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「安藤昌益」を読む ㉗㉘
安藤昌益を読む ㉗㉘
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安藤昌益の体制批判は、当時の八戸藩、徳川幕府、あるいは天皇制に直接向かうものではなかった。数年前の、例えば学生を先鋒とした香港市民の、香港政府及びその後ろに存在する中国政府に対する抵抗運動を見ると、それは直接的である。安藤はそういう
方法、戦法をとらなかった。香港における抵抗運動のようなものを日本の場合で考えると、六十年安保闘争や全学連運動、そして七十年の全共闘運動、新左翼運動などを思い浮かべる。当時のスローガンのひとつが「反米」だとすれば、香港の場合、「反中」になる。当時の日本は大部分がアメリカの言いなりになっており、現在の香港は今後いっそう中国の言いなりになるほかない状況にある。それぞれ大アメリカ、大中国が後ろに控え、抵抗するもの達の切実な声が、同じように切実な声として対手に届くことは先ずあり得ないと言ってよい。だが、そうではあっても当事者達は声を上げずにいられないということが、きっとある。
日本の明治維新は、長きにわたってこの国を支配し治めた徳川幕府に対抗する、薩長土肥を中心とした倒幕(討幕)軍の勝利により、大政奉還、王政復古と進み行われた。
これは今考えると内戦であり、権力闘争と言ってよかった。実質の統治者が武士から天皇に代わっただけであった。もちろん主にヨーロッパの影響を受けて文明開化といった装いがあるものの、支配関係、支配体制に大きな違いはなかった。
以後、このときに奔走し活躍した坂本龍馬、西郷隆盛、勝海舟、高杉晋作、あるいはその他の人々も、国民の間ではヒーローとして現在に名を残している。これら幕末維新の志士たちが、偉業を成し遂げたとして後世に伝えられることはある意味当然のことで、そこに大きな疑義はない。しかしながら、彼らの多くは地方の下級武士達で、倒幕(討幕)運動を支えたイデオロギーとしては彼らの存在の有り様が大きく関わっていた。つまり、もう少しはっきりと言ってしまえば、やや開明的な地方の、小役人的な考え方が主流を為していたように思われる。当時はそれが先進的な考えであり、源流は朱子学や陽明学など既存のものであったようである。さらに儒教、儒学がその大本になる。
安藤昌益は明治維新に先立つこと、およそ百年前に没している。言うまでもなく、安
藤は根源的かつ原理的な考え方からすでに孔子に対して辛らつな批判を展開している。
こうしたことを考え合わせると、安藤昌益という人は維新以前の百年も前から、維新に展開された思想の数倍も深く、根源的本質的な考えをしていたと分かる。これは、すごいことではないだろうか。しかも、倒幕(討幕)、維新が、あくまでも統治の考えに発し、帰結するのに対し、安藤の考えは、被統治側のごくふつうの暮らしを基底とした平等社会を夢想するものであった。どちらがより根本的であるかははっきりしている。安藤昌益の方が普通に生きることの価値をよく知っているのだ。
現在の日本社会は、安藤昌益を深層に閉じ込めたまま、坂本龍馬のようなヒーローを相変わらず讃え続けている。坂本らは、支配・被支配の関係を解体するものではなく、単に首をすげ替えて社会の刷新を図ったにすぎないにもかかわらず、多くのものに憧れを口にさせている。それもたいしたものだが、裏を返せば、未だ大勢は支配の側に自分の椅子を、潜在的にか顕在的に求めていることを明かすものとなっている。それを悪いとは言わない。だが、その流れを断ち切らないことには、いまでも悪縁は絶ちきれず、生きにくさ、苦しみも断ち切れることはない。安藤の思想はその極限において、再度登場することになるに違いない。そして、当分の間、この社会はその極限に達することはないと思われる。
