【連載小説】夜は暗い ㉑
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頼んだ食べ物はすぐに届いた。
持ってきた警官曰く、この警察署の隣りに近隣一安全な事で有名なコンビニがあるそうだ。
そりゃそうだろう。警察署の隣りのコンビニに強盗に入る間抜けは、流石にいない。
食べ物を机に並べると、机の上が一杯になった。
よく見ると、頼んだもの以外にもコーラの2ℓペットボトルや、おにぎり、プリンやフルーツゼリーがあった。菓子パンや総菜パン、サンドウィッチもあった。
ケータ君はプリンを取り、食べ始めた。
食べながら、イクラとツナマヨのおにぎりを自分の手元に引き寄せた。
そして、「ここにあるの全部貰っていい?」と、私に訊いた。
「そんなに食えるのかい?」
「今、全部食べる訳じゃないよ。でも、お腹が空いてるからだいぶ食べるけどね。だってさあ、おにぎりもパンも美味しそうなんだもん。今まで食べたくても食べれなかったヤツもあるし…ここって、美香子さん来ないんだろう。だったら、何だって食べれるじゃん。それに、僕、一昨日の晩ごはんも食べてなかったから、本当にお腹空いてるんだ。だからいいでしょう?」
「えっ、じゃあ丸二日ぐらい何も食べてなかったのか…それなら腹が減るのは分かるよ。食べたいものを食べればいい。一つ訊いていいかな?美香子さんって、そんなに食べるものにうるさかったの?」
「美香子さんがうるさかった訳じゃないよ。ママが厳しいんだ」
「ママが?どんな風に?」
「ママは僕もお姉ちゃんもピアニストにしたいんだよ。それで、満腹だと神経が研ぎ澄まされないって言って、僕もお姉ちゃんもたくさん食べたらいけなくて…食べるもんも栄養バランスとか言って、何でも食べちゃいけなくて…だからさあ、僕らは基本コンビニとかで買い食いできないんだ。いつも友達とかが食べてるのを羨ましそうに見てるだけでね。さっき頼んだ、ドーナッツもピザまんも友達が食べてるのを見てて羨ましかったヤツで、今まで食べた事がないんだよ」
「そうか、それならみんな欲しくなるねえ。分かるよ。全部、君のものだから、慌てないでゆっくり食べなよ。でさあ、もうそろそろ話してもいいかな?」
「食べながらでいい?」
「ああいいよ。じゃあ、話すけど、一昨日、君は箱根湯本の駅の近くの家に行ったね」
「行った」
「どうして、あそこに行ったんだい?」
「分かった。最初から話すね」
「ああ、頼むよ」
「何日か前に僕、おじさんの事務所に行ったでしょう。薬売ってる人を見つけたいって言って」
「ああ、来たね」
「あの次の日もね、夕方に僕は新宿に来たんだ。それでね、見つけたんだよ、グリーン・クイーンを」
「グリーン・クイーン?緑色の服を着たゴスロリの事?それって、君がナイフで傷つけた君塚正治だろう?」
「そう、今のパパ」
「じゃあ君は君塚正治を探していたのか?」
「そう、今のパパを見つけたらお姉ちゃんは一緒にいると思って…」
「そうか、それで君はグリーン・クイーンをつけたんだ?それで、あの箱根湯本の家を見つけた?」
「そう」
「それなら、何でその時に家を訪ねなかったんだ?君は家を確認してからいったん帰っただろう?」
「それはそうさ。まさか、新宿でグリーン・クイーンと会えるとは思ってなかったんで、僕は何も準備してなかったんだ」
「準備って?」
「あの湖で僕が捕まった時に、僕もゴスロリのコスチューム着てたでしょう?あれを着ないとグリーン・クイーンは満足してくれないんだ。だから、その日は帰って、次の日に全部バッグに詰めて、それから行ったんだよ」
「満足するってどういう事?」
「お互いに薬を飲んでから、コスチュームを着たり、メイクをしたりして、キレイになっていくんだよ。それで、完璧にキレイになったら、お互いに褒め合うんだ。で、もっと薬を飲んで、一緒のベッドで寝る」
「寝る?」
「そう、寄り添って寝るだけ」
「セクシャルな事はしない?」
「グリーン・クイーンはやりたそうだったけど、僕が嫌だったんで、断ったんだ。お姉ちゃんとどうなのかは知らないけど…」
