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死ぬ前にもう一度、ケンタッキーを。

『死ぬ前にもう一度ケンタッキーが食べたい』
と言われて、どうして断れるだろうか。

以前思い出深いお客さんとして書いたSさん

調子が良い時もあれば、悪い時もあるSさん
最近はわりと調子が良く、今日もいつものように色々買い物してくれた。

だけど
今日は買い物が終わっても動き出さないSさん
『何か他に買うものがあるんですか?』
と耳元に大き目の声で言う。

すると
『おたくは違うお店のものも持ってきてくれるの?』
と歯があまり無い為、注意深く聞かないと聞き取れない発音で言う。

『どんなモノかにもよりますけど、何が欲しいんですか?』
もうこの先はあえて書かないけど
基本的に毎回Sさんの耳元で大声で言っていると思ってください。

『あの、ヒゲのおじいさんの、チキン』
これも、もう書かないけど、歯が無くて何を言っているのか分からず
毎回何回か聞き返してやっと理解できてると思ってください。

『ああ、ケンタッキーフライドチキンですか?』
『そうそれ、大好きなんだけど、もう十何年も食べてないの』
『ケンタッキーはお店が遠いので、とくし丸では難しいですよ』
『息子がケンタッキー大嫌いだから、買ってきてくれないの、
でも、どうしても死ぬ前にもう一度食べたいの』

そう言われてはダメとは言えないだろう。
そのへんのおばあちゃんが半分冗談で
『死ぬ前にもう一度だけ食べてみたいわぁ~』
と言うのとは訳が違う

Sさんは以前調子が悪くなって入院していたし
最近も、たまに調子が悪くゼェゼェ言いながら来てくれることもある
手押し車を押しながらゆっくり歩くのがやっとで
耳が悪く、耳元で大声で話してやっと伝わり
歯もほとんど無く、何度か聞き返してやっと何を言っているか分かる
息子夫婦らしき人達と同居している雰囲気はあるが
以前見かけた時にはこちらに挨拶もしてくれなかったし、
あまり仲が良くないのかもしれない
それでも、息子に食べさせたいと言って、色々買ってくれる。

そんなSさんの『死ぬ前にもう一度ケンタッキーを』
は断れないだろう。
断って、もしすぐにSさんが亡くなってしまったら
ずっと夢に出てきてしまいそうだ。
それは困る、眠りが毎回浅くなる。

今後、ケンタッキーを食べる度に
Sさんを思い出してしまうだろう。
それも困る、気になって美味しく食べられない。

なんなら、毎日とくし丸で売っている
『鶏の唐揚げ』でさえ
1コ売れる度にSさんが
『死ぬ前にもう一度…』
と言ってくるだろう。
困る、困る、困る!

『分かりましたSさん、ケンタッキー買ってきますよ!
だけど、いつものとくし丸の時は時間が無いので今度の週末で良いですか?』
『いつでも良いけど、息子のいない昼間が良いの』
『じゃあ次の土曜日の昼頃に買ってきますね』
と言ってSさんの所を後にした。

そして週末土曜日
小雨の降る中、駅前のケンタッキーフライドチキンまで行く。

それにしても
11月に入ったばかりだと言うのに
もう竹内まりやの『今年もクリスマスがやってくるとかこないとか』
というあの曲がエンドレスでかかっている。
早くないか?
このままクリスマスまで毎日流れ続けるのか
バイトは気が狂わないか
全国のケンタッキーバイトは竹内まりやが嫌いにならないか
竹内まりやはとんだとばっちりだな。

それはそうと
Sさん、たくさん入っているヤツで良いと言っていたので
チキンが10ピース入った
『チキンバーレル(3,100円)』
を注文することにした。

ケンタッキーと言ったらコレ感ある

Sさん一人で食べられるかな…
そんなことを思いながら
自家用車でSさん宅へ向かう。

昼前ぐらいに着き
Sさん家のインターホンを鳴らす。
ファミリーマートの入店音と同じあの音が流れる。

…出てこない。
もう一度鳴らす。
…物音一つしない。
玄関引き戸を叩いて呼んでみる。
こんにちわ~!Sさ~ん!

小雨降る中
静まりかえった玄関前に
チキンが入ったバケツみたいなの抱えた男が一人。

…居ない!
なぜだ!
忘れて出掛けちゃったか?
それならまだ良いけど、いや良くないけど
もしかして…死ぬ前にケンタッキー食べる夢が間に合わなかったか?

