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【連載小説】サキヨミ #2

それにしても、全く覚えのない公園だった。
初めて来る、そう言っても過言ではないような気がした。
 
何時だろう?
真夜中のような感じがしない。
何故なら公園の周りの住宅や、マンションの灯りが煌々と明るいからだ。
 
僕は今、公園のベンチに座っている。
僕の前には、街の明かりが見え、その上には、半月があり、幾つかの星が輝いている。
郊外都市なのだろう。町の規模は中々に大きく、向こうには高速道路のオレンジの灯りが規則正しく輝いているのも見える。
 
この公園は、高台にあるのだ。それは理解した。
それにしてもこの公園ばかりか、この街も僕には見覚えのない。
 
僕の左側には、滑り台の階段がある。
この滑り台は、僕がいる高台の公園から、下へと滑り降りるもののようだ。
下は、どうなっているんだろう?僕は後で確認しようと思った。
 
僕の右側には砂場や、小学生ぐらいまでの子どもが遊ぶコンクリートの小さな滑り台がついた大きなヤドカリや、うんていや、登り棒を組み合わせたアスレチックっぽい鉄でできた遊具がある。
 
それらにも僕は見覚えがない。
 
知らない知らないと連発していても、今の状況は全く改善されないだろうと思ったので、僕はまず大きなヤドカリへ行ってみた。
ヤドカリは、土管のような空洞があり、その上に円錐形の角がいっぱい生えているコンクリートの造形物だ。
色は、何故だかペパーミントグリーンで、経年劣化でだいぶ剥げ落ちているように見えた。
 
僕は土管の中に潜ってみた。中には、子供の字で色々と落書きがあった。
落書きを一つ一つ丁寧に読んでみたが、やっぱり知らない落書きだけだった。
 
仕様がねえなあ…
 
僕は本当に途方に暮れた。
飲んでいたはずの焼酎が見当たらないのだ。
タバコも持っていない。
 
こんな不思議な状況で、どうして酒無しで過ごす事が出来ようか?
せめて、タバコは吸いたい。
 
でも、二つともない。
 
仕方なく僕は、座っていたベンチへと戻った。
 
それにしても、ここはどこだ?
 
暫く滞在していると、何となく見覚えがあるような気がしてきた。
しかし…
 
タバコ?
どうして、タバコなんて吸いたい?
俺はタバコなんて、吸ってきたのか?
吸った事ある?
分からない…
 
でも、今は無性に吸いたい。
 
大体、さっきまで飲んでいた焼酎のグラスは一体どこへ行ったんだ?
でも、だんだん酒の事は気にならなくなってきた。
 
ここは、寒いのか?
いや、寒くも暑くもない。
もっと言えば、気温を全く感じない。
風が吹かない。
身体の回りにある空気は、ヌルっとしていて、まるでエナメルがまとわりついているようだ。
 
スマホもなけりゃ、腕時計もない。
一体、今は何時何だ?
 
いや、そんな事よりここはどこだ?
 
僕は、もう一度、辺りをよく見回してみた。
アスレチックの遊具の向こうに、二人が乗れるブランコがあった。
黄色い鉄柱で支えられたブランコ…
 
左側に、ふとお母さんの幻影を見た。
お母さん…
 
お母さんは、膝の上に赤ちゃんだった僕を乗せて、小さくブランコを揺らしていた。
何かを歌っているが、声が小さいからか、それとも幻影だからか、僕の耳には届かない。
 
お母さん…
 
僕は、ブランコへと足を向けた。
 
バキューン!
 
暗い夜空に閃光が走った。
次に、大きな振動!
 
僕は爆風で身体を飛ばされた。
 
暫く地鳴りが続いたのち、静寂が戻ってきた。
 
僕は、地面に倒れ、目を閉じ、頭を両手で守った体勢でいたのだが、恐々、目を開けた。
すると、僕が座っていたベンチは粉々に吹っ飛んでいるのが見えた。
それどころか、ベンチがあったところには大きな穴が開いていた。
 
僕は、ブランコを見た。
お母さんはいなかった。
風のない街で、ブランコだけが揺れていた。
 
次の瞬間、僕は大きな暗闇に引っ張り込まれた。


 


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