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【連載小説】ただ恋をしただけ ③
〇〇〇
全く不思議な体験だった。
天一へ向かう道中、彼女は全く話をしなかった。
話をしないどころか、僕が後ろからついていってるのを知らないかのように、彼女は彼女のペースの早歩きで真っ直ぐ店へと歩いた。
あまりにスピードが速くて、僕はついていくのが大変だった。
あの重そうなリュックを背負っているにもかかわらず、彼女は一定のペースを守って速度を変える事なく、テクテクと歩いた。
あまりに何も話してこないので、僕は不安になった。
ひょっとして、僕の事忘れてる?
そんな事はあり得ないのだが、そのあり得ない事が起こっていそうな程、彼女は僕の事を気にせず歩いた。
新宿ではもう雨は止んでいた。
歌舞伎町へ向かう方には沢山の人がいて、実は歩きにくかった。
でも、彼女にはそんな事も関係ないようで、人と人の間をすり抜けるように歩いていった。
歌舞伎町の入口辺りにある天一に着いた。
彼女はドアの前で僕を待っていた。
良かった。
どうやら僕がついてきてる事をちゃんと認識していたようだ。
僕が彼女に近づくと、彼女は勝手に店に入っていった。
僕は慌てて続いて入った。
時間は7時過ぎで、店はまだ閑散としていた。
彼女は入口入ってすぐのカウンターに腰掛けた。
僕はその左隣に座った。
店員が注文を取りに来た。
彼女は「ラーメン定食、コッテリで。後、飯は大盛りで」と言った。
店員が僕を見た。「コッテリで」と僕は言った。
店員が戻っていった。
相変わらず、彼女は何も言わなかった。
僕は人見知りなので、普通ならこんな事はしないのだが、あまりに気まずいので、彼女の横顔に向かって話しかける事にした。
「あの、本当にご馳走になっていいんですか?」
「あなた、おいくつ?」
ええ?やっぱ、マルチ?そんな事はねえわなあ…
「27」
「ありゃ、同い年。だったら、ごはん」
「えっ?」
「ごはん、食べた方がいいですよ。沢庵が美味しいし、スープでご飯一杯食べれるから…」
「はあ?」
「お腹空いてないの?」
「いや、空いてなくはない」
「だったら、ごはん頼みなさいよ。まだ、間に合うから…」
僕はカウンターの店員に手招きして、「あの、すいません。さっきの僕のコッテリラーメンもラーメン定食にしてもらえますか?彼女と同じように飯は大盛りで」と言った。
店員は伝票を書き換えて、厨房へ戻っていった。
先にごはんが来た。白飯の上に沢庵が二切れ載っていた。
彼女はごはんに手を付けなかったので、僕もごはんを先に食べないようにした。
ラーメンが来た。
彼女はそのまままずスープを啜り、「美味い」と言った。
僕は卓上の壺から辛みそを二杯ラーメンに入れ、ラーメンスープの容器を取り、辛みそをちょっとだけ解かすようにかけた。
そして、辛みそに侵食されてない白っぽいプレーンなスープを蓮華で掬い、一口飲んだ。
やっぱり美味い。これこれ…
そして、みそを全部解かし、スープの色を少し茶色に変色させてからラーメンを啜った。
彼女は相変わらず何も話さず、黙々とラーメンを食べた。
麺が無くなると、いよいよごはんを食べ始めた。
彼女のごはんを食べる様はキレイな三角食べだった。
白飯を食う。
沢庵を小さく齧る。
スープを飲む…
また、白飯を食う。
沢庵を齧る。
スープを飲む。
その要領で、僕も白飯を食べた。
なるほど、甘い沢庵がアクセントになって美味い。
僕らは食べ終わった。
彼女は僕も食べ終えてるのを見て、席を立ち、スマホで支払いをして、店を出た。
この間も彼女は一言も発しなかった。
店の外で僕が彼女の瞳を見ながら「ごちそうさま」と言うと、彼女は「何で?」と訊いてきた。
「何でって、何が?」
「何で、最初からみそ入れたりするかなあ…天一のあの複雑なスープを味わおうと思わないの、あなたは?」
「ええ?、まあ、あの、学生時代からの癖でつい…」
「つい?癖なら、もう止めた方がいいわよ。折角のスープが台無しになる」
「いや、でも、あの辛みそもラーメンスープも店が置いてるもんだぜ?入れて何が悪いんだよ?」
「誰も悪いなんて言ってないじゃない。勿体ないって言ってるのよ」
「勿体ない…それは、君の主観だろう?」
「主観?まあ、そうね。主観…まあいいわ。じゃあ、私はこれで…急いでるんで」
「急いでる?今からどっかに行くんですか?」
「そう、今日から5泊6日の出張なの。今から一緒に仕事してる人たちと合流するので…」
「5泊6日…大変ですねえ。頑張ってください。じゃあ僕はこれで」
「ええ、じゃあ」
僕は彼女と別れて、家に帰るべく京王を目指した。僕は今笹塚に住んでいる。
勿体ない?
辛みそもラーメンスープも入れると格段に美味くなる。
どうしてそれが分からない?
文句はやってみてから言ってくれ!