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第十九段については最初に述べたように、主に顔に備わる目や鼻などの器官の互性関係が詳述されている。安藤が面部八門としてあげているのは、まぶた、目玉、唇、舌、鼻、歯、耳輪、耳穴である。こういう勘定の仕方、そしてそれぞれの相互関係についての記述は、前にも述べたように素人的には眉唾物としか受け止めにくい。つまり、「こんなことは習っていないよ」とか、「教わってないよ」ということになる。今日におい
てはもちろんそうだが、当時にあっても独特な捉え方であったと思う。しかしながら安藤的には八門としての捉え方に理を見出していたのであり、それ故に互性の詳述が出来た。現在的な学問体系から見て、安藤の捉え方が誤りであると指摘するのは、あるいは容易なことかも知れない。しかし、安藤的にも独自の体系化を試みているわけで、宇宙的規模から人身に至るまでの互性関係を関係づける思考的営為は、誤りの一言で価値を失うものではないという気がする。外からうかがえば、何もないところから出発した安藤の営為は、考え尽くせるところまで考え尽くしている。荒削りで過誤を含んだ体系化なのかも知れないのだが、こういう思考を実践し得た思想者は日本においてはごく稀だと言ってよい。古くは儒教や仏教の思想、明治以降ではキリスト教をはじめとしたヨーロッパの思想、それらを正しく深く理解することが日本的な思想者、知識者の中心的な営為であったように思う。これに較べ、安藤の営為は教わらない、習わないとして、まったく逆の行程をたどっている。しかし、本当に学問的なのはどちらの側であるのか。本当に学びを自身のものとしているのはどちらの側であるのか。安藤昌益の著述はそういうことまで考えさせる。
考えることの必然という言い回しがもしも成り立つものだとすれば、安藤のそれはいろいろな角度から見て必然的なものだと見える。考えようとして考えたのではなく、考えざるを得ないようにして考え尽くした結果である。究極的には真かどうかの問題でさえなくなってしまう。それでは学問の名に値しないという者があればそれはその通りと言うほかなく、安藤であれば、それなら学問の名称を破り捨てて惜しむことはなかったに違いない。そして、人がする最上の思考は真か否かを基準にするばかりとは言えず、人間的世界、あるいは人間社会を最上のものにしていくことに向かって、寄与するか否かにあると答えるであろう。もちろん、真か否か、寄与したかしなかったかの判断は、ほとんど永遠に近いところまで引き延ばされるものだ。もっと言えば、本当は人間は
それを判断することが出来ない。
互性関係の体系化に挑み、これをなんとか苦労して体系化にまでこぎ着ける安藤の、苦労それ自体をわずかでも感じ取るために、以下に詳述の一部を引用してみる。
此ノ根ハ面部ノ八根ナリ。故ニ転定・人・物、八根ヲ以テ之レヲ尽シ極ムルタメニ備ハル者ナリ。人、胎内ニ在リテ、頭面先ヅ始マリ、鼻穴及ビ七門ヲ開キ、母ノ吸息ヨリ転ノ八気・定ノ八気、互性ノ妙気ヲ受ケ、府蔵成リ形体成ル故ニ、面部ハ人身ノ根ナリ。故ニ八根ナリ。人気ヲ転定ニ通ズルニハ、八門ナリ。
引用のはじめの方では、人の顔の八器官は宇宙・人間・万物の、精妙な運動を知りつくすために備わっていると述べている。
人が胎内にある時、顔の八器官で母から天地の八気を受け取るから、面部は人身の根にあたると引用の終わりの方で述べている。だから顔の八器官を八つの根と言うとも続け、さらに人の気を転定に通じさせるのも八器官なのでその時は八門と呼ぶとしている。気を受け取る、気を発する、いわゆる、気の「出」と「入り」に関してのことだ。「入り」だから「根」で、「出」は「門」と呼ぶと言っていることは理屈に合っている。
