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【連載小説】ただ恋をしただけ ⑦

〇〇〇
驚いた事に彼女は本当にジャージを履いた。
ジャージとは言っても、デニムっぽく見える加工がしてあるジャージで、それはオレンジのTシャツとバランスが良かった。
ジャージは男物のMだが、彼女は背が高いので裾はぴったりで、大きすぎるウェストは、彼女のベルトをする事でカバーした。

なるほど…

背が高くて、スタイルの良い美人は何でも着こなせてしまうんだ…

妙に感心した。

彼女は着替えを終えると、抽選の列に並び、僕は早速カメラを回した。
彼女は並び順が印字されたレシートを見ないようにして、迷惑にならない隅へと走った。
僕はカメラで追った。
「さあ、運命の時です。今日の抽選参加人数は何と500人以上だそうです。これで今日、私が勝てるかどうかがかかってます!今日は何番でしょうか?」

432番

「うわああ、やってしまったああ…終わりです…でも、終わる訳にはいきませんので、何とか頑張ります。」

カット!

「このままここで、オープニングを撮ります?」
「そうしましょうか…」

「さあ、始まりました。ご覧の皆さん、おはようございます、こんにちは、こんばんわ。新倉ナナです。今日は福島県郡山市にあります県内最大級のパチスロ台数を誇りますお店さんからお送りします。さて、今日なんですが、なんとこの番組始まって以来の事が起きております。いつもいるDの大迫さんが台風の影響で来れずで、この番組初のディレクター兼カメラマンが来ております。私もさっき新幹線の駅で初めて会ったばかりで…ああ、厳密に言うと、今朝会ったのは二回目で、初は先一昨日なんですけど…初の時は偶発的な遭遇というか、全く仕事とは関係ないところで会ったんですけど…それで、ディレクターさん、お名前は?」
「風岡です。」
「風岡 なに君ですか?」
「ええ?俊平ですけど…」
「じゃあ、番組的にはペイ君でいきましょう。なんとペイ君は私と同い年のようでして…私もね、この業界長いみたいに見られてますけど、まだ20代なんですよ。更にペイ君から、さっき私、告られたんですよ。まだ二回目なのに…どう思います?まあ、そんな事はおいといて、今日の抽選番号は432番でした。これから再整列なんですけど、私はパチスロが取れるのでしょうか?この2か月ばかり、私はずっと不調で、毎回大敗してるんですけど、何とか今日はペイ君の力を借りて勝ちたいと思います!では、実戦スタートです!」


何たる事だ…


「あの…何で余計な事をしゃべるんですか?これじゃオープニングが使えなくなっちゃいますよ…」
「何が余計ですか?告った事?だって、事実じゃないですか?」
「いや、それは番組で言わなくてもいい事じゃないですか?どうして言うんですか?」
「そんなん、編集でいくらでもカットしますよ。必要ないと編集さんが思えばね。だから、大丈夫」
「いや、でも、言う必要はなかったんじゃないですかね?」
「必要?必要はあったと思います」
「ええ?どんな必要ですか?」
「私とあなたの相性よ。今日でそれが分かる」
「勝てば相性が良いとか?」
「まあそうね」
「そんなオカルトじみた事、信じろと言うんですか?」
「オカルト?そんなんじゃないわ。再整列が始まったわ。行きましょう」
彼女は列に並んだ。仕方なく僕はカメラを持って、彼女に続いた。

絶対にオカルトだ!


432番だと、流石に新台やメイン機種は取れず、結局彼女は沖スロを確保し、実戦を始めた。
この番組は、出演者が全部で3人おり、今日訪ねているお店の全国にある系列店のどこかで実戦する旅打ち番組だが、1年間の成績如何で、番組降板があり得るそうで、出てくる演者さんは真剣に勝ちに行く番組だ。
そんな中で今日は、抽選番号が悪くて、そもそも新倉ナナは不利な状況で、パチスロ素人の僕でも分かるほど、空いてる台を吟味する目は真剣そのものだった。

ここまでの間、悪いのだが、僕は何度も吹きそうになった。
僕はパチスロどころか如何なるギャンブルもした事がない、「ド素人」だ。
その「ド素人」には、どの台も変わり映えなく見えるし、何が違うのかも分からない。
その分からないものを真剣に吟味している彼女の姿がどことなく滑稽に見えるし、そうやって台を吟味している彼女に寄ってきてアドバイスしてくる常連客との会話もチンプンカンプンなだけに可笑しく聞こえる。
大体、空いてる台はごく僅かなのに、彼女は一台一台を上のデータカウンターをチェックしていく様も何となく笑えてしまう。
この番組は演者だけではなく僕もマイクをつけているので笑ってはいけないので、何とか笑わないように気を付けるのが必死だった。


台が決まり、僕はその後ろに三脚を立て、照明をセットし、台に豆カムを装着した。
撮影の準備ができた。
彼女は台の前に座り、「それじゃ実戦開始です。打っていきます」と言い、スロットを回し始めた。

実戦開始?これって、遊戯だろう?実戦って…また、吹出しそうになった。

しまったな、こんな事なら昨日のうちに過去の番組を真剣に見とくべきだった。
まあ何とかなるさ、と思い、カメラワークとか、技術的な点ばかりを追って、中身を十分にチェックしてなかった。

だから、こんなにフワフワしてしまうんだ…

いや違う。あんなに会いたいと思った人に、思いがけず会う事になったばかりか、その人と、どうにも結びつかないパチスロに違和感があり、その違和感を十分に消化しきれないままにここで仕事を始めてしまっている事が悪影響してるのだ。

いやいかん、立て直さないと…

「ねえ、バカにしてる?」
「えっ?」
「私が今、台のスペックの説明してたの、全く聞いてなかったでしょう?」
「いや、バカになんてしてません。すいません、聞いてませんでした。それは謝ります。ちょっと、他の事を考えてたもので…」
「この番組はディレクターとの掛け合いで成立する番組なんだから、実戦中、ボーっとされると困るの。ちゃんとして」
「すいません…気を付けます」

また、実戦? ちゃんとして? 
吹き出しそうになるのを何とか堪えた…
ヤバい
俺はこの仕事を無事に終える事が出来るのか?



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