人間と神々の距離が近い世界の物語/叙事詩イリアス
ギリシャ神話といえばゼウスやアポロンといった神々、さらに英雄ヘラクレスなどが活躍し、現代までたくさんの創作物に影響を与えている古代ギリシャの神話。けれども内容をよく知らないと思い、古代ギリシャの叙事詩イリアスを読んでみると、後世に影響を与えるのも納得というぐらい面白い。その面白さは人間と神々の距離がとても近い古代ギリシャの世界観からきているものと感想を持ちました。
私が特に面白いと思ったのはギリシャ神話の神々が、崇高な存在ではなく人間のように不完全な存在として描かれているところです。
ギリシャ神話の神々は人間と違い、不死の存在であり、自然を意のままに操ることもできる大きな力を持った絶大な存在であるのに、人間と同じように失敗もすれば落ち込むこともある。主神ゼウスであっても妻である女神ヘラに誘惑され冷静でいられなくなったり、その隙に弟のポセイドンに出し抜かれたり、お気に入りの人間は贔屓したりと、精神は単純で未熟なところもあるので人間とそう違いがない。
強大な力を持つも精神的には不完全なギリシャ神話の神々は、イリアスの中でもその絶大な力をあるときは自分たちギリシャ陣営のために使い加勢してくれるが、そうかと思えば相手方のトロイエ陣営に力を貸すこともある。だからトロイア戦争の戦況は、当事者達からは理由もわからず、行ったり来た気を繰り返します。
現実に神々の気分に振り回されるなんてことがあったらたまったものでは無いでしょうが、当時の人の実感として「これはありえない。主神ゼウスに定められた運命としか思えない。」という理不尽な出来事は日常茶飯事だったのではないかと私は推測している。
イリアスの作者ホメロスが生きていたのは紀元前8世紀、物語の主題となっているトロイア戦争があった時代は、諸説あるが紀元前10世紀〜紀元前12世紀の間と言われている。劇中にもあるように戦争で使われているのは、鉄よりも低い温度で加工できる青銅製の槍や、戦車といっても馬がひく馬車であり、科学力が今とは比べるまでもなく低い。今では解明され当たり前となった自然現象も当時の人々にとっては理解を超えたものだったことであったと想像してしまう。理解を超える事象を目の当たりにしたとき人間がどう考えるかといえば、現代でも同じであるが、神秘の力やまだ発見されていない未知の存在にその根拠を求めてしまう。それらが人々の間で共通認識となり性格付けされて生まれてきたのがギリシャ神話の神々で、そうした神々だから神話の世界ではどこか人々に近い存在として描かれるようになったのだと考えています。
とはいえ、イリアスはモデルとなった戦争があったとしても創作された物語だし、古代ギリシャ人が神様の存在をどの程度信じていたかはわかりませんが、今よりは身近に感じていたのだと思います。
現代よりも神秘と理解されていた現象が多くあり、ままならない不安定さの中で生きることが当たり前だった時代。神々の存在はそこに住む人々の生活に密接しており、だからこそギリシャ神話という人間と神様の距離が近い世界が生まれてきたのだろうと思うのです。
3,000年も前であっても現代とそうは変わらない人類が描く、現代とは大きく異なる世界観、イリアスを読んでいて私はそこに一番の面白さを感じました。読み応えのある本ではありますが、現代人であれば誰でも楽しめる内容だと思いますので、一度手に取ってみてください。