところ」
「それってどこ?」
「丘の上の壊れた別荘」
丘の上?別荘?
バチっと、目が覚めた!
スマホは、右手の近くで画面を暗くしていた。タップすると、すぐにゲームに入った。
丘の上の別荘。昨夜は少し呑み過ぎて、記憶が定かではない。マップを呼び出し、位置を確認した。
あっ、分かった。
僕が資材を調達するために、メチャメチャに壊した見晴らしの良いプール付きの豪華な建物があった。
それだ。
直行した。建物はほぼ全壊状態で残っていた。
壊した石壁から侵入した。
「やっと来てくれたのね」
チャットをしているわけではないのに、声がはっきりと聞こえた。
何故? キモいんだけど…
「早く扉を開けて、お願い」
「扉?どの?」
「どのドアかは、私には分からない。でも、こっちから押し開けようとしているんだけど、何かが邪魔してて開かないのよ」
何かがドアを塞いでいるのか。
早速、壊れた部屋を一つずつチェックしていった。
見つけた。多分これだ。
1階角の書斎に壁に大きなマホガニー色の書机がくっついていた。
「ここかな?」試しに呼び掛けてみた。
「そう、ここよ。早く邪魔なものを取り除いて、お願い」
ピッケルを出して、粉々に砕いた。
すると、壁に小さなドアがあった。
開けてみた。
開いた瞬間、眩しい閃光が中から飛び出してきた。
スマホの画面の真っ白になった。
光が落ち着くと、およそこのゲームのキャラクターにはない、コケティッシュなキャラクターが現れた。
可愛らしいピクサーのキャラクターのティーンエイジャーの女の子のアバターが目の前にいた。
不思議なことに、僕の目の前にいる感じがした。
僕もゲームのアバターになり、フィールドの中にいるようだ。
硝煙と爆弾が燃え尽きた匂いをかすかに感じる。
どうした?何が起きてる?
女の子が、僕に向かってくる。
「ありがとう、出してくれて」
声がきちんと聞こえる。イヤホンもしていないのに。
ますます混乱する。
「今は、何年?」
何年?「2020年」
「やった!やっと、成功した!私ね、2178年から来たの」
2178年!158年後!はあ?
「光回線は、時間軸を超えられるの。クラウドのおかげで侵入できたというわけ」
「よく、分からないんだけど」
「2178年に行ってみる?そしたら分かるわ」
「どうやって?」
「こうやって」
彼女は、僕の腕を取り、元来た扉の向こうへ引っ張り込んだ。