此ノ故ニ八根・八門ノ互性・妙道ヲ以テ、転定・人・物、毫厘ノ事理、真妙、之レヲ知ラザルコト無キ様ニ、活真自リ之レヲ備フ者ナリ。然ルニ、此ノ己レニ備ハル面部・互性ヲ知ラザル古聖・釈・老・荘ノ如キハ愚ト云フニ足ラズ偏狂・乱惑ナリ。后世此レニ迷ハサル、之レヲ患ヒテ此ノ面部・八根・互性・妙行ノ備道ヲ見ス者ナリ。故ニ活真ノ妙道ハ、八気・互性ノ一道二極マリ尽スナリ。此ノ外ニ道ト云フコトハ絶無ナリ。八気互性ハ一連気ナリ。故ニ一門主用ヲ為セバ、七門之レニ伏シテ、其ノ妙徳用ヲ行ハシム。転定ノ八節モ一節主行ヲ為セバ、七節之レニ伏シテ、ソノ節ノ妙徳用ヲ行ハシム。時ニ回ル気行モ又是ノ如シ。
人は八つの器官をもって、天地・人間・万物のことから些細な事柄とその意味することまで、すべての本質を認識できると述べ、またそのために活真がひとりでに人間に八つの器官を備えさせたと述べている。
さらに安藤らしく、「古聖・釈・老・荘」たちはこのことについて、まったく無知で、どうしようもない馬鹿な連中だと罵倒する。名指しされた聖人、偉人たちは、倫理・道徳といった面で、いずれもこれ以上ないというほどの深さまで考え尽くした人たちであったろう。安藤はそうした彼らがそれぞれに到達した境地について一顧だにせず、最も身近な身体やその各器官、あるいは生活の足下に横たわる真理に盲目であったというその一点により、はねつけている。
ここでも安藤は、世の人々が「古聖・釈・老・荘」らに惑わされていることを憂い、こうして顔の八器官の精妙な相互作用の法則を明らかにしたと記す。そして、自分の主張する活真妙道は、八気の相互作用という一つの法則に尽くされるもので、これ以外にどんな真理もあり得ないと述べる。
安藤によれば、八気の相互作用とは一連の気の運動で、顔の一つの器官がはたらくとき、他の七器官がその中に伏在し、中心になる器官を助けてはたらかせる作用のことである。そしてそれは自然の季節においても同様で、一つの季節が行われるときには他の七つの季節が伏在し、精妙な運行を助けるとする。そして、このように、季節のような時間とともにめぐる気の運行も、人間に行われる感情や精神の営みも、まったく同じ構造で行われているものであるとする。
一見すればまったく異なる季節と人間の感情や精神の動きについても、あるいはそれぞれの内部においても、「活真の互性妙道」が行われていることを安藤は見出していく。そしてこれを宇宙全体から人身、さらには鳥獣草木に至るまで広げ、徹底的に言い尽くそうと試みている。
こうした適用、またいちいちの検証的記述が随所で行われているのだが、まず第一にその労苦に頭が下がる思いがする。それは誰もがやっていないことで、一から十まで安藤自身が互性関係、相互関係を見出しながら記述を進めなければならないことだ。
つまりここで言っておきたかったことはそのことで、安藤の思想的営為は0から始まり、さらに一から十まで安藤自身の手で行われているというそのことである。安藤の前に先行する思想はなく、安藤の後にも、八気の互性関係で貫かれた主張というものはない。
安藤が本当に言いたかったことは、この世が八つの気の互性関係に貫かれているという内容ばかりではなかった。あるいはそのことを通じて真に言いたかったことは、人の思考にはつねに驕りがついて回るもので、むやみにその力を振り回すべきではないということである。人間の思考は創造的で、その機能と作用は現世的ではない。人以外にその作用を行使するものはどこにも見当たらない。どこにも見当たらないから思考はそのはじめから、幻想もしくは妄想を本質とするものである。本来この世界にないものが、この世界を知ったかのように、自分で勝手にすべてを組み立てて、これを真実であるかのように自らに納得させているのは、本当は傲慢以外の何ものでもないし、そもそもそこに真実のかけらもない。そんなものはいずれ、不意の出現と同じようにこの世界か
ら不意に消滅するに違いないのだ。
本当に安藤がこんなことを考えていたかどうか、自信はない。ただこんなものが視野の片隅に存在したのではないかなあと想像してみただけである。