電話も何回かけても出ない
しばらく待ってみたけどやはり居ない。

仕方ない…
これは自分が美味しく頂くしかないか
こんな時に限って奥さんは出掛けている。
『チキンパーティーしようぜ!イェーイ!』
なんていう友達なんてもちろんいない。

だから家で、一人で、食べた。

食べても食べてもチキンが入っている

しかし
さすがに10ピースは多い。
5ピースぐらい食べたところでやめて
残りは夕飯に食べた。
昼にチキン、夜もチキン。
美味しかったけど、もう1か月はチキンいらない。
え、でも、1か月後にはまた食べるんだ、相当好きじゃん、チキン。
チキンは好きですよ、豚肉・牛肉・鶏肉で言ったら
鶏肉が一番好きですから。
覚えておいてくださいね。

だから、Sさんがいなくて自分が食べることになっても別に怒りは無い。
味の付いたチキンはとても美味い!
ただ、Sさんの希望を叶えてあげられなかったのが残念でならない…。

そして
チキン食べ過ぎで胸焼けした週末を経て
次の水曜日
またSさんのところに訪問する日。

やはりいないのか…?
それともいるのか…?
ボールペン字講座の昇級試験結果を待つ時ぐらいドキドキして向かう。
ボールペン字講座やったことないけど。

そしていつものように
音楽を鳴らしながらとくし丸を停車させる。

…Sさん、当たり前のように普通に出てきた。
カートを押しながら、先週と全く同じ感じで。

ケ、ケ、ケンタッキー!
と叫び出したいところを、グッとこらえて冷静に
『Sさん、土曜日ケンタッキー持ってきたのに、いませんでしたね!?』
と言うと

Sさんから、まさかの
『いたわよぉ~』

居た?
あれだけインターホン鳴らして
玄関たたいて
電話したのに?

あれ、まさか
今会話しているSさん
もうすでに幽霊とかじゃないよね?

いや、Sさんを幽霊だと思うの2回目じゃないか
さすがに失礼過ぎだからな。

よく聞いてみたら
耳が遠くて
インターホンも、玄関たたいても、電話も聞こえなかったと。

玄関を開けて
家の中でドンドンしながら
大声で呼びかけてくれと。

もし近所から通報されたら…
と思ってビビッて玄関は開けなかったんだよなぁ
ちくしょう、思いっきり開ければ良かったのか。

『Sさん!次の土曜日の昼!もう一度買ってきます!』

そして週末土曜日
再度ケンタッキーへ。

同じく10ピースチキンバーレル3,100円を買おうと思ったら
ちょうど数日前から
今だけ!期間限定!『9ピースチキンバーレル(2,290円)』
というのが出ていた。

おい!めちゃくちゃお得じゃん!
先週これ欲しかったよ!
竹内まりやはもう流していたのに
これはまだだったの!?
竹内まりやと同時に出せ!

ということで
お得な9ピースバーレルを買って向かう。

先週と同じ画像ではない

先週と変わって
気持ちの良い秋晴れの中
Sさん家に到着

とりあえずインターホンを鳴らす
シーンとしている…
分かってます分かってます。

おもむろに
玄関引き戸をガラガラと開けて
『Sさぁーん!こん、にち、わぁー!』
と呼びかける。

2回ほど叫んだ後で
奥から引きずるような物音が

しばらく物音を聞きながら待っていると
出ました、Sさん
やっと会えた。

ボールペン字講座の昇級試験に受かった時のように嬉しい。
いや、間違いなくそれ以上にすごく嬉しい。

喜んでくれているSさんに
チキンバーレルを手渡し、代金をもらう。
『チキンが、9本入ってますけど、大丈夫ですか!?』
『だいじょうぶ!』
と元気なお返事。

するとSさんが
『次は、マグロが入ってる海苔巻きが良い』

ちょっとちょっと、Sさん
次は、死ぬ前にもう一度だけ海苔巻きが食べたい!?

まさかその次は
『ここらで1杯、死ぬ前にもう一度だけ熱いお茶が飲みたい』
と言うんじゃないのか

『まんじゅうこわい』かよ。

そんなことを考えていたら
『ちがうわよぉ
次のとくし丸でお店の海苔巻きを持ってきて欲しいのよぉ』

びっくりしたなぁ。
次回のとくし丸注文だった。

分かりました、しっかり持ってきますから
まだまだ元気に出て来て下さいよ、Sさん。




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