【連載小説】夜は暗い ⑬
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私は自分のビルのエレベーターに乗っていた。
そろそろ島野から連絡がないのが気になり始めていた。一緒に酒飲まなくていいのは助かってるんだが、ケータ君と連絡が取れたかが知りたかったし、何より有紗の写真を早く手に入れたかった。
私は岩田と会う前に島野に電話したが、つながらなかった。
そして今、スマホを見ても島野からの折り返しはなかった。
私の店に戻ると、カウンターに石堂がいた。彼は若い男を二人連れていた。一人は石堂ジムの金次郎君で、もう一人オレンジ色に髪を染めた太ってて頬っぺたが赤い若い男が金次郎の横に座っていた。
「薬売りを連れてきたんだが、お前のオフィスじゃ狭いんで、こっちで待たせてもらったよ」
「他の客もいないんで、ここで構わない。薬を売ってるのは彼かな?」
「ボチャって言います。こいつがどうやらAリサに薬を売ってたみたいで」と金次郎君が紹介してくれた。
「ボチャ君か。初めまして、黒崎と言います」
「し、知ってますよ、俺だって…黒さんはこの街の有名人だから…」
ボチャと名乗った男は元気がないのが気になった。目は虚ろでこっちを見ずに話した。
「そうか、でも、僕は君を知らない。でも、今日僕は君を知った。これからよろしくね。ところで君はAリサに薬を売ってたのかい?」
「売ってました。咳止め薬を…」
「約束は守ったぜ。じゃあ、俺らは帰る」
そう言って、石堂と金次郎は店を出て行った。ボチャ君だけが残った。
多分、詳しい話は聞きたくないのだろう。そう思った。
「話が中座した。で、君はAリサに一度に大量に売ってた?」
「割と」
「どれぐらい?」
「詳しいのは勘弁して下さい。僕だって、グレーゾーンだって分かってるんで」
「薬を売ってる事?」
「そうです」
「だったら、全然グレーじゃない。真っ黒だ。アウトだね」
「まあそうなんですけど…」
「何だ、やっぱり知ってるんだね。僕は警察じゃない。元は刑事だけどね。今は違う。だから君を警察に売ったりしないと約束する。薬についての詳しい話はいいから、Aリサについて話してくれ。いいね?」
「分かりました。でも、喉が渇いたな」
「何が飲みたい?ビールか?それとももっと強い酒?」
「いや、僕はお酒は飲めないんだ。すぐに酔って気持ち悪くなるから…僕はエナジードリンクしか飲まないんだ。ある?」
「英郎君、何かある?」
「ありますよ。最近は焼酎やウォッカをこれで割って飲む客がいますから」
「じゃあ出してあげてよ」
私はボチャの目が輝いたのを見逃さなかった。
「分かりました。でも、冷やしてないんで、氷を入れたグラスで飲んでくれよ。いいかいボチャ君?」
「ああしょうがないね。それでいいよ。ホントは氷で薄まるから嫌なんだけど…」
ボチャ君の前にエナジードリンクのロング缶とクラッシュアイスがいっぱい入ったトールグラスが置かれた。
彼はプルトップを開けると、まずは常温のまま缶から直接飲み、「これこれ!」と言った。そして、エナジードリンクをグラスに全部注ぎ、一気に飲み干し、飲み終えた後、彼は盛大にゲップし、「もう一本」と言った。
「ちょっと待てよ。これってカフェインが多いんだろう?いっぺんにそんなにたくさん飲んじゃ身体に悪いよ」と私が言うと、「いいんだよ。今僕がやってる事は全部身体に悪い事だらけなんだ。自分も薬を飲むしね。だから、黒崎さん止めないでくれる?そうじゃないと話さないよ」
「分かった。じゃあもう一本だけタダで飲ませるよ。でも、それから先はお金を取る一本5,000円だ。いいね?」
「ええ、そんなんボッタクリじゃん。いいの、そんなんして?」
「いいのさ、ここは僕の店だからね。ここで売るものは全部僕が値段を決められる。ボッタクリだって?可愛いもんだよ。下のキャバクラやホストクラブに比べたらね」
「じゃあ、分かった。あと一本じゃなくって、二本にして、お願いだから。」
