メットインにはご用心(前編)
自分は原付を持っている。あれは移動とかウーバーとかで活躍できるなかなか便利なもので、頻繁に使わせてもらっている。原付は収納面も抜かりない。座席の下には小さめの空間があり、鍵をエンジンを入れる方向と逆回しにすると、パカっと座席が開いてヘルメットや荷物を入れられる。ちなみにバタンと閉めると、自動でまた鍵がかかる。
昨日のことだった。自分は朝の6:30にいつものように原付でバイトに向かおうとしていた。いつものように鍵を左に回して座席を開け、いつものように荷物を入れた。ただ一つ、その日は普段ポッケに入れている、家の鍵とかチャリの鍵をまとめたガマ財布も一緒に荷物の中に入れていた。
スマホよし。財布よし。鍵よし。忘れ物はない。座席をバタンと閉めた。さて、そしたら挿してある鍵を右に回してエンジンをかけ...あれ?
鍵がない。たしかにさっきまではあったはず。その後それをガマ財布に入れてそして...
あ。
やっちゃった。あの鍵がないと再び座席を開けることができない。まずはとにかくバイト先に連絡して、
スマホは原付の中。
ええとじゃあとりあえず今日はチャリで向かって、
チャリの鍵は原付の中。
じゃ、じゃあ一旦家に戻ろう、そして
家の鍵は原付の中。
一回水分補給を
水筒は原付の中。
じゃあコンビニで水を
財布は原付の中。
あのバタンの瞬間、自分は連絡手段なし金なし家なし人間になっていた。まずはバイト先に連絡だと思って、近くに住んでいる友達のところへ行った。もう一回言う。朝の6:30のことだった。
友達は出てきてくれたが、寝起きのせいで縦にカタカナでハムと書いたような顔になっていた。その後諸々事情を説明し、スマホを借りてとりあえずバイト先に連絡することができた。でも「来い」(意訳)と言われたので40分かけて歩いて行った。
バイトが終わり、自分は1時間かけて不動産屋に行った。歩いている間、自分はこれまでの人生を振り返り、どう生きていくのだろうか哲学していた。不動産屋でスペアキーを借りて、なんとか家に入ることはできた。そして不動産屋の人が鍵開け業者を呼んでくれたので、その人が来るまで待っていた。
業者さんがきた。その人は70代くらいのおっちゃんで、工具箱から謎の道具をいっぱい出し、鍵穴をカチャカチャしてくれた。その間自分は何もすることがなかったので、作業しているおっちゃんのてっぺんだけハゲた頭を見ながら銀河系を連想し、宇宙の始まりについて考えていた。
30分くらい経った。おっちゃんは言った。
「しばらくやってみましたが、無理でした。お代は結構ですので。」
おっちゃんは帰っていった。