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【短編|連載小説】探偵里崎紘志朗 Hot summer , cold winter
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「話を要約しますと、来週から一週間の予定で、私にハワイへ行けとおっしゃってるんですね?この年末になろうとしている慌ただしい時期に…」
「そうだ」
「その理由が、あなたの40歳も若い奥様の浮気の素行調査だと…」
「そう。だがな、何度も何度も浮気、浮気と言わんでくれるかな?一回言うだけでも気分が悪いのに…何度も、何度も…」
「それは仕方がないでしょう。あなたが言った事を要約してるんですから…あの、私は人捜し専門の探偵でして、普段から浮気等の素行調査は業務範囲ではありません…」
「それはそうだと、倉田君から聞いておるが、倉田君から話せば、君は請けざるを得なくなるとも聞いておるんだが、それは正しいのかな?」
全く痛いところを突いてくる。
横浜の倉田弁護士は、定期的に私に「ウマい案件」を持ってくる。
「ウマい案件」とは、仕事の難易度がそれほど高くない割に、ギャラが良い仕事の事だ。
倉田氏には、随分と良くしてもらっているが、彼の最大の欠点は、時々「ややこしい人物」の案件をシレっとした顔で持ち込んでくる事だ。
倉田氏から話をもらう場合、いつも仕事の要点だけを聞き、それからギャラを聞くという流れで、依頼人の人となりや、詳しい仕事内容まで聞く事はない。全部、私が直接依頼人とやり取りして、情報を得る形を取っている。
だから私は、依頼人を訪問し、詳しい話を聞くのだ。
それを今日もやっているだけだが、この仕事を請けてしまうと、私の年末年始休みはなくなってしまう…
別に予定がある訳ではないのだが、元旦の夜明け前に、私が住んでいる神谷町から愛宕神社まで歩いて行き、愛宕神社の境内で初日の出を見るのをこの数年の日課にしていて、それができなくなりそうなことを残念に思い始めている。
しかし…倉田さんの案件だ…仕方ないよな…
「まあ、分かりました。それで、具体的なスケジュールなどを教えていただけませんか?」
「ああ、雅代は、12月21日の羽田発ホノルル行きのJALで行く予定だ。帰りは今のところ28日の午前着」
28日だったら、元旦の初日の出は諦めずに済むかもしれない…
「飛行機は、奥様は当然、ファーストクラス?」
「いや、あいつは慎ましいヤツで、儂と一緒の時以外はいつも、ビジネスクラスで動きよる。遠慮せんでええと、儂はいつも言うんだが、「節約節約」とか言ってな」
「では、私もビジネスクラスの席を確保してもらいましょう」
「ええ、君か?君はエコノミーでいいだろう?」
「いや、それはダメです。もし、奥さんが本当に浮気してるとして、飛行機の席で浮気相手とイチャイチャし始めたりしたらどうです?私は、証拠を押さえなくてもいいんですか?」
「ああ、それは困るな…よし分かった。会社の私の秘書の井坂君に席を手配させるよ。妻の席の近くの席をな。それでいいだろう?」
「ええ、結構です。それで、奥様のホノルルでの滞在先は?」
「いや、ホノルルには滞在せんよ。そのまま国内便で、ハワイ島へ行く。ヒロに私の別荘があるんだ。住所などは、後で井坂君からメールで送らせる。儂はインターネットなどトンと使えないのだな…」
「分かりました。それで、私はヒロに滞在中は、どこに泊まればいいですか?」
「何だと?君は宿泊までするつもりか?探偵なんてなものは、普段レンタカーを借りて、車に寝泊まりするんではないのか?」
「ああ、それは古いですね。昭和の探偵がする事です。令和の今ではコンプラがうるさくってね。そんな事したら、東京探偵業ユニオンが黙ってないんで…」
「何?組合か?こんな事で組合に訴訟等起こされたら事だなあ。まあ良い、分かった。君の宿泊先も井坂に手配させる。それでいいか?」
「分かりました。で、ホテルを決める時に一つお願いがあります」
「まだあるのか、何だ?」
「バスルームですが、是非ともバスタブ付きのバスルームの部屋をお願いします。気にしてないと、シャワーブースだけしかない部屋を割り当てられたりしますので…」
「バスタブは、絶対か?」
「そうですね。私は風呂に浸かって、一日の疲れを取りたいタイプなので…」
「何?君は毎日夜に部屋に帰って来て、風呂に入るつもりか?」
「ええ、それが何か?悪いですか?」
「それで、妻の監視はできるのか?普通なら、妻の部屋の前に車を止めて、ずっと双眼鏡で見ていなきゃならんところだぞ?」
「だからそれは古いんです。コンプライアンス上許されない」
「組合が出てくる?」
「間違いなく」
「うむ…では仕方がない。それで良かろう」
「よし、じゃあ、具体的な報酬の話をしましょう。本件は急用案件ですので、まず特急料金が普通のギャラの上に乗っかります。それに加えて、今回の調査期間が、年末・年始休み期間になりますので、特別休暇期間料金もかかります…」
「ああ、もう、いくらでも良いわ。今日の儂の話を受けて、見積書を作成して、さっきから言っておる井坂にメールで送ってくれ。君には後で井坂から電話をさせるので、そこでアドレスなどを聞いてくれればいい…」
「分かりました。井坂さんへ見積もりを送らせてもらいます。では」
私は部屋を出た。
急な話だし、年末年始を潰す事になる…
しかし、実は私の仕事ではそんな事は別に珍しい事ではない。
それに、東京探偵業ユニオン等という謎の団体は存在しない。
ああ、ひょっとしたらそれらしい団体はあるのかもしれないが、今日私が彼に言った団体名は、その時出た口から出まかせだ。