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【連載小説】サキヨミ #7

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清々しい青空が見えた。
窓の外には、青芝が煌めいて見えた。
ここは競馬場だ。
 
僕らは貴賓席か何かの室内にいる。
救済者は、ラフな普段着で窓際に立っている。
「ちょっと、こっちに来てくれるかな?」
そう言われ、僕は救済者の右横に立った。
 
「下の観客席のさ、一番前の右端にいるベージュの作業着の人を見てくれ。」と救済者が言った。
僕は窓の下の観客席を見ると、人気のないレースなのか、人は少なく、従って、右側のベージュの作業着の男をすぐに見つける事ができた。
 
お父さんだ…
 
ウチの親父は、自分の工務店を持つ一応社長だった。
だけど、とにかく「飲む、打つ、買う」のうち、飲むと打つには全精力を傾ける人だった。
つまり、年中酒を飲み、あらゆるギャンブルに手を出すという事だ。
親父は、お母さんを愛していたらしく、女には興味を持たなかったようだが、とにかく飲んで、打った。
タバコを口から離した事がないほどのチェーンスモーカーで、いつも煙草を咥え、酒を飲み、ギャンブルに興じていた。仕事の腕は一流だったようで、仕事を絶やす事はなかったのだが、工事現場でもラジオの競馬中継は欠かさず聞き、自分の会社の若造に、場外馬券場に馬券を買いに走らせていたらしい。
 
あのベージュの男は間違いなく、親父だ。
 
「分かったかい?」
「何が?あれが僕の親父だという事かい?」
「いや、違う。君がここのところ酒を飲んだり、タバコが吸いたくなったりしてる理由さ。」
「ああ、そういう事か…」
 
「分かったらそれでいいよ。じゃあ、今の状況を詳しく説明しよう。ここを出るよ。」
「またか?」
「何しろ、危ないからね。脳の中の遠い記憶の世界は…特定されたら、一発でやられるから…次の場所でゆっくりしよう。」
 
僕らは、窓へと飛び込み、次の場所へと向かった。
窓は割れたりせず、ぶにょっとした感覚を身体に与え、無事通り抜ける事ができた。
 
僕のオフィスにいた。
僕はいつもの自分のデスクを前に座っていた。
椅子はちょっと高級な座りやすいフカフカの人工革で、お気に入りの座布団も敷いてあった。
救済者は、僕の左斜め前に立ち、窓の外を見ていた。
 
「ここなら、少しゆっくり話せる。」
「大丈夫なのかい?」
「大丈夫って、太鼓判を押せるほどではないが、少し長くはいられると思う。とにかく時代を相当遡ったからね。」
「時代?」
「そう、僕らが住むスペースは、仮想空間だと説明したよね。そして、君たちは今はもう身体なんてなくて、脳だけの存在だという事も…」
「ああ、聞いたよ。俄かには信じがたいけどね。」
「信じようが信じまいが、それが事実なんだよ。で、スペースの中では、時代や場所を自由に行き来できるんだ。ルールを守ればね。」
「ルール?」
「秩序を汚さないようにすればいいのさ。秩序が乱れる事を統領は何より嫌う。」
「秩序?さっきからその言葉を何回も聞くが、統領が言う秩序ってなんだい?」
「それをいきなり説明しても、話が全然難しくなるから、ここは時系列に話そう。さっきの続きから。」
「ああ、いいね。お願いするよ。」
「その前に、君の愛飲している炭酸水を一本、僕にご馳走してくれないか?」
「炭酸水?お安い御用だ。僕も飲みたいし…」そう言って、僕は、自分の部屋の隣にある秘書室の冷蔵庫へと向かった。
 
僕らは、ペットボトルの炭酸水を飲んだ。
救済者は、よほど喉が渇いていたらしく、一気に半分を飲み干し、大きなげっぷをした。
臭そうだな…僕はそう思ったが、幸い匂ったりしなかった。
いや、またもここでは何の匂いがしない事が分かった。
温度も感じない…
 
「救済者が、地球を管理している事は話したよね。」救済者はいきなり話し始めた。
「ああ、後1万年は統領が管理するんだろう?十賢者とともに…」
「そう。統領は、何故ニンゲンを脳だけにしたか、分かるかい?」
「いや、分からない…何故だ?」
「ニンゲンの生存には、可変要素が大きすぎて、リスクが高いからだよ。単に肉体的には、病気になるし、ウィルスにも弱い。老化すれば経年劣化も激しい。精神的にも変動要素が高いだろう?すぐに落ち込むし、かっとなったり、うかれてみたり…とても制御しずらい。」
「だからといって、何も身体を失くしてしまわなくとも…統領程の能力があれば、ハイブリッドなニンゲンを作ったりできるだろう?」
「確かにそれはそうだ。しかしね、ニンゲンのもう一方の厄介事がそうはさせなかった。ニンゲンが生きるためには、「集団」が必要で、「集団化」すると「社会」が生まれる。ニンゲンは一人では生きられないからね。」
「そうだね。それが問題なのかい?」
「社会の中に、統領が求めるような厳格な秩序が保てれば、問題にはならない。」
「秩序は、保てない?」
「あまりに厳格過ぎるからね。統領は、今度生身のニンゲンが機能する地球を取り戻せた時は…」
「時は?」
「肉体的、精神的な可変要素を極力減らしたいと考えている。だから、今のスペースの世界では、酒もタバコの存在すらしないし、コーヒーだってない。存在自体がデリートされている。」
「そうなんだ?だから、僕が今狙われているんだ?」
「そう。君の脳の遠い記憶が活性化し、ハッキリと思い出す事を統領は嫌がっている。」
「しかし、おかしいよね。本当は僕は酒なんて一滴も飲まないし、タバコだって吸った事はない。コーヒーは、高校の時、安藤先生の部屋で飲んで以来、飲んでないのに、どうして、ここ最近、僕は酒が飲みたくなったりするんだろう?」
「君の記憶が、お父さんのものと時々シンクロし始めているからさ。」
「親父の記憶と?あんなに憎んだのに?それはおかしいよ。」
「おかしくはない。さっき言ったろう。君の奥さんの本当の名前は佐和子だって。」
「ああ、聞いた。でも、あの時は反論する暇がなかったんだけどね。あれはおかしいよ。僕は佐和子なんて知らない。僕の妻は美佐代だ。」
「だろう?君の名前は?」
「峰尾隆二だ。」
「息子は?」
「隆太郎。」
「違うんだよ、本当は。君は峰尾隆太郎。隆二は、君のお父さんの名前だ。そして美佐代は君のお母さん。君は峰尾隆太郎で、二ホンセイヤクのプロフェッサー。君の奥さんは佐和子で、息子は隆太郎ではなく遼太郎だ。」
 
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