「二本タダで飲めたら、全部しゃべるかい?」
「約束するよ」
「分かった。じゃあ二本だ。英郎君、もう一本出してやってくれ」
「黒さん、いいですけど、それでうちの在庫も打ち切りです。川戸屋に電話しますか?」
「ああ、頼むよ。でも、届けてもらうのは明日にしよう。今日届くと、彼に何本飲まれるか分かったもんじゃない」
「大丈夫だよ、黒崎さん。僕は一本5,000円もするモンスターは飲まないから」
「そうか、賢いな。さっさと飲んじまってくれ」
ボチャは、エナジードリンクのロング缶二本を開けて、次々と飲んだ。そして、再度大きなゲップをした。
「話しましょう」
彼の眼はキマっていた。
「大丈夫かい?」
「大丈夫です。今、話さないと、またすぐに気力がなくなっちゃうんで、急ぎましょう」
「分かった。君はAリサに薬を売っていた。それはいいね?」
「売ってました」
「彼女が最後に買いに来たのはいつ?」
「1か月ぐらい前ですかね?大体ですけど…」
「1か月以上前って事ある?」
「それはないと思います」
「どれぐらいのスパンで買いに来るのかな?」
「大体1か月に一回ってとこですね」
「量は?」
「詳しくは言えないですけど、普通よりはだいぶ多かったです。なにせ二人分なんで…」
「二人分?それってどういう事だ?」
「Aリサって、超ゴスロリじゃないっすか。」
「ああそうだね」
私は有紗の容姿はおろか顔も知らないのだが、話の腰を降りたくなかったので知ったかぶりをした。
「でもね、もっとすごいゴスロリの美魔女が最初は来てたんですよ。熟女でね。その人が一年ぐらい俺からコデイン買ってたんですけど、ある日、それこそ一年ぐらい前かなあ、突然その人からAリサに代わったんっすよ。Aリサがその人に言われて買いに来たって言ってね」
「美魔女って、いくつぐらいだ?」
「よく分かんないんっすけど、俺アラサーなんすよ。28。で、俺よりだいぶ年上っぽく見えたから30半ばとかかなって、勝手に思ってましたけど…」
「その人はなんていう名前だった?」
「名前は聞いてなくて、ただ「緑の王女」と言ってました」
「緑の王女?」
「そう、何でも自分は緑の国で次の王女になる資格のある姫だそうで…」
「緑の国?姫?何だかさっぱり分からんな?それ以上、君は突っ込んで聞かなかったのか?」
「そんなの訊いても無駄でしょう。薬を買いに来てるヤツですよ。みんないかれてる」
「ああそうか…で、その王女が買いに来てたのが、一年ぐらい前からAリサが買いに来るようになったんだね?」
「そうです」
「だいぶ儲かったのか?」
「ええ、それなりに…そう言えば、もうじきAリサが買いに来る頃ですよ。彼女が来たら、電話した方がいいですか?」
「ああ、頼むよ」
川戸屋がエナジードリンクの箱を届けに来た。
英郎君が「明日」と言うのを忘れたか、川戸屋が「明日」と言ってるのを聞かなかったのかは分からなかったが、とにかく届いてしまった。
私はボチャの顔を見た。
ヤツはもの欲しそうな顔をしていた。
私は英郎君に指示して、もう一本出させた。
「最後にもう一個だけ質問だ。これに答えてくれたら、もう一本だけタダにしよう」
「何ですか?」
「君は何でボチャなんだい?」
「ああ、そんな事ですか。俺って髪色がオレンジでしょう。これって何年か前のハロウィーンの時に染めたんですけど、この頭見て、みんながリアルカボチャだ!って言いだして、それでカボチャからボチャになったんです」
「そうか、一つ謎が解けたよ。ありがとう」
「じゃあ、もう一本貰っていいっすか?」
「ああ、英郎君、彼に一本あげてくれ」
英郎は段ボール箱からエナジードリンクを取り出し、彼に渡した。
彼はグラスに入れて一気に飲んだ。
飲み干した後、彼が倒れないかが心配だったが、幸いそんな事にはならなかった。
私のスマホが鳴った。
島野からだった。
私は自分のオフィスで電話を取る事にして、席を離れた。
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