「それで?」
「最初に、今のパパがグリーン・クイーンだって気がついたのは、お姉ちゃんだったんだけど…お姉ちゃん、僕に黙ってて… でも、僕がおかしいと思っていたら、いつの間にかお姉ちゃんもゴスロリの格好をするようになってて、それでグリーン・クイーンと一緒にどこかに行って… でさあ、二人で停まりに行くようになって…お姉ちゃんに「どこ行ったの」って、訊くとさ、新宿とか横浜とか言って、「何、食べたの」って訊くと、焼肉とか、中華とか、寿司とか、美味しそうなもんばかり、二人きりで食べたって言うんだよ。美香子さんはさあ、今のパパには口出しできないから、やりたい放題で… 僕は家に残って… さっき言ったように、うちじゃあ、美香子さんが厳しいんで、夜ご飯もサラダとごはんだけとかばっかりだから… 僕、羨ましくなっちゃってね…」
「それで、君もゴスロリのコスチュームを着る事にしたのか?」
「そう」
「それで、どうして箱根湯本の家まで行ったんだ?お姉ちゃんが一人で良い思いしてるんじゃないかって、疑ってか?」
「まあそうだね」
「それで?」
「いつもならさ、僕は今のパパと一緒にベッドルームに入ってからコスチュームに着替えたり、メイクをしたりするんだけど、昨日は家の門のところで隠れられるところで服を着替えて、ピンポンを鳴らしたんだ。メイクはできなかったけど… びっくりさせようと思ってね。で、今のパパが出てきたんだけど、最初から様子がおかしくて… 僕のコスチューム姿を見て、すごく怯えたようになってて…」
「そう、君のコスチュームって、お姉ちゃんのヤツとお揃いなのかい?」
「まあそうだね。よく見ると微妙に違うんだけど、あまりよく分からないからね」
「それでどうしたんだい?」
「それがね、いきなりベッドへ行って、薬を飲まされて… その次はあの湖だったんだ」
「あのナイフは、君のものかい?」
「そう」
「何で、ナイフなんて持ってたんだい?」
「だって、今のパパは服を着替えて、薬を飲んで、グリーン・クイーンになったら、すぐに僕にキスしようとするのさ。それが僕は本当に嫌で… いつかベロを切ってやろうと思って持ってたんだ。そしたらキスできなくなるだろう?」
「まあ、そうだけど、それは感心しないな。人間はベロを切られると、下手すると死んじゃうんだぜ。死なずに済んだとしても、一生しゃべれなくなるかもしれないし…」
「しゃべれないんならいいじゃないか。あのヘンなお経を聞かなくて良くなるから」
「ダメだよ。人を傷つけたら君は刑務所に入れられるぞ」
「その方がいいかもしれない。そっちの食事の方が美味しいかもしれないからね。今だって、警察だけど、美味しそうなもんばっかあるし…さっき一生分のポテトも食ったし… ねえ、黒さん、僕、眠いんだけど」
「まあそうだろうな。満腹なんだね。よし分かった。じゃあ、後一つだけ質問だ。グリーン・クイーンは、お姉ちゃんの事を何か言ってたか?」
「うん」
「何て?」
「居場所は知らないって言ってたけど、ただ「あの娘は、私を裏切った」と言ってた」
「裏切った?そうか…」
ドアが開いた。
奥平が入ってきた。若い警官が後ろにいた。
警官は、テーブルの上の食べ物を集め、ビニール袋に詰め直した。そして、ケータ君は、その警官に促され、沢山の食べ物と一緒に部屋を出た。
奥平が残った。
「君塚正治に会ってもらえますかな?」と、私に訊いた。
「明日なら」と私は答えた。
今日はもう疲れた。
私は警察署を出て、少しだけ涼しく感じられる海から吹く夜風に当たりながら、駅前へ向かってぶらぶらと歩いた。
そして、目についたホテルに入り、部屋を一つ手に入れた。
キーだけもらい、私はまた外へ出た。
島野へ電話して、明日こっちに来てもらえるように頼んだ。
君塚正治に一人で会うのは億劫だったからだ。
彼女は、新鮮な魚料理を食わせる事とバーターで了承した。
私はそれを承諾し、明日私の部屋へ行き、着替えを選んで持って来てもらう事を頼んだ。
彼女は「お安い御用」と言って、電話を切った。
私は酒と美味い料理を食べようと歩いた。
小田原おでんにありつこうと思っていた。